08

「俺はトラを甘く見ていた……」
「会って早々俺の悪口か。帰るぞ」
「おい待て待て、仕事を放棄するな!」

 翌日、ŹOOĻが揃った。トラは遅刻してきたが前の出演者の収録が押しているそうで出番はまだ回ってこない。遅れて楽屋に入ってきたトラを見て、俺はつい本音を吐き出してしまった。遅刻されても怒る気にさえなれない、トラが言っていたことは本当だった。

「昨日はどこまで漕ぎ着けた?」
「連絡先を交換した。次に会う約束もできた。だけどな」
「だけど?」
「貰った絵を描くのに一時間も掛けたって言われたんだよ」
「だろうな」

 トラはそれを見通して言っていたのだろう。貰ったものに費やした時間とか労力とか。なまえに言われたときにも考えたことだが、トラを見て再び思い出してしまう。軽い気持ちで見ていたわけじゃないが、想像以上だったんだ。

「楽しそうなお話をされていますね。私も混ぜて下さい」
「なんの話? オレも混ぜて」
「いつも話に混ざりたがらないおまえらが、なんでこんな時に限って話に混ざって来ようとすんだよ」
「あら、私たちには話せない内容でしたか。 ……悲しいなぁ。あのフレーム立て、お気に召さなかったんでしょうか」
「違う違う! ミナ、あれは本当に助かった。ありがとうな!」
「フレーム立て? ねぇ、なんの話?」
「トウマと財布を忘れて困っていた女の話さ」
「……は!?」

 待て、早まるなトラ。物事には順序ってものがある。トラとミナはたまたま偶然その場に居合わせていただけで話すことを話したりもしていたが、ハルにはまだ何も言っていないんだよ。

「なにそれ!? オレ、なんも知らないんだけど!?」
「ハルには話す機会がなかっただけで、言うのが遅くなったんだ。悪かったよ」
「話す機会がないって何!? 今まで何回も何回も何回も一緒に仕事してたじゃん!」
「いきなりそんな話出せるわけないだろ?」
「ただ単に悠は話し相手にならなかっただけだろ」
「はぁっ!?」
「馬鹿、話をややこしくするな!」

 確かにハルはまだ子供だし、高校生だし、そういう話し相手にするのはちょっと早いと思ってるのも事実なんだが、燃料投下するように余計なことを言うんじゃねえ!トラとハルの間に割って入ってトラを一喝すると、ハルはどかんと大きな音を立ててソファに座り込んだ。

「ふん。トウマ、あんな女が好きなんだ」
「は!? 好き!? べつにそういうわけじゃ……」
「狗丸さんって、好きでもない方をデートに誘うんですね」
「デート……!? いや、違う、礼なんだよこれは、もらったやつの!」
「デートじゃなくただの礼か。じゃあ、俺たちも混ざりに行くか」
「来るんじゃねーよ!」
「「「……なんで?」」」
「ハモんな! 関係性がややこしくなるだろ」

 なんなんだこいつら本当に。「関係性って……ただ狗丸さんのお友達だと紹介してもらえたら、それで済む話だと思いません?」とミナは平然と口にしているが、それで、なんで1:4の状態で水族館を回らなきゃいけないんだよ。邪魔をするな。邪魔っつーのはただ礼をしたいだけの1:1の関係を望んでんだ。横槍入れてくんな。もし本当に連れてったら、まずこいつら三人は何を仕出かすかわかんないからな。特にトラ。

「まぁ巳波、そう言ってやるな。トウマにとっては彼女ができる絶好のチャンスなんだ」
「彼女!? んなとこまで考えてない! 俺はトラと違って誰とでも付き合えるような男じゃないんだよ」
「相手の子、可哀想だな……」
「いやそう言うんじゃなくて、物事には順序ってもんがあるだろ! なんで会って早々の女を恋愛対象として見ないといけないんだよ」
「へぇ。おまえはそういう目で見ないのか。ならどこで彼女にしたいかどうかを判断するんだ?」
「はぁ……? 一緒に居て楽しいとかそういうところからだろ」
「一緒に居て? 出会った瞬間に、抱き締めたいとかキスしたいとか抱きたいだとか、思うだろ」
「思わねーよ!」
「御堂さん、亥清さんのいる前で止めて下さい」
「……なんで抱きしめたいって二回言ったの?」
「ハル、おまえはまだ知らなくてもいいんだよ。耳、塞いどこうな」

 ハルの耳を塞ぐ前に、ハルはトラの言葉をバッチリ聞いてしまった。顔を真っ赤に染め上げるわけでもなくめっちゃ不思議そうにトラに訊いてる。いいんだよハルはまだ知らなくたって。トラが次に何を言い出すかわからなくてヒヤヒヤする。耳を塞いでやるが、ハルは俺の手を掴んで一言。

「でも、水族館は行ってみたい」
「……え?」
「そうですね。たまには水中で暮らす生き物たちを静かに眺めているのもいいですね」
「オレ、魚よりもイルカショー見たいんだけど!」
「ちょ、ちょっと待て、これ、マジで五人で行く流れになってねぇか?」

 混ざりに行くかと言ったのはトラだったが行く気になっているのは何故かハルとミナだ。ハルは早速楽しみにしているのか嬉しそうに笑ってるし、ミナに至っては今年の初詣でりんご飴を強請られた時のように「連れてって」なんてことを言い出しかねない。トラ、トラ。さっきおまえが一緒に行くかっつったのは冗談だよな?こいつらをなんとかしてくれ。

「トウマ。昨日のオフ、四人で遊びに行きたがってただろ?」
「む、無理だ! 今回はパスする!」
「ええー……」
「ええー、じゃねぇ!」
「じゃ、トウマ抜きで三人で行くか」
「三人で楽しい思い出をいっぱい作りましょう」
「やった! 水族館、イルカショー!」
「そういうのマジでヘコむからやめろ……」

 昨日のオフを誘った時に休みの日まで顔合わせたくないっつってただろ。なのに俺が行けないと知れば三人で遊びに行くのか。薄情者。……かといって、じゃあ俺も行くなんて言えるわけもない。

「丸一日空いてる次の休みはいつだ? 俺は早くて来週の月曜と水曜だな」
「オレ、来週はŹOOĻの仕事しかないから月曜日と水曜日空いてる。巳波は?」
「私はドラマの打ち合わせがありますが、来週の水曜日なら」
「じゃあ、来週の水曜日だな」
「平日なので混んではいませんね」
「イルカショー近いところで見れるかな?」
「早いうちに席に座っておけば見れますよ。そういえば狗丸さんは、いつ行かれようとしていたんですか?」
「水曜日……」
「え? トウマも来んの?」
「行かねーよ!!」

 なんで二週続けて、来週に限ってオフが被ってんだよ。まぁ同じグループで活動してんだ、個々の仕事が回ってこなければミナ以外と休みが合うのも無理はないが、ミナまで空いてんのかよ……。
 とはいえ、この話が決まる前になまえを誘ってしまったんだ。なるべく早いうちに行っておきたいよな。待たせるのも悪いし。俺の次の休みは来週の水曜日だ。こいつらと丸被りだ。でもなまえとの約束を優先するしかない。水族館、違うところに行ってくんねぇかな……。



【件名:大丈夫です。】
【本文:来週の水曜日ですね。よろしくお願いします。】

 ……それかなまえ、なんか予定があるって断ってくんねぇかな……と思っていたが、彼女は予定が空いてるらしい。
 件名には最初【狗丸トウマだけど】を添えて、受信して送り主が誰なのかわかるように付けていたが、彼女は返信してくるたびに件名をいちいち消しながら書き直してくる。同世代の人間とメールでのやり取りは久しぶりだ。それにしても件名なんてそんなに弄ることあんまないよな。使っていた頃は【Re:】が連なってばかりだったし、そっちの方がどれくらいやり取りしていたのかがわかる。でも彼女はそれをいちいち消している。そういうのは人それぞれだと思うけど。スマホの使い方がわからないからって、いつまでもガラケーを使っているうちの母親みたいだ。だけど母親と違うことといえば、絵文字が大好きな母ちゃんと比べて彼女は絵文字一つも使わないところだろうか。俺も絵文字は使わないけど。なんかこういうの、業務連絡みたいだな。

 なまえと約束した日は来週の水曜日。時間は空いているだろう開園時間に着けばいいかくらいでその30分前。場所は初めて会ったコンビニ。できるだけ同じ日に水族館に行く気満々なメンバーに会わなければいいけど。


















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