(やばい、めっちゃ可愛い……)

 はじめてなまえを見たときにビビビッと来たこれは、俗に言う一目惚れだった。初めてクラスの人たちと顔を合わせた日からまず顔面がストライクで気にはなっていたけど、彼女がサッカー部のマネージャーとして部活に顔を出した時の衝撃と言ったら、そりゃ雷に打たれたようなもんだった。

「今年のマネージャー志望、一人だけ? しかも女子!? あれ、絶対うちの誰かと付き合うぞ。うちには代々、そういうジンクスがある!」

 って、どんなジンクスだよ……と腕組しながら新マネージャーを物色する先輩を四隅に思ったけど、聞けば過去に入ってきた女子マネージャーは部員と付き合っていたっていう話を聞いたし、今いる三年生の女子マネージャーもキャプテンと付き合ってるそうだ。

 オレは昔からサッカーばかりで恋愛とはほとんど無縁だった。中学の頃に告白されたことは何度かあったけど、自分の性格上サッカーが最優先で、絶対、彼女になった子のことは後回しになるだろうし、大切にしきれる自信がなかった。
 都内一の強豪校と言われている名門校から声がかかるように今まで練習を重ねてきたんだ。高校でも絶対にサッカーに明け暮れて、恋愛とは無縁な学校生活を送ることになると思っていたオレにとって、目の前に現れた顔面ストライクのクラスメイトと、気になっていたその子がサッカー部のマネージャー入部志望として顔を出してきた時は、本当に衝撃を受けた。
 たぶんなまえがサッカー部のマネージャーじゃなく、ただのクラスメイトってだけだったなら、こうはならなかっただろう。ちょっと気になる子ができても、恋愛にまで持っていくことは頭になかったオレは、それを変える意思はなかったけど、気になってる子がマネージャーになっちゃうって、それは話が違うだろ。それにこういう部活じゃ、部員とマネージャーが付き合うことは珍しくもなんともない。先輩が言うように代々そんな感じの関係が繰り広げられている。そういう一言一言がオレの感情に拍車を掛けた。

「百くん、はいこれ」
「ありがと!」
「……味どう? はじめて作ったんだけど……」
「これくらいが好きだけど、もうちょっと薄めてくれていいよ」
「わ、わかった!」

 なまえが入部して数日後には、さっそく彼女はマネージャーらしい業務をこなし始めていた。毎年部員と一緒にマネージャーが入ってくるから、必然的にその代のマネージャーは同じ代のマネージャーのサポートを中心に行うようになる。個々の選手に合ったスポーツドリンクを調整するなまえの姿は先輩マネージャーと同じように、選手をサポートする姿そのものだ。不器用ながらも一人一人の部員にドリンクを渡しては、味の濃さの調整を必死にメモしている姿はなんだか尽くされている気分になった。いやいや、そりゃ、マネージャーなんだから当たり前だろ。オレだけのために特別やってくれてるわけじゃないのに、ちょっとずつ彼女の姿に惹かれてしまっていた。

「どうどう? 春原、一年のマネージャーは?」
「可愛いと思います……」
「は?」

 なまえに入れてもらったスポーツドリンクを啜りながら、部活内のこととは全く別の言葉を発してしまったのは、湧き上がってくる好意的な感情と、いやいや考えすぎだろっていう感情の葛藤を抱いていたのがまずかったし、それを訊いてきた先輩がまずかった。
 同室で暮らす一つ年上の先輩。面倒見がよくて信頼がある。今年あった全国大会の試合では、当時一年生でいながらスタメンに選ばれていたほどの実力もある。オレと同じポジションの先輩だから憧れの存在でもあるんだけど、プライベートの姿はただ一言、チャラい。定番となった寝る前のボーイズトーク。恋愛経験がないことを小馬鹿にされて、最近は他校の可愛い女子を勧めてくる。そういう先輩に取り巻く空気に流されるように発したなまえに対する言葉は、マネージャーとしての言葉ではなく、彼女本人に向けて履き違えた言葉だった。

「あっ、いやっ!」
「ははーぁ、へぇーー」
「ち、違います! 今のは!」
「せんぱーい! ちょっと来てください、こいつ、百のやつ、新しいマネージャーのこと気になってるみたいなんスよー」
「違うんですって!」

 咄嗟に失言を撤回しようとしたけれど、先輩に向けた言葉に取り返しはつかなかった。まるっきり面白がられる顔を見せられて、さっそく三年の先輩を呼びつけられた。「は!? 詳しく聞かせろ!!」休憩時間だというのにリフティングをして遊んでいた先輩は、サッカーボールをチームメイトにパスしてこっちに向かってくる。休憩時間なんだから、オレのことなんて放っておいてくれればいいのに。近付いてきた先輩を恐る恐る見上げる。「彼女が欲しい!」それはこの先輩の口癖だ。面白がるように先輩の後ろからぞろぞろとチームメイトが集まってきて、冷やかされた。


「−−誰か一年のマネージャーのこと家まで送ってってやれよ」

 と言い出したのは、同室のあの先輩だった。
 一ヶ月も過ぎれば新人のマネージャーも夜練に付き合うことになる。20時に終わる頃には、グラウンド場の光のおかけでまだ明るさを感じるけれど、実際の外は暗闇に包まれていた。わずかな通いの部員たちはみんな駅を利用して数駅先から通っているみたいだけど、どうやらなまえは駅を利用せず徒歩で通っているらしい。先輩が声を挙げたのは、純粋にこんな時間まで付き合ってくれて、それなのに暗い夜道を一人で帰らせるだんて可哀想だと思って言ったことなんだろう。

 誰かが送って行ってくれることを望んでいたわけでもない。あわよくばオレが何かしらのチャンスを……と伺ってしまったのも事実である。奇跡的にも、と言ったらなんだけど、彼女は本当に一人だけ、学校の裏手の住家街に住んでいるようで、声を上げる人は誰もいなかった。オレもそのうちの一人だった、けど。「はやく、誰か……」という空気をかもし出している先輩はオレを見た。一瞬なんてものじゃない、じっとオレを見据えて「だれかー」とオレに訴えかけている。これはなんだ。オレに何を求めてんの!? 通いの人たちが声を上げられないのはまだしも、なんで先輩がそんな目でオレを見てるんだよ!

「オレが送ってきます!」

 模範解答はこれしかない。どうせ誰も送る気がないんだろ。それは面倒臭いからっていう理由じゃなく、オレが声を上げるのを待っているんだってことは、グサグサと突き刺さってくる視線と、あれから冷やかされる毎日を送られていたら嫌でもわかった。やることがすごく子どもっぽい。高校2、3年生にして中学生みたいなことをする。「お!」と小さく声を上げた先輩は、ニヤけ顔を隠そうともしていなかった。

「え、や、百くん帰宅組じゃないでしょ。一人で帰れるから大丈夫……」
「ひゅうー、やるじゃん百瀬ー」
「うるさいなー、一人で帰らせんの可哀想じゃん! 行こ行こ」
「え、うん……」

 おまけにその声は先輩ばかりに留まらず、今や同級生にも言われてしまう始末だ。めちゃくちゃ恥ずかしかったけれど、なまえとふたりきりの時間を過ごせることには、正直、嬉しさしかなかった。



 好きな子ができた。サッカー部のマネージャー。クラスメイト。話しかける理由はいくつでもあった。サッカー部としても、クラスメイトとしてもだ。なるべく好意を隠し切ろうとはしていた。だって、気まずくなったりしても嫌じゃんか。
 でも、視線は不思議と無意識になまえの方に向いてしまうのだ。可愛いなぁと思いつつも、授業中なんかは何してるんだろうって気持ちで、ついつい一列はさんだ後ろにいる彼女にさりげなく視線を向けてしまう。長時間見続けているわけでもないのに、目が合う。さっと逸らすのは、ヤバイって思ってしまった反射神経によるものだ。だけどそんなことを繰り返して、向こうもオレが見てることに気付いているはずなのに何も言いだしてこないことは、二人だけの共通点を見つけたみたいで勝手に嬉しくなった。

「うん、まぁ、百くんのことは好きだけど」

 教室に入ると真っ先に目を向けてしまうくらいなまえを意識していて、この時だって、彼女の後ろ姿と、仲良く話し込んでいるクラスメイトの様子を伺って話しかけようとしていた。だけどオレが話しかける前に耳に入ってきたのはそんな言葉だった。

「−−え」

 言葉が出てこなかった。いや、出ちゃったけど。知らない振りをしてスルーするスキルもない。思わず声にしてしまった一言に、驚いたように顔を上げたなまえに、込み上げる何かで何も言えなくなってしまった。

「聞いた? なまえ、百くんのこと好きなんだって!」

 聞いたよ。聞いた。でもオレは何かを口にすることもできずに、なまえもオレのこと好きなんだ−−って、嬉しい気持ちに押し潰されてしまう形で、何も言えなかった。ちょうどよく予鈴が鳴って、難を逃れてしまった。やばい、どうしよう。どうする?

 授業中の声は何も耳に入ってこない。マジか。マジでか。オレ、たぶんなまえのことをマネージャー以上に好きと見ているんだけど、なまえもそうなの? 好きって思ってもらえてるんだ……と自意識過剰になる。でも、何かの間違いかもしれないじゃん、聞き間違えとかさ。授業の内容とはまったく違う、そわそわと落ち着かない思考を回しながら、チラりと彼女の方にさり気なくも視線を向けてしまうと、なまえと目が合って、このまま机に項垂れてしまいそうになるほど、好意と期待をはらんでいた。

「あのさ! オレも、なまえちゃんのことが好きなんだけど……!」

 けどまぁいくら考えても結局わかることといえばただ一つ。好きなんだよな、オレ。あの出来事があり、部活に行って気を紛らわせようと思ったけれどそうもいかず、いつしか芽生えた言葉をやっとなまえに向けて告げることができると分かった時は、周りの目も気にせずに先に彼女に向けてしまっていた。後ろにチームメイトがいるのを他所にもせずに吐き出してしまった言葉は、真っ先に浮かび上がっていた感情そのものだ。

「だから、その、付き合って……ほしいなって……」
「う、うん……」
「え、ほんとに!?」
「はい……」

 ま、マジか。何かの間違いなんじゃないのかと思って聞き返したけど、なまえは首を縦に振って受けれ入れてくれていた。



「で? 結局、今日も何もなかったわけ?」

 なまえを家まで送り届けて、誰もいなくなったグラウンドを軽く走って、風呂に入って部屋に戻る。そして、これだ。オレが片想いをはじめたと勝手に思い込まれてから(でもこれは事実だったから否定もできない)、はじめてなまえを家まで送り届けるようになると、正座体制で同室の先輩に報告をすることになった。毎日の恒例行事。

「……、しました……」
「しました!? 告白!?」
「うう……はい」

 「サッカーやってるよりも楽しい時間だわー」数日前にデスクチェアに胡座をかいて笑っていた先輩。こんなオレが先輩の一日をサッカーよりも楽しませることができるなんて、これほど光栄なことはないですよ−−開き直った日にそれを口に出したら、頭を小突かれた。その勢いは、今日ばかりは出すことができなかった。

 学校生活も、部活動も、寮生活も、どこでも上下関係というが存在している。苛められたりイビられたりしてるわけじゃないけど、こりゃ尋問だ、拷問だよ。ひどい……なんてことを心の中で叫んでいる。だけど良くも悪くも上下関係、正座させられて問い詰められれば馬鹿正直に答えることしかできない。今日ばかりは勘弁してよという気持ちがあったけれど、数時間前の記憶を辿って思い出すのはなまえとのこと。

「んでんで? 返事は!?」
「はいって、言われて……」
「はぁあ!? おまっ」
「お前、カノジョ出来たの!?」
「……はい」

 やたらノリノリの一つ上のチャラ男先輩。その隣で、許さねぇ……と心の声が丸聞こえな拳を震わせている三年生の先輩の声が痛いくらい耳に届いた。通称筋肉先輩。彼女が欲しくてもできない人は部内には何人もいる。この人だってそうなのに、チャラ男先輩はわしゃわしゃとオレの頭を撫でてきた。

「やったな! これでお前も童貞卒業だ!」
「しませんよ!?」
「しねぇの!?」
「しないならなんで付き合いだしたんだよお前!」

 コノヤロウ!と突如スリーパーホールドを決められて喉の奥から苦しい声が出た。ゴールキーパーやって身体を鍛えてる人だから、力加減も容赦ない。今は童貞とかそんなこと関係ないのに、極端すぎる二人の先輩の思考にギブアップするように締められた腕を力なく叩いた。死ぬ、死ぬ、マジで死ぬ。つーかこれ、プロレスだと反則技だから!?

「げほっ……おえ、まじで死ぬかと思った……」
「お前に彼女ができたって話を聞いた時点でこの先輩の心は死んだんだよ」
「夏を前にさぁ、マネージャーと付き合い始めるってさぁ、お前さぁ、空気読めよ!」
「でも冷やかしてきてたの先輩たちじゃないですか!?」
「振られたところ見て面白がりたかった!」
「僻んじゃうけど振られてほしかった!」

 −−この人たち、あんだけ冷やかしておきながらオレが振られるのを楽しみにしてたわけ!? 

「でも、先輩たちのその素直なところ、オレ大好きです……!」
「お前のそういうちょっとアホっぽいところ俺も好きだぜ!」
「で? 手繋いだ? ハグは? まさか、キスしちゃったり……?」

 話を綺麗に収めようとしてお開きモードに突入しようとしていたのに、先輩(しかも筋肉先輩の方)はオレに訊ねた。言葉に詰まる。手も繋いだし、抱き締めてはいないけど、キ、キスしちゃったし……。絶対、決め技かけられる。さっきの痛み、まだじんわり残っているんだけど。
 でも、そういうことこそ恥ずかしくて口にできなくて、口をもごもご動かしながら俯いてしまえば、魂が抜かれたような筋肉先輩の声が耳に届いた。

「お前、嘘だろ……?」

15歳、春















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