実技は得意ですよ
「あー、最近流行ってる萩野屋の団子が食べたいなぁ」
「勘ちゃん、そこは団子より豆腐だろ」
「えー、やだよ」
俺と兵助が、次の授業を行う場所である道場の前で話していると、ドタドタと忍者らしからぬ足音が聞こえた。
こんな走り方をするのは、一年は組かあいつぐらいだ。
「かーんちゃーん!」
やっぱり、春だ。速さを緩めることなく春が突っ込んでくる。そんな春を俺が受け止めきれる訳もなく、二人で倒れ込んだ。
「おはよう春、早いね」
俺が声をかけると、おはよう、と春も言う。
「だって次の授業は剣術だよ? 楽しみで楽しみで仕方がなくてさぁ」
「成る程。あ、そうだ春、授業が始まる前にさ、いつものあれ、見せてくれない?」
りょーかい。と言って、春は授業で使う竹光ではなく、私物である真剣を取り出した。
ブンッ、と一振りして春は躍る。
無駄のない洗練された動き。不思議なまでに研ぎ澄まされた表情。全てが完成された春の剣舞に魅了させられる。
美しい。
今の春を表すとしたら、この言葉が相応しいだろう。普段の緩い春も好きだけど、やっぱり俺はこの時の春が一番好きだ。
「ふぅ、どうだった〜?」
春がこちらを向く。この時にはもう締まりのないいつもの春に戻っていた。
「やっぱり凄いなぁ、春の剣」
「その集中力を座学にもいかせるといいのにな」
兵助の言葉にえへへ、と笑う春は困り顔だ。一応は自覚あるみたい。
「遅くなってすまない」
おっ、三郎達が来たみたいだ。
「じゃあ、道場に入ろっか」
***
今日の授業は、くじで当たった人と模擬戦をやるというものだった。
私と勘右ヱ門、ハチと雷蔵、春と兵助という組み合わせだった。
私たちの試合は引き分けで、雷蔵たちの試合は雷蔵が迷ったところにハチが一本入れ、ハチの勝ち。
最後の春たちの試合は、白熱した。兵助は優秀だから、さすがの春でもなかなか勝負はつかない。
しばらく競っていたが試合の決着は呆気ないもので、誰かが呟いた「団子」という単語に春が反応し、その一瞬のすきに兵助が一本を入れたのだ。
「痛い……」
兵助も遠慮なくいったな、春の頭に瘤(こぶ)が出来ているぞ。
「ごめん、春。避けると思ってたから、思いっきりやってしまった」
「おれが隙をつくったのがいけないんだから、兵助が謝る必要はないよ〜」
「いや、でも…」
それでもまだ言い寄る兵助。
「じゃあ、今度萩野屋の団子買ってきて?」
「それでいいのか?」
「うん!」
「わかった。今度買ってくるよ」
「やった〜」
へーすけ大好き〜、と兵助に抱き着く春。羨ましい、後で覚えてろよ兵助。
「春、保健室行っとくか?」
「へーき。それよりはっちゃん、いつもの〜」
はいはい、と言って懐からこんぺいとうを取り出すハチ。
あ〜ん、と大きく開けた春の口に入れる。
「う〜、美味しい。はっちゃん、ありがとぉ」
「ん」
「本当にハチは春の母親みたいなのだ」
兵助、それは言わないお約束だろう。
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