いち
「なまえ、なまえなまえ」
私が家に帰るなり抱きついたまま離れない雪男は、私の名前をただひたすらに呼ぶだけだった。笑顔でおかえりって言って欲しかったんだけど。どうしてこうなったんだっけ? てか、姉さんって呼べって言ったのになぁ。
「雪男、どうしたの? 名前呼んでるだけじゃなにもわかんないよ」
「…………また喧嘩してきたでしょ。こんなに怪我して。帰ってくるのも遅かったし、どれだけ心配したと思ってるのさ」
あー、そのことだったか。帰る途中に胸糞悪いことをしている奴らがいたからちょっとお仕置きするだけのつもりだったんだけど、案外しつこくて時間かかったんだよね。
ジトッとした視線を向けてくる雪男の眉間にはシワが寄っていて相当怖い顔になっている。
「雪男、せっかくの男前が台無しだよ」
「あう」
トンッと雪男の眉間をつついて聞こえたのはなんとも情けない声。思わず笑うと、雪男が拗ねてしまった。可愛いなぁ。
「もう、笑わないでよ」
「はははっ、ごめんごめん」
「ごめんって思ってないでしょ……まぁいいや。そんなことより、もう絶対に怪我しないでね」
「喧嘩はしてもいいの?」
「我慢なんてできないだろう?」
「できないね」
こればっかりはしょうがない、そういう性分だから。ごめんねという気持ちを込めて頭を撫でてやると、雪男は恥ずかしいのか頬を薄く桃色に染めて何かを呟いた。口が動いたのは見えたんだけど、なんて言ったんだろう。
「おーい、姉弟でイチャイチャしてねーでさっさとこっちこい」
「父さん、ただいま」
「おう、おかえりなまえ」
父さんの近くまで行くと、髪をわしゃわしゃとかき回された。そして父さんは私をぎゅっと抱きしめると、額におまじないのキスをして祝詞を唱える。毎日家に帰ってくると必ず父さんがするこの行動の意味はわからないけど、私を悪いものから守ってくれるらしい。だからなのか、昔から風邪の一つも引かない健康優良児だ。
反対に雪男は昔から体が弱かった。いつも泣いてばかりの雪男を守っていたのは私だったのに、それが逆転したのはいつだったか。あっという間に私は彼を守る存在から守られる存在に変わってしまった。それが少し気にくわない。
「父さん、私強くなりたい」
「藪から棒にどうした。お前は十分強いだろうが」
「喧嘩はね。そうじゃなくて、違うところで強くなりたいの。力じゃなくて、父さんみたいにみんなを笑顔にできる強さが欲しい」
「 」
「え?」
「あぁ、いや、なんでもねぇ。それより、今日の夕飯はなんだ?」
「すき焼きだけど……」
「おっ、そりゃ楽しみだ。雪男もブスッとしてんなよ。姉ちゃんの飯だぞ?」
ブスッとなんかしてないよ、とムッとした顔をした雪男と父さんが扉の向こうに消えた。さっき父さんが言った言葉が妙に引っかかっていた。
「祓魔師って、なんだ…………?」
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