05

 一、二度の縁はそう簡単に終わらない。まるで何かの巡り合わせなのかっていうくらい、彼女−−なまえと再び出会ったのは、名前を聞いてすぐのことだった。初めて彼女と出会ったコンビニで、あの日と同じ時間に出会した。

「と、トウマさん……ですよね」
「あれ、あんた……なまえか?」
「そうです、まさかあれからすぐに出会えるなんて……」

 と、ちょっと驚いた表情を浮かべるなまえだったがそれは俺も同じだ。この間と同じように500mlのカフェオレとグミ菓子を抱えながら、今週出たばかりのIDOLiSH7が表紙を飾っている音楽雑誌を立ち読みしていた俺の顔を覗き込んできた。

「今日も学校か?」
「えっ……あ、いえ、はい……」
「どっちだよ」
「授業はないんですけど、はい」
「へぇ、真面目なんだな」

 雑誌を閉じて彼女と向き合う。意外と、と言ってしまったら失礼な話だが、授業のない日も学校に行ってるのはいいことだ。

「……」
「……」
「……いや、あんたも俺に何か聞けよ」
「えっ」
「そういう流れだっただろ」

 話しかけてきて、会話のキャッチボールは僅かなものに終わり始まるのは突然の沈黙。彼女は下を向き始めて、両手の指先を絡めてそわそわと動かしているのが目に入るが、黙り込んだまま一歩も動こうとしない。会話をすることが苦手だと言っていたけどそれほどなのか。会話をするのは別に苦じゃないし、人見知りの人間の相手も何度かしてきたことはある。そこから仲良くなった人の数は少ないけど、まぁ、なんだ、この……何もせずに目の前で立たれたままっていうのは、ちょっと居心地が悪い。

「……あの、じゃあ」
「ん?」
「……仲良くしてもらえないでしょうか……」
「え?」
「あ、すみません、変なことを言ってしまって……。あの、私、今日はこれで!」
「は!? お、おいちょっ……」

 ……行ってしまった。
 なんなんだ、一体。いやまぁ、あれが彼女にとって頑張って絞り出した言葉なんだろう。仲良くなりたいって言われたのにはビビったけど。それで勝手に話を終わらせて、彼女は行ってしまった。初めて会った日みたいだ。
 だけどあの時と違うことといったら、彼女はまだ買い物を済ませていない。向かった方向はレジ。またわけのわからないまま姿を消されたわけじゃない。

「−−なあ」
「あ、トウマさん……」
「俺、少しだけ時間あるんだ。だからなんだ。仲良くなりたいって言うなら、ちょっと喋ろう」

 つい追い掛けかけてしまって、店の出入口付近からレジで会計している彼女の背中を伺ってしまったが、その背中はちょっと小さかった。哀愁が漂っているというかなんというか……だから、情に流されて彼女を店の外で引き留めてしまった。

「ああ、いや。あんたに時間があればの話なんだけど」
「……いいんですか?」
「よくなかったら誘ってない」

 店を出て待ち伏せしていた俺に彼女は驚いていたようだったが、俺がそういうとさっきまでのぼんやりとしていた表情とは一転して、嬉しそうな顔を向けてくれた。「それならあそこの広場で」と小さく指さされたのは以前待ち合わせをしていた広場だ。あの日とは違って、今日は行き交う人で少しだけ賑わっている。通りがかっている人がほとんどだから、ベンチは空いていた。

「学校は高校か? 大学?」
「大学です。10分くらい歩いたところにある美大なんですけど」
「へぇ。絵を描くのか」
「はい……」

 自分から言っといてなんだが、高校生なはずはない。学校に行くにしては制服を着ているわけでなく私服だ。私服が許されている高校は珍しくないかもしれないが、少なくともこの辺りの学生はみんな制服を着て歩いている。それに授業は無いって言ってたし。そしてやはりこの近くには美大があって、なまえは大学生だった。偉いな。たぶん一年生……いやこの時期だともう二年生か。大学生のことなんてよくわかんねぇけど、授業のない日に学校に行って自習だかなんだかをしているのは偉い。

「トウマさんは、ええっと……お仕事ですか。学生さんですか? その、時間とか、大丈夫ですか」
「俺は仕事してる。40分発の電車に乗れば間に合う」
「そうなんですね」

 なまえからの質問はそれだけだ。いやあるだろ。もっと聞きたいこと、言いたいことが。ほら、頑張れ。なんの仕事してるんですかとかあるだろ。それを聞かれて俺はどう答えていいのかわかんないけど、心の中で彼女の切り出しを応援していた。頑張れ、がんばれ……ないか。それを俯いたまま指先をそわそわと動かしている仕草を見て悟った。

「あー……学校は楽しいか?」
「学校は、はい……絵を描くことが好きなので」
「そっか、そりゃよかった。絵のことは全然わかんねぇけど、なまえの絵は見てみたいな」

 この場面、正直俺だってどう会話を進めたらいいのかわかんねぇ。音楽とかスポーツのことならまだ語れる方だが、絵に関してだけは微塵も理解できていない。最後に絵に触ったのなんていつだ、高校生の美術の授業だ。なんでこんな授業を受けなきゃいけないんだと文句を垂れて何もかも理解できないまま過ごして卒業してしまった。ああでも、たまに事務所にファンアートでメンバーの似顔絵を送ってきてくれるファンがいるな。上手いなとか似ていてるなとか感心するくらいしかないけど。あとは、漫画か。

「あの……見ますか?」
「え?」
「はい、絵、なんですけど……」
「いや今のは……ああ、でもあるなら見る」

 疑問の言葉を述べただけだったか履き違えられてしまった。それは別にいいんだが。ごそごそと鞄を漁るなまえ、取り出したのは一冊のポストカードホルダー。バインダー式のめちゃくちゃ分厚いやつ。こんなものを常日頃から持ち運んでいるのか。重そうだな。けど人の鞄の中をじろじろ視線で探るのは良くない、女の子なら尚更だ。鞄を漁ったところで慌てて視線を空の方に向けるが、なまえは取り出したそれを広げて俺に見せてきた。

「うっま! 上手いな! これ、なまえが全部描いたのか!?」
「そうです。これは昨日描いたやつで……」
「へええ、すごいな!!」

 なまえから見せられた彼女が描いたという絵は一言、凄いに尽きる。やたらリアルな風景画、リアルな人の絵、花の絵とか。絵だけど、撮った写真を今流行りの画像加工で編集したような感じの。簡単に脳裏にその空間が想像できる。まさに芸術。俺が想像していた落書きみたいな絵だとか、ただ書いて塗っただけの絵の具の絵だとか、オリジナルのキャラクターイラストだとか、そういうんじゃなくて目に見た光景をそっくりそのまま写し出したような絵だった。かと思えば、可愛らしい女の子のキャラクターって感じっぽい絵も混ざっている。イラストとは違う。もはや絵画とイラストの違いがよくわかんないんだけどさ。絵が上手い。俺にこれ以上の表現は難しく、言えるならばその程度の言葉くらいしか出てこない。

「私、家ではこういうのを描いているんですけど、本当は日本画を専攻してて。毎日描いてるんです」
「へ、へえ。日本画……」

 学校……というよりは、絵描いた絵に関して喋るなまえは嬉しそうだし、よく喋る。この子はアレか、自分の分野についてはよく語ってくれる子なのかもしれない。IDOLiSH7の六弥ナギもそういうタイプだ。あいつはこういうのもなんだけど、対して仲良くもしていないのに、聞いてもないのにアニメのことに関してはうるさいくらいに語ってくる。
 一応、彼女との会話に必要だとか、なんとなく彼女のことを知りたいと思っていたから、なまえが話してくれることは大人しく聞いていられるんだけど。つーか、日本画を専攻してるってなんだ。日本画……葛飾北斎くらいしか知らない。絵の雰囲気は違うけど、そう考えれば筆遣いは似ているようにも思える。あ、ちょっとそれっぽいこと考えられた。

「なあ、動物の絵とかは描いてねぇの?」
「動物……鳥とかなら」
「ああ、鳥、鳥か」
「え……っと、その」
「あ、悪い。俺、動物が好きだからさ! 鳥もいいよな!」
「動物って、どんなですか」
「犬とか」
「犬……あんまり見たことなくて」

 人の作品に対してなんか言ってしまうのは御法度だったかもしれない。風景画とか人物画とか植物の絵やオリジナルキャラクターの絵はあるけど、動物らしい動物の絵が全然見当たらないのが気になった。単純に俺は風景や植物よりも動物が好きだから、見たいと思って、ないものを探してしまっただけなんだけど。パラパラと捲られて出されたのは鳥の絵、これは白鷺か?
 犬をあまり見たことがない。そう言い放ったなまえに少し驚くものがあったけど、そんなことより、ここで黙り込んでしまうのかあんたは。聞け!犬が好きなんですかって、聞きにこい。好きだって言って会話を広げてやるから!

「……そこは犬好きなんですか?って聞く流れだっただろ!?」
「す、すみません、犬、好きなんですか」
「ああ好きだ。特に柴犬がな!」
「そうなんですね」
「ああ!」
「……」
「……」
「……」
「っ、会話を繋げろ! 私も何か好きですって言え!」
「す、すみません、犬、わからなくて……」
「犬に縛らなくていい、私は猫の方が好きだとかあるだろ!?」
「ね、猫もわからなくて……」
「なら、うさぎとかハムスターでもいいから」
「あ、うさぎはわかります……あとニワトリ」
「小学校で飼育してる動物じゃねーか。でもうさぎも可愛いよな。……なぁあんた、もしかして動物をそんなに知らないのか?」
「すみません……」
「謝ることはねえって。動物アレルギーとかもあるしな」
「あ、えっと、卵が、食べられなくて……」
「卵アレルギーなのか?」
「アレルギーじゃないんですけど、生卵やゆで卵は、なんか食べられなくて」
「ただの好き嫌いじゃねーか。好き嫌いしてないで食べろ、でっかくなんねーぞ」
「すみません……」
「謝るな!?」

 終盤、会話は若干弾んだ。動物の話からなんで卵の話に移り変わったのか知らないけど。会話が下手すぎないかこいつ。けどちょっとだけなまえのことを知れた。動物のことをよく知らないということと、好き嫌いで卵が食べられないっていうことだけだけど。あとはこの辺の美大に通って、日本画を専攻している大学生であるということ。
 ちょっとだけ、変わった子ではあるけど。悪い子ではない。それだけははっきりわかる。

「俺、そろそろ時間だから行くな。引き留めて悪かったな」
「いえ、私の方こそ変なこと言ってしまってすみませんでした」
「別に気にしなくていい。なまえと話すの楽しかったぜ」
「そ、ですか……あの、よかったらこれ、差し上げます」
「え?」
「はい、絵なんですけど……いらなかったら、捨ててください」
「いや今のは……でも、ありがとな! 部屋に飾っとく」
「ありがとうございます」

 別れ際に手渡されたのは一枚のポストカードに絵描かれた風景画。よく見れば、それはポストカードではなくそれと同じサイズに切り取られた画用紙だった。部屋の中から見える外の景色のような風景画、確かこれは昨日描いたって言ってたやつ。それを受け取って、別れたけど。過去に二回言われた「また会えますか」の言葉はなかった。


















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