06

 今までだったらなまえのことはまた会えるかどうかわからなくて、たとえ会えなかったとしても、そんなことあったな程度の記憶で収められた存在だった。ロケや街中で偶然出会ったファンの子みたいに、その存在は覚えているけど顔はあんまり思い出せなくなっていくような記憶の中の存在にしか過ぎない。だけど、彼女から一枚の絵を貰ったことにより、彼女の存在はそう簡単になくなりはしない。第一、ただ一言二言喋った関係でもなく、四回あってそこそこの会話をしたし、少しだけ彼女のことを知ったんだから。

「相変わらず整理整頓がされている部屋だな」
「散らかすものがないんだよ。察しろ」
「そして狭いな……」
「人様の家に上がり込んで文句を言うな!」

 一応俺は整理整頓をきちんとするタイプの男だ。NO_MADの時代からうちにはよく人が遊びにきて飲み会や鍋パをする場所になっているから、いつ誰が部屋に上がり込んでくるのかわかんねぇし。人が集まれば狭いかもしんないけど、部屋の広さは一人暮らしなんだからそこまで広くなくたっていいだろ。一人暮らしのくせにホテルのスウィートルーム並の部屋で暮らしてるトラに文句を言われる筋合いなんてない。それにトラは家政婦なのか女なのかわかんないけど、部屋の掃除は家に訪れる奴に任せっきりだと言っていたし。さすが御曹司はやることが違う。

「ん? 絵が置いてある。この部屋には不釣合いだな」
「それはもらいもん」
「へぇ、誰に? わざわざフレーム付けて飾ってるだなんて珍しいな。ついに彼女でもできたか?」
「まさか。 フレーム付けたのはアレだ、ミナが買ってきてくれたから」
「……巳波が?」
「それ貰った日にミナに会ったんだ。部屋に飾ろうと思うっつったら、次会った時に買ってきてくれたやつ渡された。これが丁度いいんじゃないですかって。ほんと、気が利く奴だよな」

 トラが目に付けたのは、シェルフに置かれたフレーム立てに入った貰い物のポストカードだ。なまえから貰ったやつ。トラに告げたとおり、あの日の午後に仕事が一緒だったミナに興味を示されて、次に会った時に丁度いいサイズのフレーム立てをプレゼントされた。彼女には部屋に飾ると言ったのはいいものの、こんな洒落たようなものを部屋に飾ったことなんてなかったし、どうしたらいいのかもわかんなかったから本当に助かった。フレームも洒落てるしセンスも申し分ない。「部屋に吊るして飾るのもいいですけれど、これは埃で汚れてしまいそうですから」とミナは気まで利かせてくれていた。本当に気が利く、女子力が高い。

「これ、印刷されているわけじゃないのか」
「たぶん、普通の画用紙か紙にそのまま描いたやつだろうな」
「へぇ、世界に一つしかない一点物だな。 それで、誰に貰ったんだ?」
「前に話してた、金がなくて困ってた子」
「ほお、いつ渡されたんだ?」
「二週間くらい前に……」
「なんだ、会ってるのか。話せよ」
「偶然会ったんだよ。んなこといちいち話してられるか」
「巳波には話したのに? 結局おまえは俺のことをそこまで信用してないってことだな」
「信用もなにも別に話すことじゃないだろ……や、話すことだったのか? ミナには、たまたま見られて興味を示されただけだって」
「どうせ見せびらかしたんだろ」
「そんな柄じゃねーだろ俺は!」

 見せびらかした覚えはない。俺が見せびらかすような真似をするタイプだと思うか?手に持ってただけだ。小さいウエストポーチしか持ってなかったんだ、折り曲げたら大変だろ。そろそろっと手に持っていたらそれをミナに気付かれた。ああそうだ、あの日ミナは「これ使ったら折れないですよ」って分厚い厚紙をくれた。なんであんなもん持ち歩いてんだ、ミナの鞄は四次元ポケットかなんかか。

「あれから何回その子に会った?」
「二回だな」
「全部偶然か?」
「ああ」
「ストーカーされてたりしてな」
「まさか。んなことできるような性格には思えない」
「どうだろうな。女は怖い生き物なのさ。恋愛経験のないおまえには受け入れ難い話かもしれないが」
「恋愛経験ぐらいある!」
「……意外だ。割と本気で彼女が居たことはないんだと思ってた」
「俺のこと馬鹿にしすぎだろ!?」
「ははは。別にバカにはしてないだろ」

 ははは、じゃないしどう見ても馬鹿にしてるだろこいつは。彼女ができたことなさそうな奴に見えて悪かったな。恋愛経験もトラと比べたら、そりゃ比べられないレベルなのかもしんないけど。こっちは16の頃からアイドルやってんだよ。そうだ、俺はアイドルなんだよ。女なんかで遊んでられない。……彼女は欲しいけど。

「これ、よく見るとボールペンで線描いてんのか。上手いな」
「だろ! 上手いだろ?」
「嬉しそうだな……。彼女のことを気に入ってるのか」
「別にそういうわけじゃない。貰いもん褒められたら嬉しくなるだろ!?」
「そうだな、律儀に飾ったりしてな。 美大生か?」
「よくわかったな。近くにある美大に通ってるって言ってた。日本画を専攻してるって」
「へぇ、日本画か……。 それで、名前は?」
「みょうじなまえ……って、なんでそんなこと聞いた?」
「なんとなく。知らない名前だな」
「これでトラが知ってたら俺はどうしたらよかったんだ……」
「昔の女だったり関係があった女だったら面白かったんだけどな」
「やめろって」

 流石にそんなことになったら俺はどうしたらいいんだ。別にどうこうしようなんてこれっぽっちも考えてないけど。ただでさえ変わった子なんだ、それ以上どんな目で見たらいいのかわかんなくなる。また会うのを前提に話してるのもなんだけど。

「連絡先は聞いたのか?」
「聞くわけないだろ!」
「……どうして聞かない? 普通は聞くだろ」
「なんでってそんなこと……え、普通、聞くのか……?」

 と、もしかしたらそれが普通なのかもしれないと少しでも考えてしまった俺は聞き返してしまった。いやでも、相手はトラだぞ?はっきり言ってしまえば女をカモにするような奴だ。遊び相手がたくさんいて、誰これ構わず手を出すような男だ。トラが言う連絡先っていうのは、なんか、すげぇ軽い感じがするし……。

「聞くだろ。貰ったものがあるんだ。返礼や謝礼をしないなんて、いったいどんな育ちをしたらそうなるんだ? おまえに彼女がいない理由がよくわかる」
「彼女がいるいないは関係ないだろ!? あと俺の家族を馬鹿にすんな!」
「悪かった、それは言い過ぎだったな。 だけどよく考えてみろ、トウマ。おまえは世界に一点物の貰いものをしたんだ。おまえは何も考えずにくれるもんを受け取っただけなのかもしれないが、貰い物には変わりない。それに相手は美大生だ。たかが一枚の紙の絵だとおまえが思っているそれだって一つの作品だろ。それを描くためにかかった時間、労力、費用……それに美大生だっていうなら、ポートフォリオにだって載せられる貴重な作品に過ぎない。それをおまえはタダでもらった」
「きゅ、急に説得力があるような言い方すんなよ……」

 が。日頃の行いのせいで忘れていたが、考えてみればトラは頭が良くなきゃ入れないいい大学に通っている大学生だった。御曹司でもある。社交界慣れもしてる。そういう礼儀やマナーに関してはちゃんとしているんだろうってことを考えると、俺は動揺してしまった。

「俺、どうしたらいいんだよ……」
「礼をしろ。次に会った時にでも」
「金か?」
「それは少し大袈裟だな」
「じゃあ何が……菓子折りか? いつ会えるのかわかんないのに、それを毎日持ち歩いてるのもな……」
「別に次直接会った時に何かを渡す必要はないだろ。だから連絡先を聞いておけ。次に会う口実にもなる。食事に誘うのも有り、デートするのも有りだな」
「なるほどな……」
「なんなら、一夜を誘って関係を結ぶのも有りだな」
「それは絶対ねーよ!!」

 食事に誘うまでは合格、デートはちょっと荷が重たく感じるがギリ合格点だろう。だけど、関係を結ぶってなんだ。最後まで真面目にやれ。こいつは大真面目なのかもしれないが、それをするのは俺なんだよ。俺のこと一体どんなふうに見てるんだ、んなことできる男だと思うか!?

「そういえばこの間会った女が、俺に水族館の無料券をくれたな。二枚」
「それを俺に渡そうとすんな。彼女はトラに渡したんだろ。トラがデートに誘って、行ってきてやれよ」
「品を受け取った時点で使用権は俺にあるだろ」
「そうなんだけどさ」
「いるか?」
「……いや……」

 口元を上げながら思い出したように告げられる。それを渡した女はトラと行きたがって渡したかもしれないだろ。それを俺がもらうっていうのはちょっと……そこまで仲良くもないのにふたりきりで水族館に行くっていうのもな……。いや、でも。

「……まぁ、ちょうどいいかもな……」

 思い返してみればなまえは動物をあんまり知らないようだったし。魚の絵も見た覚えがない。彼女を誘ってあいつが知らないものを見せるのは俺も納得のいく礼のような気もした。


















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