ニューお試し部屋 | ナノ


二匹目




救急車を呼ばないで欲しいと彼に頼まれたけれど、それも怪我の具合によると思った私は、取り敢えず彼を病院の当直室に運び、ソファーに寝かせた。成人男性を運び込むのは大変だったが、そこは根性で頑張った。

「失礼します」

ニーが心配そうに見守る中、彼のボロボロのパーカーを脱がすと、見た目ほどは怪我をしていないみたいだった。精々が打撲と頬の切り傷くらいだろうか。頭の方の怪我を心配していたけれど、それもなさそうだ。

「よかったぁ」

汚れた肌を蒸しタオルで拭い、怪我の処置をする。ここにある道具でなんとかなったことにほっとした。パーカーを洗濯機に放り込んで一息つく。ふと、ニーがいない事に気がついた。

(そういえば、途中からニーがどこかへ行った気がしたけど、どこに行ったんだろう)

そう思っていると、外からニーの鳴き声が聞こえた。
探しに行こうとして、彼がまだ裸だった事に気がついた。暖房がついているので風邪をひく事はないだろうけれど、さすがに裸のまま放置は気がひけるので自分の白衣を脱いで彼に被せておいた。すぐ戻ってくるから大丈夫だろう。

「ニー? どうしたの?」

どうやらさっき彼が倒れていたあたりにいるみたいだ。しきりに鳴くニーの視線の先をたどると、怪我をした一匹の猫が瓦礫と瓦礫の間にうずくまって震えていた。

「大変! 急いで処置しないと!」

急いでその猫を病院に運んだ。処置をしていてわかった事だけど、彼と同じようにナイフか何かで切られたような大きな傷が足にあった。

(もしかしてこの猫、例のやつらに襲われてたんじゃ……)

そして彼はこの猫を助けたんじゃないだろうか。そんな考えが浮かんだ。
猫の処置を終えると、あの男性が起き上がってこちらを見ていることに気がついた。彼の側にはニーがいた。撫でてもらって嬉しそう。

「あ、気がついたんですね。痛いところはありませんか?」
「……平気」
「よかった。服は洗濯中なので申し訳ないですがそれで我慢していて下さい」
「……ここどこ?」

どうやら彼は状況が飲み込めていないようだった。まぁ、無理もないか。
コーヒーをマグカップに入れて渡したけど、一向に手をつけない様子がなんだか猫みたいだった。

「倒れてたんですよ、貴方。怪我をしているようだったのでここに連れてきました。本当は病院に連れて行った方がいいんですけど、私はここから離れられないですし、貴方は救急車は呼ぶなと言うのでここで処置させていただきました」

ふーんという彼はキョロキョロと辺りを見回すと、私の後ろなの台に寝ている猫を見つけて驚いた顔をした。

「そいつ、どうして」
「あ、この猫ですか? 貴方が倒れていた場所の近くにいたんです。恥ずかしいことに最初は気付かなかったんですけど、ニーが……あ、ニーってその猫のことなんですけどね、この猫が教えてくれたんです」

私が説明すると、彼は笑ってニーを撫でた。たぶん、ありがとうって言ったんだと思う。仏頂面をしていたのに、ふにゃりと笑うところはなんだか可愛い。

「しばらくは安静にしなていないといけないので、入院ということでいいですか?」
「入院? アンタ医者?」
「あ、えっと私梅澤なまえと言って一応獣医やってます。ここはカガミ動物病院の当直室なんです」

合点がいったのだろう、彼はふんっと鼻で息を吐くと目を閉じてソファに横になった。

「あの、朝になったら家まで送るので、それまで、待っていて欲しいんですが」

いいですか? と聞こうとしたけれど、寝息が聞こえてきたので尻切れトンボに終わった。
不躾だけど彼の顔を覗き込むと、眉間に皺が寄っていてやっぱりまだ体が辛いのだとわかった。寒そうに身じろぎをした彼に仮眠用の毛布をかけてあげた。

(あ、可愛い……)

まるで小さな子供のように体を抱えていた彼は、私がかけた毛布をぎゅっと握りしめて寝ていた。なんだか母性本能をくすぐる人だ。

(それにしても、こんなに怪我して……何があったんだろう)

まだ暖かいマグカップを握りしめてそんなことを考えていた。時計をチラリと見ると、時刻は午前三時をさしていた。

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