12

「返事、来てないのか」

 返事とは言わずもがな昨日送ったメールの返信のことだ。肩を落としている俺にそう言ってきたんだ、察してくれてありがとう。それは事実だ。
 昨日の昼にメールを送ったが夜になっても今朝になっても今になっても返信が来ていない。無視されてる。無視なのかはわからないが、とにかく返信がないということに変わりはない。

「会いに行って問い詰めろよ」
「問い詰めるって何をだよ」
「何故連絡を返さないのか。何故嘘を吐いたのか」

 嘘を吐いた理由は別に聞かなくてもいい。連絡を返さないのは知りたいんだが、直接会いに行くのは気が引ける。俺はトラみたいにポジティブ脳じゃないし繊細な生き物なんだよ。いや俺が嫌われてたりするかもしれないのは仕方がないとして、直接問い詰めに行くのは相手のこともあるだろ。意図的に無視られてんなら尚更だってのに。

「ま。この場合、俺なら面倒だから無視だな」
「トラって、すげぇばっさりいくよな」
「追うよりも追われたい派だからな。自ら身を引いていくなら、もうそいつは過去の女さ」

 星の数ほど女がいて、特定の誰かとそこまで親しくはならないんだろう御堂虎於って男は。深入りはしない、去っていくなら好きにしろ、簡単にそう思える奴だ。俺と考えてることが根本的に違う。俺は違うんだよ。自ら身を引いていくなら何も言わないけど。だけどどうしてそうなったのかっていう理由を知りたい。知って、納得したら、相手がしたいようにさせる。それだけの話なんだけど。

「狗丸さんが彼女と今後も関係を築いていたいというなら、そうするのが的確な判断だと思いますけれど」

 俺とトラの話を聞いていたミナが横に割って入ってくる。ハルは最近ハマってるアプリゲームに夢中のようだ。俺にとってはミナの言葉はごもっともって感じだ。俺が機嫌を損ねさせてしまったのかもしれないけど謝ってはおきたい。今後も関係を望んでいけるのであれば尚更だ。



 −−見つけた。

 できるだけ早いうちになまえに会っておきたいと思っていたが、まさか今日その姿を見つけてしまうなんて思わなかった。いつも朝に見かけていたが今日は仕事が終わった帰り道に見つけたから時刻は18時。こんな時間にも学校に行こうとしてんのかな。授業か、という頭はもうない。あいつは大学四年生で、授業がない日もほぼ毎日のように学校に通って作品を作っている。
 今日のなまえは一昨日とは違ってぺったんこの靴を履いて歩いてた。ちゃんと歩けているみたいだし、もう足の痛みはないんかな。どうしよう、話しかけにいくか。

「よ、よお、なまえ」
「あっ……と、トウマさん」

 いくか、と考えたところで行くしかないんだけど。いいタイミングだったと思う。次の休みまで待って、連絡が来ない期間を何日も続けた先で話しかけるよりだったら今のうちに話しておいた方がよかったし。
 とぼとぼ歩いているなまえに声を掛けると、案の定彼女は驚いたように顔を上げて俺の名前を呼んでいた。

「こないだは悪かったな。ちゃんと帰れたか?」
「あ、はい」
「そりゃよかった」
「はい……」

 足を止めてくれたものはいいものの、下を向かれたまま小さな声で返事をされる。「はい」彼女からの言葉はそれだけで、これは話しかけてよかったのかと不安を過ぎらせる。

「……なぁ」
「は、はい……?」
「なんで連絡返さなかった?」
「えっ」

 呼び止めた理由はただそれだけを聞きたかった。おかしく世間話をしながら聞き出すよりも、彼女のことだから直球で聞いた方が良いという判断はあった。だがあまりにも直球過ぎてしまったのか、彼女は肩を揺らして俺を見上げた。

「れ、連絡、ですか」
「ああ。昨日メール送っただろ」
「そ、そうだったんですか」
「そうだったんですかって……」

 返ってきた言葉はそれだ。あの日に別れた後、さっそく拒否られたりしてたのか、俺。

「すみません、私、携帯の充電器無くしちゃって。一昨日の夜から携帯の電源が切れてて」
「あ、なんだ、そうだったのか……」

 だが彼女の言い分はそれだそうだ。ちょっとほっとした。意図的に無視られたわけでもなく、携帯の電池がなくてメールにも気付いてなかっただけ。つーか二日も携帯の電源が切れっぱなしでいいのかよ。充電器くらい買えよな。

「俺も、あんなふうに帰らしちまったから心配してたんだ。なんもなさ気でよかったよ。これから学校に行くのか?」
「はい。パネルをうちに持って行こうと思ってて」
「パネル?」
「絵を、描かないといけなくて……この間の、あ、キャンバスみたいな」
「へぇ。この間の重そうだっただろ。持って帰るの手伝ってやろうか?」
「えっ?」
「あ……いや、嫌ならいいんだけどさ」

 先週、連絡先を聞こうとしていたのと同じようにちょっと積極的で強引すぎただろうか。言い終えて気付いてしまうのだが、なまえは少し迷った後に口を開いた。

「そんなことは……。なんか、トウマさんがまた私に話しかけてきてくれるのに驚いちゃって」
「なんで俺がおまえを避ける真似をすると思ってんだよ」
「この間、迷惑かけてしまったし……変なことも言っちゃったし」
「別に気にしてない」
「そ、そうですか……?」
「ああ」
「私が年上でも、就職先が決まっていても?」
「それは別に気にすることじゃないだろ。まぁあん時は言われて驚いちまったけど」
「そうですか……」
「あの時の俺の態度気にしてたんだよな。悪かったよ」
「そういうのは、はい……」

 やっぱりこの間のこと、少し気にしていたようだ。息を吐いたと同時に肩の力を抜いている姿は安堵しきっているように思えた。「それじゃあ、お願いします」そう言ってお辞儀を一つ、学校の方向へと歩き出した。

 なまえと一緒に歩いている間、最初は彼女はどこか緊張しているように見えてしまった。「トウマさんが私にまた話しかけてきてくれたことが嬉しくて」とさっき言われたことと似たようなことを歩いている最中にも言われた。俺の態度って、こいつにとっては珍しいことだったんだろうか。

「おまえ、ちゃんと学校に友達いるか?」
「えっ…………」
「…………悪い」

 俺のことをやけに珍しそうに思っているようだし、人が隣に居るっていうのに下を向きながら歩いているし、日頃からこんな感じなのかと考えると余計なお世話かもしれないがそういう面が気になった。ぎくっとしたように声をあげた彼女はどうやら図星らしい。まぁ、人と話すのが苦手だって言ってたもんな。

「友達いないやつも珍しくはないだろ。俺にもいるぜ。ああ、最近、友達ができたっつってたけど」
「その子は、どんな子ですか?」
「高校生なんだけどさ。面倒なところもあって手を焼いたりもしてるけど、格好良いし、健気でいい奴。可愛いところもある」
「そう、なんですか……。でも、その子は、トウマさんというお友達がいます」
「友達……まぁ、友達だな」

 俺の話に上げたのはハルのことだ。ハルはあんな性格をしているから、ハルに友達がいない話は、俺たちの間では定期的に話題になったりする弄りネタの一つだ。そんな調子で彼女に言ってしまったんだろうけど、彼女にはとてもじゃないけど弄るような真似ができるはずもない。絶対泣くと思う。ハルと違ってなまえは女の子だし、なんか心が弱そう。冗談でもそんなこと言ってられない。
 そんななまえは眉を八の字に曲げながら言っていた。ハルは友達と言うよりはメンバーなんだけど。友達じゃなくてメンバーだから、と言いたくなったが彼女は何も知らない。特定のことを隠している状態だとなんて伝えたらいいのかもわかんねぇ。

「あんただってそうだろ」
「え?」
「俺があんたの友達みたいなもんだろ。違うか?」
「ちがくは、ない、ですけど」

 それを誤魔化すように彼女に向けた。俺たちの関係ってどんな関係なんだろ。もうただの顔見知りでなければただの知り合いでもない。あっさりした表現をするならばこれは友達みたいなもんだ。
 なまえは驚いたように顔を上げた。だがそれもすぐに下を向ける。そして言いづらそうに口を開いた。

「トウマさん、あの。 もしも、お友達が、秘密を持っていたらどうしますか」
「どうするって? そいつがどんな秘密を抱えてたって、友達は友達だろ」
「……」
「違うのか?」
「私は、そうだとは思えなくて」
「なんで?」
「もし仲良くしている人が、たとえば、周りに人がいなくなるような秘密だったら……」
「それってどんな秘密だよ」
「……いろいろ……」
「周りに人がいなくなるレベルの秘密っつーのがわかんないけど……でも簡単には離れねえよ。それが悪いことしてるって秘密なら、やめさせるけどさ。なんか理由があったかもしれないし……それでも俺を頼ってくれたりしたら、それは嬉しい」

 秘密……秘密ってなんだ。ŹOOĻに入っていろんな秘密を抱えた人間を何人と見てきた。ハルも、ミナも。陸やIDOLiSH7の奴らやTRIGGERの奴らだってそうだった。七瀬陸と九条天が双子だってことや、陸の治療費のために九条天は九条の元に引き取られたって話。二階堂大和が千葉志津雄の息子だって話とか、表には決して出せないような秘密を聞いてきたし知ってきた。その弱みに付け込んでいい加減な態度をとっていた自分のことも思い返してしまうが、だからと言って、離れたいと思ったことは一度もない。

「トウマさんって優しい人なんですね」
「別に優しくはない」
「優しいですよ。お金貸してくれたし、遊びに連れて行ってくれたし、今もこうして私の手伝いしてくれて」
「それ、前も同じこと言ってただろ。だからって、優しい人間なんかじゃ……」
「……私のお兄ちゃんもそういう人でした」
「え?」

 あんまり優しい奴だって言われると後ろめたさが湧き上がって反応に困る。否定し続けると彼女は唐突にそのようなことを言い出した。お兄ちゃん、兄、兄貴。の、話。いないって嘘を吐いてた兄貴の話。

「兄がいたんです、私」
「ああ……いるのは本当なのか」
「いえ」
「どっちだよ!」

 兄貴がいるのは本当だったのか。あの時突然嘘だと言われたせいで兄の存在自体が嘘なんだと思っていたが、実際は兄貴と二人暮らしだと言っていたが実は兄は一緒に住んでおらず一人暮らしでした、というそれだけの嘘だったのかもしれない。と彼女に告げてた僅か2秒ほどの間に考えたのだがなまえはそれすら否定した。

「兄は、二年前に死んでしまって」
「−−え? え!?」

 一瞬、理解が追いつかなかった。けど、俯いてるなまえの旋毛を見つめて、それを少しずつ理解していった。なるほど、だから兄はいませんなんて言ってたのか……。急に、小さな姿をしているなまえに可哀想な子だと同情じみた感情が芽生えてしまった。ああこいつ、兄を亡くしてんのか−−って。彼女がもっと明るい性格をしていたならば、励ましの言葉の一つや二つ簡単に見つけ出せたのかもしれないが、細い声を上げ続ける彼女に対しては、励ましどころか動揺を隠すことで精一杯だった。

「だから、嘘吐いてすみませんでした」
「別にそれは嘘じゃないだろ」

 彼女の言う嘘とは、兄がいるのにいないと言ったことだろう。元は二人暮らしだったのかもしれないが、それは嘘とは違うだろ。最初から全部無かったかのように話すなって。

「いや、いるっつってたのにいきなりいないって言われて驚いたけど……。そっか、あんた兄貴を亡くしてんのか。寂しいだろ」
「まぁ、はい……」
「なら、残された家族を大切にしろよ。両親とか」

 励ますの言葉って、こういうことに直面するといざって時にすんなり出てきてはくれないもんだな。月並みな言葉しか出てこねえ。兄貴が死んで悲しんでるのはきっとなまえの両親も同じだろう。それなら両親を大切にしろよ、そう言うと、なまえは静かに頷いた。


















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