04

 ŹOOĻの世間からのイメージは、純真さを抱かれるアイドルとは掛け離れたものだ。他人に媚びない、ヒール的アイドル。こんなアイドル他にいない。あらゆる派手なプロモーションと事務所の力で伸し上がって、実力でものを言わせてきた。……が、最近になって段々とそのイメージから掛け離れていくことが多くなってきた。

 去年、了さんを怒らせてその腹いせで無理矢理出演させられた人生相談だとか大食いレポとか。バンジージャンプや一日飼育員の番組とか。何故か評判が良くてあれ以来、正確に言えば今年に入ってからバラエティ番組の出演依頼が増えた。けど仕事は仕事だ。上から出される仕事への拒否権はない。文句は零すが番組を蹴ったことなんて一度もない。そのせいか、番組内容はどんどんエスカレートしていく。
 トラと一緒に激辛グルメレースなんて絶対にやりたくなかった。辛いもの好きということから共演したIDOLiSH7の逢坂壮五は「これ、とても美味しいです!」と辛さマックスの料理に唐辛子やタバスコをドバドバ入れて目が痛いくらい真っ赤に染まった食べ物を終始笑顔のまま平らげてんの怖かったし。大食いレポならまだしも、辛いもの苦手なんだよな……。トラと二人で半泣きのまま終わりを迎えたあのテレビ番組は昨日放送されていた。オンエアされた放送では、スタジオは爆笑状態だったし、それでも歌やダンスはやっぱり凄い!別人みたい!なんてフォローが入れられてたけど、もはや当初のイメージはどこにいった?

「−−−ねぇ、昨日のそーちゃんとŹOOĻの二人が出てた番組見たー?」
「見た見た。めっちゃ面白かった! 壮五くんは相変わらずだったけど、汗流してる虎於くんが最高じゃなかった?」
「最高だった! 抱かれたい男No.1は何やっても格好良いよね!」

 今日の仕事は夜の生放送音楽番組だけ。リハーサルを込めても午後からの仕事で、10時くらいまで寝て身支度を済ませて外に出ると、目の前を通り過ぎて同じ方向に歩いていく二人組の女子がさっそく昨日放送された番組の話をしている声が聞こえてきた。ついつい耳を傾ける。聞きたくないことを言われようとも、それでも知らない誰かか自分たちの話をしてくれているのは気になるし。

「ていうかさートウマくんって……」

 けど、楽しそうに話していた会話で話を逸らすように切り出された俺の言葉に一瞬身を縮こませてしまった。痛々しいとか、そういう生の声を昔聞いてしまったことがあるから。そういう言葉にはちょっとだけビビる。臆病な性格になってしまったもんだな俺も。

「弄られてんのすごく面白くない? たまに格好良かったりするんだけど」
「あ、わかるー。なんか残念そうなところあるよね」
「わかる。一人早とちってそうなところがさー」
「あるよねー」

 ……え?

「去年やってたIDOLiSH7の番組でさ、メンバーたちが考える『彼女をキュンとさせるデートシチュエーション』のコーナーあったじゃん。視聴者の胸キュン度でランキング順位決まるやつ」
「あった! 大和がちょっとやばかったやつ」
「そうそれ。あれ出たらぶっちぎりの最下位になると思う」
「めっちゃわかる」

 ……やべぇ、なんもわかんねぇ。そんな番組あったことすら知らなかったし。つか、世間的に俺はそういうふうに見られてんのか!? 残念?最下位?なんでだ!? 世間から見る俺の印象ってそんな俺の理想とかけ離れたイメージになってんのかよ。いつの間に……。

「ŹOOĻって最初は嫌な感じの人たちにしか思えなかったけど、バラエティ番組出てると結構面白いよね。どんな性格なのかもわかっちゃうし。 そういえばTRIGGERの龍之介って、確かにエロかったけど、本当はうぶな人なんだなって思ってたし……また見たいなぁ」
「わたし結局、ミュージカルのチケット全部外れて行けなかったんだよねぇ……またテレビで見たいよね、TRIGGER」

 ……、……。

「−−あ、あのっ」
「うわっ、吃驚した、なんだ……、なんすか……」

 やっぱり人の話って盗み聞きするもんじゃないな。つか、俺の話題ってあれだけかよ。もっとこう、他に、どうだったかの感想聞きたかった……と思っていると、背後から立ち回られて誰かに引き留められた。思わず素を吐き出してしまいそうになるのを必死に抑えて、前で立ち止まった人を見る。そこには小柄な女の子が立っていて。

「あれ、あんたは……」
「お久しぶりです。あの、私のこと覚えてますか?」
「覚えてるもなにも」

 覚えてるもなにも、先月金を忘れて困っていた彼女だ。
 彼女と再会することはもう二度とない、とは言い切れなかった。出会った場所は最寄りのコンビニで、彼女はこの辺の学校に通っていると言っていた。あそこにもよく来てるって。だからタイミングが合えばもしかしたらまた会うことになるかもしれないなぁとは思っていたけど。
 都心ほど人は多くはないが結構な人が歩いている街中。いちいちすれ違う人の顔を見ていないから俺は気付かなかったけど、彼女は気付いたようで話しかけてきた。まさかこの複雑な心境を抱えた状態で。それに彼女との一件がデタラメ混じりの噂になってIDOLiSH7とRe:valeの間で出回っているらしいことは記憶に新しい。結局あれから陸とは会ってないし、Re:valeとも大型番組で共演するくらいで軽い挨拶程度しかしていない。話があれ以上に大事になるのも避けたかったから陸の話の真意も誰にも聞いていなかった。

「もしかしたらまたこの辺りで見かけるかもしれないと思っていたんですけど、本当に見かけるとは思わなくて……」
「あ、ああ、そう。元気そうでよかった。あれから風邪とか引かなかったか?」
「次の日に熱出しちゃったんですけど、元気にやってます!」
「風邪引いてんじゃねぇか!?」
「でも、もう一ヶ月前のことなので、全然……」

 本当に元気なのかどうなのか怪しい。顔を上げていたのに途中から下を向いて話し出す声は細いし、身長差もあって聞き取りづらい。それにしても次の日に熱を出したって、やっぱ寒い中で長時間待たせてしまったせいだ。やっぱ可哀想なことをしてしまった。一ヶ月前のことだと彼女は言うが、彼女との間には空白の期間があるせいで、俺にとっては数日前の話のことのようにさえ思えてしまう。

「この間は、本当にありがとうございました」
「あんた、それ以外に何か言えることはないのか?」
「すみません……」
「別に謝れって言ってるわけじゃない。もっとこう、あるだろ」
「え、ええっと……。 ……」
「いや無理に言えとは言わないけど」
「すみません、私、人と話すのが苦手で……あ、私、もう行きますね」
「お、おい……」

 この間の過ぎたことをまだ謝られても礼をされても困る。もっと他に言うことあるだろ、話しかけてきたんだから。元気でしたかとかそういうこと。悩んで、言葉が思い浮かばないのか彼女は踵を返してしまった。しかし。

「あのっ」
「っ、なんだよ」
「……な、名前だけでも、教えてもらえませんか……」

 突然振り返ってきて、息を呑むように俺に訊ねてきた。名前を聞きたい……そういえば俺は彼女の名前を知らないし、彼女だって俺の名前を知らない。名前……。

「い、狗丸トウマ……」
「狗丸さん……」
「あんたは?」
「え?」
「名前だよ。あんたの名前」
「あ、ああ……私は、みょうじなまえって言います……」
「みょうじさん……まぁ、この間のことならもういいから」
「そ、そうですよね。あ、なまえでいいです。ずっとこっちの方で呼ばれてたので」
「じゃあなまえ。俺のこともトウマでいい」
「トウマさん……」

 この会話の流れ、どっかでしたことがあるような気がする。思い浮かぶのは雇われ盗賊になったらしい犬っころの顔なんだけど。あいつと出会った当時と違うことといえば、彼女はそれで納得したように大人しく会話を終わらせてくれたことだろうか。

「あの……また会えますか?」
「この間もそう言って、また会えただろ。そのうち会えるぜ、きっと」



 再び再会した彼女の名前はみょうじなまえ。つい名乗ってしまったが彼女は俺のことを本当に知らないように見えた。彼女と会う前に道行く人の話を聞いていたばかりだから、がっかりしたというかなんというか……俺ってŹOOĻのリーダーなのに、影が薄かったりすんのか?
 いやいや、それは俺の考えすぎだ。このご時世、アイドルに興味無く顔だけ知ってて名前を知らないってヤツも大勢いるだろう。顔だって、マスクをしていたらわかんないし。そうだ、絶対そうだ。

「……それ、すんごい目障りなんだけど」
「それって?」
「その指!」
「ああ、これか」
「ていうかそれ、普通人差し指でやるもんじゃないの? なんでそんなに中指動かせるんだよ」

 仕事までの待ち時間、今日はミナもトラもまだ来ていない。ハルはこう見えて俺と同じくらい時間厳守の人間だから普段通り楽屋にはハルと二人きりだ。今日はこれからリハーサルだから衣装に着替える必要もなく、ソファに腰掛けてさっきのことを思い出すのだが、どうやら俺は無意識に指回し体操をしていたらしい。
 静かな空気に耐えられなかったのか、ハルは俺の様子を盗み見し、そして目に入った俺の仕草が目障りだったそうだ。とはいえ、俺にそれを指摘しながらハルは見よう見真似で俺の真似を始める。中学生の頃に流行ったペン回しと同じように指回しも流行って、動かし辛い中指を動かしている奴が凄いって話題になれば俺はそれを真似た。そしてこれをする時の癖になってしまっていた。あと、ギターを弾くのが好きだったから、それを兼ねての指体操。

「そんなことより見て」
「うん?」
「カエル」
「おお、すげえ!」
「だろ。 今日、四葉に教えてもらったんだ」

 見せたいものがあったのかはわかんないけど、俺の横に腰掛けたハルはIDOLiSH7の四葉環に教えてもらったらしい手と指で作ったカエルを披露してくれた。そういえばこいつは午前は学校だったな。学校にちゃんと仲が良い友達がいてなによりだ。ハルに見せられたカエルは言われてみないとわからないが、確かにカエルの顔の形をしている。すげえ、というのが正直な気持ちだ。

「トウマ、できる?」
「できねぇよ。できてもキツネくらいしか……」
「キツネなんて幼稚園児でもできるじゃん」
「はいはい。そうかよ」

 ある一つの技を覚えたハルは鼻高々に笑っていた。子供かっての。高校生なんて子供なんだけど、そうやって無邪気に遊んでいられるのは純粋でなによりだ。


















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