Love is doing small things with great love.
黒いソファに男女が向かい合って座っている。男の名は芥辺と言い、芥辺探偵事務所のオーナーであり、女……佐隈りん子の雇い主であった。
「じゃあ、明日から来てね。佐隈さんには事務処理と事務所内の掃除をしてもらうから、来るならなるべく早くね」
トントンと書類を机の上で整えると、芥辺はチラリと時計を見た。
それを見た佐隈が、慌てたように身支度をし始める。
「す、すいません。こんなに遅い時間になるとは思っていなくて。このあと何か予定ありましたか?」
手早くコートを羽織ると、申し訳なさそうにに謝った。
謝られた本人は、自身もコートを羽織ると
「いいよ。俺もこのまま出て行こうと思ってたから、ちょうどいい時間だ。帰り道には気をつけてね」
言葉の通り鍵を取り出して佐隈と共に事務所から出て行く。
「今日は本当にすみませんでした。では、また明日」
ん。
と言ってふらりと歩いていく芥辺を見た佐隈は、不思議な人だと思いながら自身も家路に着いたのだった。
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佐隈と別れた後の芥辺は、駅の近くのある書店へ入ると特に迷いもせずに店の奥へと入って行った。関係者立ち入り禁止と書いてあるドアを躊躇なく開けると、
「迎えに来た」
と言ってソファに座る。
明らかに休憩していた書店員のうち、研修員と書いてある名札をしている若い男が注意した。
「ちょ、ちょっと?! ここは関係者以外立ち入り禁止なんですけど!」
途端に先輩であろう中年の店員が、額に汗を浮かべて急いで謝った。
「すいません! こいつ新人で、よく知らないんです! 九は今呼んでますんで、どうか許してやってください」
「そう」
ペコペコと深く腰を折ってお辞儀する店員を一瞥すると、芥辺は何やらよくわからない言語の本を読み出す。
その様子にほっと一息ついた店員は、ぼさっとしている先程の若い店員に「さっさと九を呼んでこい!」と焦ったように指示を出した。
しばらくして、呼びに行った男と一人の若い女が現れると、芥辺は立ち上がった。
「芥辺さん! 迎えはいいっていつも言ってるじゃないですか! みなさんに迷惑がかかっちゃいますよ!」
もう!と言って怒る女に周りはハラハラするが、周囲の予想に反して芥辺は優しく頭を撫でると
「あかねのことが心配だから」
と言った。
「芥辺さん……!」
あかねは顔を赤くして芥辺に抱きつくと誤魔化すように言う。
「またそんなこと言って……」
芥辺はそんなあかねを見て笑うと、彼女の手を引いて店から出て行った。
「あかねちゃん! また明日!」
あかねと仲が良いのだろう。あかねを連れてきた男は、彼女に手を振って別れを告げる。
しかし、芥辺が振り返り、恐ろしい顔で睨みを効かせると「ひっ」と言ってへたり込んでしまった。
それを見て満足げな表情になった芥辺は、繋いだ手をより深く繋ぐと(所謂恋人繋ぎというやつだ)、足早にその場を去って行った。
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