03

「どうだった?」

 翌日、楽屋に入るなり真っ先に言われたのがトラのこの一言だ。つーか来るの早すぎじゃねえか?いつもなら遅刻するか時間ギリギリに楽屋入りするトラがもう来ている。隣には既に着替えを終えたミナが座っていて、どこか興味深そうな視線を向けていた。

「御堂さん、昨日のこと気にしてたみたいなんです」
「巳波。おまえさんもそうだっただろ」

 ああなるほど理解した。こいつら、彼女とのことを知りたくて先に楽屋入りしていたんだ。あんなに批判的な態度とっておきながら一体なんなんだよ。それを聞いているはずのハルは、荷物を降ろしてそそくさと衣装ルームに入って行こうとする。

「……喧嘩でもしたんですか?」
「してない、俺たちの仲は円満だ。だけどちょっと」
「ちょっと?」
「その、昨夜の彼女のことでいろいろ……」
「はぁ、やっぱり……」
「やっぱりな」
「やっぱりってなんだよ、ちげえよ馬鹿」
「誰が馬鹿だって?」
「あと、ハルは寝起きで機嫌が悪ィんだ」

 途中、三人でハルの様子を目で追ってしまえば、ああなるほどという二人の心の声が聞こえてきた。衣装を更衣室の中に持ち込んで、うるさくカーテンが閉まる音を聞きながら「なんだよこの髪!」と更衣室の中の鏡に映る自分の姿を見て一人怒っている声を聞くなり、三人で顔を見合わせる。
 朝、ハルはまだ寒いを理由に一度の目覚ましで起きることはなく、それから何度身体を揺すったところでも起き上がりはしなかった。俺の支度が終わって起こした時にやっと起き上がってくれたわけだけど、時間に余裕はあったが本人曰くあれは寝坊だそうだ。特徴的なキノコヘアはそのままに、寝癖がひどく家に置いてあった帽子をとりあえず被せたが電車の中でもうとうととしていた。座れなかったし。寝起きも合わさって今のハルはご機嫌斜めなんだ。

「まぁいろいろあったけど、遅い時間まで待っててくれてたし、なんもなかった。礼をされたくらいで」
「俺が聞きたいのはそういうことじゃない」
「あ?」
「いい女だったか、そうじゃなかったかってことだけだ」
「そっちかよ!? そういう話は昨日のうちに聞いとけ!」
「どっちだった?」
「可愛いとは思ったけど、そこまでよく顔は見てない。下向いてばっかだったし」
「陰キャか」
「そう言ってやるなよ」
「歳は? 名前は?」
「近くの学校に通ってるっつってたし、高校生か……ああ、大学があったなそういえば。美大だっけ。 だけど、年下だろうな。ハルよりは上だろうけど、ミナよりは下だと思う」
「IDOLiSH7のマネージャーくらいか? ま、女に年齢なんて関係ないさ」
「女が聞いたら喜ぶ言葉だよ、そりゃ。名前は……聞いてないな」

 そういえば名前を聞いていなかった。俺も名乗らなかったけど。歳もわからないがトラに言ったように年下だろう。外見もそうだが、あの落ち着きのなさは子供っぽいものに思えたし。

「ははは、なんだその頭」
「うるさい! こっち見るな!」
「あらあら亥清さん、その頭……」
「うるさい!!」

 この話をぶった切ったのは更衣室にこもっていたハルの登場だ。寝起きの頭は寝癖が付いていたから帽子を被せてやったけど、外した頭は寝癖に合わさりぺしゃんこだった。トラが大笑いしているのも、ミナがくすくす笑ってしまうのも無理はない。

「トラ、俺たちも着替えんぞ」
「一緒にか?」
「そうだよ。なんでおまえ、先に来てたくせに着替えてねぇんだよ」
「着替えている間におまえらが来たらどうする」
「はいはいそうかよ、そんなに俺の話が聞きたかったのかよ」
「まぁな」

 まぁな、じゃない。とかなんとか言いながら、トラは靴を脱いで畳ロールに上がった俺の後ろを付いてきた。トラが時間よりもずっと早く楽屋入りしているのは初めてではないが、やっぱり慣れない。まだたった数回だけど。こうして時間よりも早く衣装を着替えているところも、ましてや一緒に着替えていることすら珍しすぎて感覚が狂ってしまいそうだ。

 『ŹOOĻ様』と書かれ用意された今日のスタジオの楽屋は、たいぶ広いものを用意してくれたのか一つの部屋の中に衣装ルームも揃えられている。畳ロールが敷かれている部分は衣装ルーム。その中に左右に分かれて二箇所の更衣室が備えられている。男しかいないし、裸で動き回るわけでもないんだからわざわざ更衣室に入る必要もない。着ていたジャケットを脱いで、そのまま衣装場で着替えようとすると、同じようにシャツを脱いだトラがハルに向かって口を開いた。「昨日、どうだった?」……ほんと懲りない奴だな。

「また会えますか?って言われてた」
「大丈夫なんですか、それ」
「でもあの女、オレたちに全然気付いてないみたいだった」
「あらあら。亥清さんもお会いしたんですね。 それもあって、ご機嫌斜めだったわけですか」
「トウマ単体ならまだしも、悠がいて気付かれないって凄いな。鈍いというか、なんというか」
「ただ単に俺たちのことを知らなかっただけだろ」
「街を歩いてみろ。どこにだって俺たちがいる。こんな良い男がな。それなのに気付かないってのは、面白い話だな。 ま、女って生き物は怖いからな、あえて気付かない振りをして気を引こうとしているのかもしれない」
「勝手な想像してんじゃねぇよ。約束の時間から随分待たせたのに待っててくれたし、嫌な顔もしてなかったし、金も返してもらった」
「なるほど、おまえは良い子だったってことを言いたいんだな」
「良いも悪いもない。もうこの話は終わったことなんだよ」

 そうなんだよもう終わったことなんだよ。会えますか、なんて言われてそれなりのことを返したけど、そんな簡単にまた会えるような間柄でもなんでもない。それ以上のことを聞かれたって何も答えることもないしできないし。

「名前も連絡先も知らないなら、もう二度と会わないかもしれないな。残念だな。もっと面白いものが見れると思ってたのに」
「おまえらは俺を心配してたのかしてなかったのかどっちなんだよ!」

 この流れ、わかることと言ったらこいつらは俺で遊んでいるってことだけだ。なんなんだこいつら。あんなに批判的な声を浴びせてくれてたのに、心配しているどころか楽しんでやがる。



「トウマさん、トウマさん!」
「おお、陸。久しぶりだな! どうした?」
「はい、お久しぶりです。トウマさん、街中で女の子を引っ掛けたって本当ですか!?」
「……は?」
「すごいなぁ、オレも見習わなきゃ!」
「はぁぁあ!?!?」

 朝は別スタジオで撮影を終わらせたが、午後は場所を代えてテレビ局。昨年末に終わったブラホワの後日談をお届け、みたいな音楽特番にお呼ばれし、IDOLiSH7と会うのはブラホワを終えて年始に収録した番組が最後だった。今年に入ってからも早速話題になっているせいで、個々のグループは特番やバラエティ番組に引っ張りだこ。日程が合わないせいで、毎週生放送の音楽番組ですら週をずらされての出演だったから、会うのは久しぶりだった。
 ブラホワが終わっても年が明けても犬っころのように駆け寄ってくる陸の姿は何があっても憎めない存在だ。憎めないんだけど、会って早々に陸の口から飛び出た言葉に俺は大声を上げてしまった。

「おい待て、なんで陸がその話を知ってんだよ……!?」
「あっ、本当なんですね!」
「いや、違う! 引っ掛けてない、引っ掛けてはない。誰からそんなこと聞いた!?」
「今のオレは情報屋なので、情報源のことは言えません! 人の秘密を守ってこそ、雇われ盗賊の鉄則だそうなので!」
「雇われ盗賊……? なんの話をしてんだおまえ。つーかその秘密を本人に言ってるじゃねーか! 誰だ!? ハルか、ミナか、トラか!?」
「確か、情報の入手のためにはゴールドを貰わないといけなくて……あ、5万ゴールド?」
「自分の秘密のために金を払うのか俺は」

 自分の秘密っつーか、自分の話を暴露しやがった誰かの秘密なんだけど。誰だ、心当たりがあるのは三人しかいない。メンバーのことを疑うことなんてしたくはないが、知ってるのは三人だけなんだよ!つーか5万ゴールドっていくらだよ。どこの国の通貨だ。5万って5万円か?高すぎるだろ。

「女の子を引っ掛けてないけど、女の子に手を出したってことですか?」
「女を引っ掛けてないし、手も出してない。金がない子を助けてやった、ただそれだけの話だ」
「トウマさん、いい人じゃないですか!」
「俺は別にいい人なんかじゃねえ。そんなこといいから、誰からそんなデタラメを聞いたのか言え!」
「オレ、その手には乗らないですよ」
「どんな手だよ!?」
「煙が立つところに火はでません。いくら噂話でも、本人にそろーっと訊ねれば少しずつ真実に近付けるって」
「火の無い所に煙は立たぬだ。ほぼほぼ間違ってるし、真実も何も聞かれたら俺は真面目に答える。つかおまえ、マジで何言ってんだ?」

 アホなのかこいつは。人間なのか疑うほど話が通じない。マジで犬みたいだ。叱られてんのにそれがわからない、ご主人の顔を見て興奮して尻尾を振るような成犬にも満たないワンコロだ。

「環が今ハマってるロールプレイングゲームの味方になった盗賊が格好良いんですよ。主人公の秘密を知ってるけど、その日が来るまで教えられない……教えてほしいならゴールドを頂戴する、って」
「俺をRPGの主人公に見立てるな」
「でもトウマさん主人公っぽくて格好良いですよ」
「俺は主人公と対立する悪役で十分だ」
「ああ、いますよね。敵だけどいい人!」
「……なんか疲れてきたな……。 もういい、わかった。いいか、お前がどこの誰にそんな話を聞いてきたのかわかんねぇし、もう知らなくてもいいが、もし俺が陰でそんなふうに言われてたら俺が言ったことをそのまま伝えろ」
「はい! トウマさんは、女の子を引っ掛けて手を出したわけじゃなくて、ただお金がなくて困っている女の子を助けてあげただけ」
「そうだ、よくできました。で、誰に聞いた?」
「千さんです! ……あっ……」
「は……? ゆ、千さん……? あの、Re:valeの……?」
「どうしよう、言っちゃった……トウマさん、これ秘密ですよ。絶対絶対言っちゃ駄目ですからね!?」
「お、おう……」
「じゃあまた後で、スタジオでよろしくお願いします!」

 ……なんで千さんがあの話を知ってるんだ?
 廊下に置き去りにされた俺は、陸がぽろっと吐き出してくれた情報源の人物を頭に思い浮かべる。千さん……千さんってやっぱあの千さんだよな。なんであの人がそんなこと知ってるんだ。しかも言い触らされてんのか、俺。
 だが、いくら考えたところであの天下のRe:valeの千に俺のことあることないこと言い触らしてますよね、なんて言えるはずもない。とにかく、その話を知っていた陸にはちゃんと話したんだ。大事に至らなければいいんだが。


















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