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「うわぁ、怪我させた女の子を送りもしないでそのまま帰したの? え、連絡もしなかったの? うわ、最低……」
「千さん。狗丸さんもその件に関しては傷心されているので、もう少しオブラートに包んであげてください」
「僕が彼女の立場なら、君の名前を貼り付けた藁人形に一晩中釘を打ち続けてる」
「……容赦ないな……」
「まぁまぁユキ。トウマも落ち込んでるみたいだし……あ、でも、ユキが藁人形に釘打ってるところは見てみたいな! 白衣着てさ、蝋燭灯した鉄輪付けてんの。真夜中に蝋燭の火に灯されたユキ、超格好良いと思うよ! そんでさ、『見たなぁ……?』つって振り向いたユキの憎悪に満ち溢れた目、想像しただけで興奮しちゃう! 釘打たれる前にオレが死んじゃう!」
「怖い怖い怖い怖い。藁人形とか蝋燭とか言うなよ!」

 突如楽屋に押し寄せてきたおしどり夫婦もといRe:valeの千さんと百さん。「どうせ君たち、自分たちから挨拶に来ないでしょ?だから来ちゃった」とノックを一度だけ、返事を聞くこともなく楽屋の中に入ってきた。
 その時、ちょうどŹOOĻの楽屋の中は賑わしいものでも穏やかなものでもなく、不穏な空気が充満していた。「ど、どうしたの?」慌てるように前に出てきてくれたのは百さんだったが、なんでもないです、と誰かが追い返す前に後ろに立っていた千さんが口を開いた。「女の子でも泣かせたの?」。その言葉に、楽屋の空気は「あーあ……」と言ったものに包まれた。

「え、本当なの?」
「い、いや……」
「……狗丸さん。きちんと釈明した方がいいと思いますよ」
「俺がしてやろう。女を泣かせてはいないが、女にひどいことをした」
「ひどいことしちゃったんだ……? どんな……?」
「怪我させたんだって。家まで送らないで帰らせて、その後、連絡もしてないんだって」
「え?」

 ……そして、冒頭の言葉である。
 この話の発端となったのは「昨日、大丈夫でしたか?」と楽屋に入るなり声を掛けてきたミナの言葉だった。絆創膏を渡してきたんだ、彼女が足を痛めていたことはミナも気付いていたんだろう。それを心配して声を掛けてきた。それにミナの中には「話しかけたら逃げ出されたのは想定外だった」というのもあるみたいだから、そういうのも混じって気にかけてくれてたんだろう。

 そこで、俺は言ったんだ。あれから追い掛けて捕まえられたこと。だけどすぐにŹOOĻがいるという声を耳にして走って逃げたこと。「……走った?」鋭い視線が刺さって痛かったが、その時の俺は気付いてなかったんだ。その後、逃げた先で彼女が怪我をしていたことに気付いた。だから彼女を家まで送ろうとした。でも、途中で逃げられてしまった。「追いかけなかったんですか?」と言われて追いかけたものの見失ってしまったことを話した。「それで、その後は無事に帰宅されていましたか?」……その言葉に「たぶん帰ったと思う」と返せば三人の口からは見事同時に「うわ……」という声が漏れた。そしてRe:valeの登場、現在に至る。

 連絡をすることはしなきゃいけないことだった。それは俺だってわかっている。向こうからの連絡を待っていたが連絡がなかった。なら俺が聞くべきだ。それをわかっていながら、それでもできなかったのは、嘘を吐かれた衝撃が大きくて、あいつが嘘を吐いた理由がわからなかったせいだ。あいつ、なんであんな嘘吐いてたんだ。逃げられたし……。

「なんで連絡しなかったの?」
「なんか、嘘吐かれて」
「ふぅん。嘘吐かれたことに腹を立てて連絡しなかったの?」
「腹は立ててない。けどなんか、連絡取りづらくて……」
「嘘ってどんな?」
「あー……兄貴がいるって聞いてたんすけど、送ってる最中にいきなり、実はいないっていわれて」
「え、ホラー?」
「そりゃビビるな」

 連絡を取れなかった理由も、嘘を吐かれていたことも今になってようやく切り出せた。吐かれた嘘の話をすると千さんは困惑したように呟き、同意するようにトラが口を開いた。まぁ確かにビビったのもある。彼女が俺が勝手に想像していたよりも結構すごい奴だったってことも、年上だったってことも。なんかいろんなものが一斉に襲いかかってきて、言ってしまえば彼女との接し方がわからなくなっているのだ。これは言い訳にしか過ぎないんだけどさ、誰か、わかってくれる奴はいないか……?

「狗丸さん、それって」
「なんだ?」
「……いえ。なんでもありません」
「なんだよ。言えよ。気になるだろ」
「今、狗丸さんの心を傷付けないように必死に言葉を考えているところなんです。狗丸さんを元気付けさせる言葉も含めて」
「不穏な前振りだな」
「へぇ。巳波くんの容赦ない一言、僕聞いてみたいな」
「大丈夫、オレがちゃんとフォローしてあげるよ!」
「−−見限られたんじゃないの?」
「は!?」
「Re:valeも容赦なかったが、悠、おまえも容赦ないな」
「亥清さん、私が思っていたことをそのまま先に言わないで。もう少しやわらかい言葉に包んであげてください」
「でも巳波だって同じこと考えてたんじゃん」

 容赦ない言葉をオブラートに包まずぶつけてきたのはハルだ。どこでそんな言葉覚えてきたんだ。っつーかミナも同じこと思ってたのか? 見限られた? 俺が、なんで。心当たりは無いなんてはずもないから俺は言葉を吐き出せない。

「歩いているのが辛いのに気付かれなくて、それなのに走らされて。おまけに後も追えず連絡もしない……」
「確かに俺が女だったら拒絶案件だな」
「やめろ……やめろって……」
「ŹOOĻって容赦ないんだ……怖いな……」
「あんたが言うな」
「ま、まぁまぁ! トウマはいい子だからさ、気を遣っちゃったんだよ。あんまり関わない方がいいのかなって思っちゃったんだよね。でもトウマ、今からでも遅くないって。今のうちに連絡しちゃお!? 昨日はごめん、無事に帰れたかって!」
「はい……そっすね」

 こんなに責め立てられてなお腰が重くて上がらない中で俺に優しくしてくれたのは百さんだった。五人もいて、優しくしてくれんのが一人だけって……。優しく促してくれた百さんの言葉に頷いてそっとスマホを取り出す。メールを開いて、なまえのメールアドレスを探して、文字を打つ。件名は何がいいかな。昨日はありがとう……これはちょっとウザいか?

「ねぇ、その相手の子ってどんな子?」
「え、あ、大学生で」
「へぇ。トウマくんが以前、街中で引っ掛けてモノにした子?」
「は!? その子で合ってますけど引っ掛けてないしモノにもしてないんで!」
「じゃあ狙ってるんだ」
「狙ってもない! ていうか、誰からその話聞いた!? なんでRe:valeの千がその話を知ってるんだ!? しかも話が誇張されてるし……誰だ!」

 誰だ、誰がこの人にそんな話をしたんだ。以前陸に言われてから情報源の相手は目の前にいる千さんだって聞いてたけど、発端はこの三人のうちの誰かだ。しかも、陸には訂正しておいたはずなのに訂正してくれたのか!?モノにしたとか余計なことが付け加えられてるし。

「は? なに、疑ってんの?」
「この話知ってるのはおまえら三人だけだっただろ!? 誰だ、今なら怒んねえから自白しろ!」
「なになに、仲間割れ?」
「千さんが噂の発端となった人物をお教えにならないと、この後の番組、めちゃくちゃになりそうですね」
「今日は生放送じゃないよ」

 この人、こう見えて去年初めて共演した生放送番組のこと根に持ってんのか。生放送じゃないからいいなんてこと、トップアイドルが言うもんじゃないだろ。

「教えてあげなよ。君たちだって、陰で間違った噂立てられてこそこそ話されたりでもしたら嫌でしょ?」
「なんで俺たちに聞くんだ。そいつに言えよ」
「ユキの口からバラされるよりだったら、自分から挙手してごめんなさいした方がいいと思うけど……」
「俺じゃない」
「オレでもない」
「私も違いますね」
「んなわけないだろ!?」

 困り顔の百さんの発言はごもっともだがなんで三人揃ってシラを切ってんだ。そんなはずあるわけないだろ。ここで白状したらそれだけで済む話だ。それとも、千さんが直接俺たちのことを目撃していたのか?それなら、三人のせいじゃないけど。

「ユキ、誰から聞いたの?」
「内緒」
「内緒じゃないでしょ!?」
「僕が大人しくその子の名前を挙げたとして、君たちはどうするの? 喧嘩?」
「……そうだな。喧嘩するな」
「へぇ。面白そう。いいよ」
「いいんだ……」
「うわ、性格悪……」

 と思っていたが、千さんは誰かにその話を聞いたらしい。喧嘩でもするのかと言い出したのは千さんだったが、そうすると言ったのはトラだった。トラは、違うか。犯人探しのようにこうやって人の話を聞きながら白に埋めていくのは探偵になったような気分だ。

「楽くんだよ」
「は?」
「楽? 楽って、あのTRIGGERの……?」
「八乙女楽?」
「うん」

 ハルか、ミナか、どっちだ。もしかしたらトラの線もあるかもしれないが……と思っていたが千さんの口から出てきた名前は三人の誰でもなかった。想像もしていなかった。楽くん。楽。八乙女楽。TRIGGERの、八乙女楽。……は、なんで!?

「な、な、なんでTRIGGERがこんな話知ってんだよ!?」
「それは知らない」
「どんな流れで楽にそんなこと言われたの?」
「覚えてない」
「覚えとけよ!」

 この流れには流石に百さんも困惑を隠しきれていないようだ。百さんどころか、トラだって「なんであいつが?」とぽろっと呟いた。この噂の話は陸が暴露した情報源である千さんに言って終わりな話だと思っていたがまるで違う。伝言ゲームかのように噂が縦流しに流れている。

「ほら、早く楽くんのところに行って、喧嘩してきてよ」
「……いや、結構です」
「は? なんで、話が違くない? 嘘吐いたの?」
「いや、喧嘩するとか言いだしたの俺じゃないんで」

 俺が喧嘩するなんてことは一言も言ってないんですけど。なんでこの人は俺を見て俺を煽るように口を開いて俺に怒ってんだ。顔を背けたトラを見ろ。
 つーかなんで八乙女楽がこんな話知ってんだよ。やめろよ。これからもしどっかであいつらと遭遇した時、どんな顔で話したらいいんだよ。変なこと言いふらしてんじゃねえ!ってもう喧嘩を売って怒鳴れるほどの間柄じゃないんだよこっちは。

「あの、千さん」
「なに?」
「もしまたそういう話があったら撤回してくださいよ。俺は誰も引っ掛けてもないし手を出してもないしモノにもしてない」
「振られたってことにしとけばいい?」
「振られてもないんで!!」

 大丈夫か!? 不安になってきた。今度誰かに会った時、膨張して膨れ上がったこの手の話が自分の身に襲いかかってくるかもしれないと思うと急に不安が押し寄せてくる。それでも隣にはこの中じゃずっと常識的で良識的な百さんが座ってくれているから大丈夫だと信じたい。

「トウマの話はわかったよ。オレもなんとかしとくけど、連絡だけは忘れちゃ駄目だよ! じゃあ、また後で!」

 無意識に視線で訴えてしまっていたんだろうか。俺が欲しかった言葉を百さんが言ってくれた。これで一件落着だ。たぶん。連絡は忘れないうちとその気でいるうちにしておこう。

 楽屋を後にしたRe:valeの背中を見送った後、俺は書きかけのメールに文字を打ち込んだ。【昨日は悪かった。無事に家に帰れたか?足は楽になったか?】正直なんて送ったらいいのかわかんなかったけど、これだけ送ったら十分だろう。返事が来たら、またどこか遊びに誘おう。

「ねぇ。これで返事が来なかったらどうすんの?」
「しーっ!」

 それを送った途端、ハルが言った。慌てるようにトラとミナが口を塞いでいる。やめろ、やめろって。送っちまったんだよ俺は。そんな不安を煽るようなことを言うな。返事が来ないかもしれないって、返事が待ち遠しくなっちまうだろ。
 しかし、なまえからの返信は仕事が終わっても届くことはなかった。


















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