ニューお試し部屋 | ナノ


あっけなく魔法にかけられた




「隊長ぉ、どこ行くんすか?」

「酒場ぁ」

俺も行きましょうか?
と尋ねる部下のロッドを無視して、ハーレムは瓦礫と化した街を歩く。そういえばここの街は酒が美味かったなぁと昔のことを思い出した。
ガンマ団特戦部隊である自分たちの出動はすなわち、目標の全破壊を意味する。そのことに心が痛まないのは青の一族だからなのか、それとも自らの元々の性格なのか。ハーレムにはわからない。そんなことを思っていたからか、いつもなら隊員総出ーーと言ってもロッド、マーカー、Gとハーレムの四人しかいないわけだがーーで飲んで馬鹿騒ぎをするところだが、不思議と今日は一人で飲みたい気分だった。

(ま、そんな日もあんだろ)

ふらふらとあてもなく歩いているうちに、ハーレムは一軒の酒場に着いた。気がついたら隣町まで歩いていたらしい。導かれるようにその酒場の中へと入ると、とたんに喧騒がハーレムを包んだ。

「いらっしゃーい」

店主の声が響いた。それなりに繁盛しているようで、中はそこそこ混んでいた。

「この店で一番高い酒をくれ」

かしこまりましたと店主。
ざわざわと騒がしい中一人で飲んでいると、近くの席から声が聞こえてきた。

「隣街がガンマ団に目を付けられて滅ぼされたらしい」

「えっ! この町も危ないのかなぁ」

「この町は隣街ほど大きくないし、ガンマ団
には協力的だったはずだから大丈夫だと思う」

「怖いねー」

(お前らの隣にその張本人がいるんだよなぁ)

そんなことも知らない二人の話は、すでに別のことへ移っていた。
そんなものだろうなと思う。いくら近くの街が壊滅状態になろうとも、結局は他人事。自分の町でなくてよかったと思うだけなんだろう。明日は我が身、と考える奴の方が稀だ。
結局は自分さえ無事であればなんだっていいのだ。
自分の一族だってそうではないか。今はマジックという強大な支配者がいるからまとまってこそいるが、あいつが総帥になったばかりの頃は一族間での殺し合いは酷かったらしい。信じられるのは己のみ。家族でさえも欺かなければならない。

(なーに考えてんだか。相当酔っ払ってんなぁ)

かなり度の強い酒だったらしい。一瓶飲んだところでだいぶ気分が良くなってきた。
そろそろ帰るかと思って席を立つと、赤ん坊の泣き声が店中に響き渡った。

「おぉい、うるせぇぞぉ」

若干おぼつかない足取りで泣き声の出処まで行くと、店の従業員が赤ん坊を抱いて戸惑っていた。

「すっ、すいません、どうやら捨て子のようでして。さっきまではぐっすり寝ていたんですが」

「捨て子だぁ? ひでぇことする親もいたもんだな」

よく見ようと近づいてみると、不思議なことに赤ん坊は泣き止んだ。それどころか笑い出す始末だ。キャッキャキャッキャと笑う赤ん坊の瞳は、綺麗な紫色だった。

「かわいい赤ん坊じゃねぇか。なんだぁ? 俺の指がそんなにうめぇのかぁ?」

酔っ払って真っ赤になったおっさんと、おっさんの指をくわえながら笑ってる赤ん坊が周りにどんな顔をされていたのかは想像に難くない。
赤ん坊の機嫌は良くなるばかりだ。

「旦那、この子も相当あんたのこと気に入ったようですし、この際この子供を引き取りません? 丁度困ってたんですよ。親も現れないし……俺らは自分の面倒見るので手一杯だ。どうです?」

酔いの回った頭でも無茶を言われたのはわかった。赤ん坊を戦うことしか能のない特戦部隊のいる飛空艇に連れて行くわけにはいかないし、そもそも自分に赤ん坊を育てられるとは思わない。
だからハーレムは赤ん坊を店員に返して店を出ようとした。

「うきゃあ」

捨てられるともしらず、赤ん坊は嬉しそうに笑っている。その声があんまりにも無邪気で、色々なことが全て吹き飛んだ。ハーレムは己の腹をくくった。

「あぁー、わぁったよ! 育ててやる! どうなってもしらねぇからなぁ!」

「うきゃあ!」

帰り道、ハーレムの腕の中にはスヤスヤと寝ている赤ん坊と高級そうなワインの瓶があった。