変わらない呼び名
「……くそっ」
シリウスが自室で新しい家を買うための書類を作成していると、時折階下から楽しそうな声が聞こえてきた。それに苛立ちを覚え、作業を中断したのはいつだったか。
気がつけばその声を聞くことに意識が向いてしまい、1ページも進んでいないことに気がついた。
全く進んでいない書類作成に煩わしさをおぼえたシリウスは、書類を手早くまとめて脇へ置きベッドに寝転がる。
目を閉じると、余計に聞こえてくるその声にむしゃくしゃしたので、耳を塞いで考えてみた。この胸の内に沸いて出るドロドロとした気持ちは何なのだろうか。学生時代にもついぞ感じたことのない未知の感情。シリウスをひどく苦しめるこの感情はあまりいいものではないことは確かだった。
なんてことはない会話をしているだけなのに、ハリーがリーマスの話をしていると毎回こうなる。今朝も、リーマスが来るとわかると目に見えて機嫌が良くなっていたハリーを見てイラつき、近くにいたクリーチャーを蹴飛ばしてしまった。
「……はぁ。やめだやめ。こんなことを考えていたってしかたがない」
シリウスは、少し寝て頭でも冷やすことにした。
「………さ…。……さん」
どうやら少しのつもりが、結構長い時間寝てしまっていたようだ。起きなくてはいけないことはわかっていたが、やんわりと耳朶に響く柔らかな声と、優しく体を揺すられる心地よさに、シリウスは再び眠ろうとした。
「おじさん」
何回目かの呼びかけで、ようやくシリウスが瞼を開くと、ハリーがシリウスの顔を覗き込んでいた。なんとなく頭を撫でてやると、ハリーは嬉しそうな顔をしてシリウスの手にすり寄ってきた。まるで猫のようでとても可愛い。シリウスの頬も緩み、もうずっとこのままハリーの頭を撫でていようかなどと考えていると、
「あー、シリウス?」
遠慮がちにシリウスの名前を呼ぶ声が聞こえていた。大好きな友の声だが、今はそれが憎らしく聞こえる。
「ムーニーか」
昔からのあだ名で呼ぶと、リーマスがいることに気がついたハリーが、ぱっと顔を赤くして立ち上がる。その様子に、また顔が綻んだ。ふとリーマスを見ると、あいつもハリーが可愛くて仕方がないという顔をしていた。その顔を見てまた苛立ちそうになったので、とりあえずハリーの頭を撫でておいた。
「おじさん、リーマスがもう帰るって」
「そうか。じゃあ玄関まで見送るよ」
「あぁ、ありがとう」
ハリーが先に部屋を出て、シリウスも出ようすると、リーマスの横を通ったときに小さな声でくすくす笑いながらこう言ってきた。
「君も大人気ないね」
「何のことだ?」
シリウスがニヤリと笑ってそう言ってやると、リーマスは肩を竦めて「なんでもないさ」と返してきた。
玄関を出て、リーマスが姿くらましをする前にも、ハリーとリーマスは何やらコソコソと話をしていた。再びイライラしてきたシリウスが何の話をしているか問いただす前に、
「それじゃあハリー、体には気をつけてね。シリウス、ハリーに迷惑かけないでよ」
と言ってリーマスは姿くらましをしてしまった。最後の一言は余計だと思いつつ、ハリーの手を取り家の中へもどった。
prev -
back -
next