おばさんに連れられて来たのは、古着屋だった。ビルとビルの間にポツンとあるその店は、贔屓目に見ても客が来るような店には見えなかった。おばさんも知らなかったようで、
「あら、こんなところがあったの。ハリーの服を買うならここでいいわね」
と言っていた。
でも、よくよく見るとそこは尋常じゃないくらいに寂れていた。
雨風にさらされて店名が見えなくなるほどボロボロになった看板。壁にはこれでもかというほど苔が付着していて、見るからに怪しい雰囲気だ。
店に入ると、妙に甘いようなどろりとした空気が体にまとわりつく。店主の男の人はニヤニヤと下品な顔をして笑っている。ヤニで黄色くなった歯が嫌に目立つ。
潔癖症のおばさんは耐えられるのかと顔を伺うと、顔を真っ赤にして何かを懸命に堪えている顔をしていた。
ハリーとおばさんの意見が初めて一致した瞬間だった。おばさんは店内を走り回って一着の服を持ってきた。
「これを試着室で着なさい。そこのあなた、この子が着替えをすませたら私を呼んでちょうだい」
最後の一言は店主に言った。
おばさんは少しもこの空気を吸いたくないようで、ちょっと失礼、と言って外に出て行ってしまった。
(外に出るならそもそもここで買わなきゃいいのに)
そこまでして安く済ませたいのか。ハリーは思わず苦笑いをしてしまった。
「お嬢ちゃん、名前は?」
先ほどの店主が試着室へハリー連れて行く際に尋ねてきた。
この店の試着室はどうやら店の奥にあるらしく、服と服の間を縫うようにしてハリー達は歩いた。途中にあった扉を開ける際にレディーファーストをしてくれたので、この店主は案外紳士なのかしれない。
「ハリーです」
「なんと!それは素晴らしい名前をもらいましたな!」
(そんなにすごい名前でもないと思うけど……)
ハリーだなんて平凡な名前のどこが素晴らしいというのだろうか。
店主のおじさんはハリーが名前を言った時から何かを見極めるように見てくる。
鋭い視線は居心地が悪かったが、ハリーにはそれよりも気になっていることがあった。
(暑い……)
この店の中は空調が聞いていないのか、妙に暑いのだ。あの妙な香りも気になる。早くこの店から出ないと、そんな風に思わせる何かがあった。
「ふぅ」
あまりの暑さに前髪を少しかきあげる。
ふと視線をおじさんに戻すと、おじさんはびっくりした顔でこちらを見ていた。
「あの、どうかしましたか?」
「あなたは……!もしやポッターさんじゃないですか?!」
「え、どうして私のファミリーネームを知っているんですか?」
おじさんはハリーの問いかけには答えずに、「ポッターさんが来たぞ!」と大声で言った。
すると、さっきまで感じていたどろりとした甘い空気が一気に無くなり、店の雰囲気も変わった。
何があったのかは皆目見当がつかないが、なんにせよこれで少しは楽になった。
「ポッターさん、握手をしても?」