名前が事故に遭ったのは半年前だった、だけどそれを名前は覚えていない。

 事故の衝撃とショックから事故の記憶を落とすことは珍しくないことだと名前の担当医師も看護婦さんも言っていて、それはそれで、良いことだったのかもしれない。横断歩道を歩いていたり、車を見るだけであの時の記憶がフラッシュバックしてパニック障害を起こしてしまうっていう心配もなく、名前は数日間生死を彷徨い続けていたけど、無事に一命を取り留めて、退院してからも普通に過ごしていた。

「百くんっ、百くん、助けて!」

 だけど退院した2週間後のある日の夜、彼女は悲痛な叫び声と共にオレに助けを求めてきた。知らない男が家の中にいる、殺されるかもしれない、助けて−−日付が変わりそうな時間にパニックに陥った名前の声は、オレを驚かそうとかいうそんな気配は微塵もなく、電話越しにでも恐怖で身体を震わせて怯えているのがはっきりと伺えた。部屋の電気もテレビも付けっぱなしに家を飛び出して、慌てて名前の家に向かった。きっちりしているけどどこか気の抜けない彼女は家の鍵を閉めることを忘れて、その隙におかしな男に入られたのかもしれないと、名前の身の危険と同時にめちゃくちゃ焦っていた。「今、トイレに篭ってるんだけど」鍵を開けられてしまうかもしれないっていう声の向こう側で、ガチャガチャとドアを開けようとする音が耳に届き、どうかオレが辿り着くまで無事であってくれと思いながら名前の家に向かった。

「名前、大丈夫!? ……って、了さんじゃん!?」

 名前の家の鍵は施錠されておらず簡単に開いた。おかしな男が凶器を持っているかもしれないということは考えていなかったわけではないけれど、なんとかなるとは思っていた。ドアを開けた先に広がる1Kのキッチンスペースの傍らには脱衣所とトイレがあるけれど、了さんはその狭いスペースの中に立ち尽くしていた。

「帰ってたんだ。何してんの、あ、もしかして了さんも名前に呼ばれて……」
「モモ、これはあんまりだ! ドラマの予行練習なら、前もって言ってもらわないと困る!」
「……は? 何言ってんの? 向こうで、なんかおかしなもん食った? 名前は?」
「トイレに逃げていってしまって、出てこないんだ」
「ちょっと様子見るから、あっち行ってて」

 状況がうまく呑み込めないでいた。名前が知らない人がいると悲痛な声でオレを呼んだ部屋には、彼女の恋人である了さんしかいなくて、オレと同時に了さんにも助けを求めたのかと一瞬考えたけど、了さんの様子だってどこかおかしかった。
 ドアをノックして、きっとドアの向こうでパニックになっているであろう名前に優しく声を掛けた。もう大丈夫だよ、オレが来たから。その言葉を投げかけると、ドアの鍵が開く音と、携帯を握り締めたまま怯えた様子で背中を丸めている名前が出てきた。

「名前、どうしたの、大丈夫?」
「も、百くん、し、知らない人が、家にいて!」
「知らない人って、了さんじゃん」
「誰それ!? 私、そんな人知らない!」
「……え?」

 実際パニックに陥って、肩を上下に酷く揺らしながら呼吸を繰り返している名前は半泣きの状態で叫んでいた。

「……流石に了さんのこと嫌いになったからって、そういう冗談、オレは好きじゃないよ」
「え、ええ……冗談って、なに、なに言ってるの」
「……名前、本気で言ってんの?」
「本気もなにも……ちょっと待って、警察呼ばなきゃ!」
「警察!? いや、いやいやいや……、あっ、わかった! あいつだな!? まだ部屋にいるみたいだから、オレが追い払ってくる! 危ないから名前はここで待ってて!」
「お、お願い!」

 一瞬、笑えない冗談が名前から飛び出してきたんだと思っていた。了さんのことがわからない? この数ヶ月、何があったのかわかんないけど、了さんと名前の仲は険悪だった。だからてっきりそこから訪れた名前の悪戯心とかそういう類の言葉だと思っていたんだけど、容赦無く警察を呼ぼうとする名前に慌ててもう一度トイレの中に押し込めてしまった。とにかく様子がおかしかった。
 「了さん、こっち来て」と一先ず洋室で待機させていた了さんの腕を無理矢理掴んで外に連れ出した。やたら苛立った様子の了さんは「名前は、なんて?」と苛立ちを隠しきれない口調でオレにぶつけてくる。

「了さん、これ、ドラマの練習でもなんでもないんだけど……名前、了さんのこと覚えてないっぽい」
「すごいなぁ、僕は役者じゃないから、台本がないんだ。 返答に困るよ、モモ」
「信じたくない気持ちはわかるけど、ガチなんだって、きっと」
「……」
「病院連れてこう! 明日、苗字パパに言って病院に連れてってもらうよ!」
「……僕は、どうしてたらいい?」
「自宅待機! 大丈夫だって、お医者さんならきっと治してくれるよ!」

 名前がなんでこんなふうになってしまったのかはわからなかったけど、一つだけ言えることと言ったら、名前は了さんのことを忘れていた。それはお医者さんに診断される前にわかっていたことだ。



 家族のことは覚えている。友達のことも覚えている。働き先の会社のことやその周囲の人間のことや仕事内容だってはっきり覚えているけれど、名前は事故に遭ったことと恋人だった了さんのことは覚えていなかった。もっと綿密に言うならば、恋人がいる存在は覚えているけど、了さんの顔と姿は綺麗さっぱり記憶からなくなっていた。

 すぐに苗字パパに連絡を取り、昨夜のことを一通り話して事故の時にお世話になった病院に連れて行ってもらうと、脳に異常は見当たらないと言われてしまったらしい。「事故当時の記憶がないことは珍しくありませんが、特定の人物のみを忘れているのは……本当にいたんですか、そんな人?」逆にこっちがおかしいと言いたげな医師からの言葉を苗字パパ伝で聞いたオレは、アンタ医者だろ!?と突始めに思ったけど、お医者さんもわかんないなら、そういう知識がまるでないオレたちだって、その原因がわかるはずもなかった。

「了くんにはなんて説明しよう……昨夜はとんでもない迷惑を掛けてしまったようだし……いっそのこと、了くんも娘のことを忘れてくれたら……最近、上手くいってないって話を聞いていたし……」
「弱気になんないでよ! 了さんはオレがなんとかしとくから大丈夫! なんとかなるって! もっと、有名な病院に、あっ、凄腕のお医者さんがいる病院に見てもらお!?」

 名前が了さんのことを覚えていない原因が不明のまま帰ってきた名前のパパは、顔を青ざめながら落ち着けず部屋をうろついていた。一人娘が世話になっているツクモプロの血縁者と交際してるってのに、肝心の名前が了さんを覚えていないっていう、失礼で無礼で非礼な状況に父親としてどうしたらいいのかわからず弱気になってしまうのもそりゃ無理はない。

「了くんには、名前のようなどこにでもいる子よりも、もっとこう、育ちが良くて、上品な子の方が、似合うと思うんだけど……」
「ストップ、ストップ! 保身のために、そうやって2人のことを否定すんのはよくないよ。 大丈夫だって、もっと大きな病院で診てもらったら、原因とかわかるかもしれないでしょ? 了さんにはオレから言っとくし、なんとかするから、苗字パパは余計なこと言わなくていいからね!」

 子も子なら親も親だなって思った。あれ、この言葉って逆だっけ? それはまぁどっちでもいいとして、こんなふうに混乱状態に陥ったりした時、周りが見えなくなって、自分の感情を吐き出しながら保身のために誰かに責任を押し付けようとする苗字パパの姿は、最近よく見ていた名前にそっくりだった。
 そして苗字パパは、オレの言葉がちゃんと心に届いていないのか、頭を抱えたまま苦し紛れに言葉を吐き出した。

「どうしよう……会社の経営が傾いたりなんてしてしまったら……」




「百くん、聞いて!」
「なになに、どうしたの?」

 話を遡れば、最近の名前と了さんの仲は険悪だった。名前は興奮気味にオレを呼び出してきたかと思えば、怒ったようにオレに言葉をぶつけてくる。「聞いて!」そんな名前の最近の話は8割方了さんの愚痴と文句と悪口だ。

「また喧嘩しちゃったの?」
「あの人、私の気持ち何も理解してくれない!」
「理解してもらいたいんなら、了さんのことも理解してあげなきゃ駄目だと思うけど……」
「百くんはどっちの味方なの!?」

 興奮しきった名前は意地になって言い返してくる。オレのアドバイスは塵となって消え、自分のことしか見えていない名前に片目を瞑って耳を塞いでしまいたくなった。だけどオレと名前は男と女で、年も少しだけ離れているし育った環境も今の環境もまるで違う。多少なり合わなくとも仕方なさは滲み出てしまうもんだ。

 名前の性格に変化が訪れたのは、この時期から半年前くらいだっただろうか。考えてみたら名前と了さんとの付き合いは3、4年ほど続いていたし、20代も後半に差し掛かり高校の同級生や大学の同期の結婚式に呼ばれたと話していた名前からしてみたら、結婚願望が強くなっていくのも致し方のないことだ。最近の名前の話は、結婚したい名前としたくない了さんの衝突から訪れる内容だった。

「私は結婚したいし、子供だって欲しい」
「結婚願望のない男を説得させるのは難しいよ。了さんはなんて?」
「僕と結婚したいなら、その性格を一から直せって人格否定された!」
「……了さん……」

 完全に了さんがご立腹だっていうのは、名前がぶつけられたらしい発言で察するけど、お互いにお互いを怒ったままどちらも譲る気がないことにため息しか出ない。そうしていると、名前は最近よく言い出すようになった言葉を乱暴に吐き出す。

「別れたい! 別れて、他の人と幸せになりたい!」
「じゃ、別れりゃいいじゃんか」
「違うの! そういう言葉が欲しいんじゃないの!」

 ひたすら自分の道を譲る気がなく、了さんが悪いって言ってる名前に堪忍袋の緒が切れたように本音を吐き出してしまったら、名前は机を叩いてヒートアップしてしまった。やばい、どうしよう……火達磨になった名前に燃料投下してしまったのはつい本音を零してしまったオレなんだけど、手の付けようのないほど暴れ出した動物みたいな名前を宥める術は、興奮した名前を見ていたらすっかり抜け落ちて、何て声を掛けたらいいのかわからなかった。今までいろんな人間を見てきたしそれなりに躱す術を身に付けてきたものの、こんなふうに聞き分けのない友達の相談になった場合って困惑する。それは下手をすると「結婚してくれないなら死んでやる!」と今にも言いだしそうな姿が簡単に想像できてしまうからだ。

「じゃあ、名前は結婚できんなら誰とでもいいってこと? 了さんから離れられて他所にいい男がいるってんなら、あの人、言い出したことは聞かない人だから、諦めて次に行ったほうがいいんじゃない?」
「……そういうわけじゃない」
「了さんがいいの?」
「……」
「なんで?」

 名前は肝心なことを何一つ言ってくれなかった。何があって、どうしてそんなことを言い出すようになったのかっていう根本的な理由がオレにはわからなかった。そりゃ付き合いも長いし、年齢のことがあるからそうやって焦りを見せることはわからなくもないんだけど、本当はもっと別の場所に何かがあることを察しながら、だけど肝心のそれを名前が話してくれないからオレはいつまで経ってもわからないままだった。

「お前みたいなやつと結婚したら、結婚は一生の墓場って言われるそのものになるし、私が結婚してくれないなら別れるって言ってることに対して、その年で捨てられたら婚期のチャンスを逃すかもしれないって焦ってるだけだろって言われた」
「……了さん……」

 涙声を震わせて小さな声でボソボソと話し始めた名前を見るに、彼女はその言葉に傷心もしているようだ。それは図星だったからか、他に理由があったのかはわからない。わからないからオレはアドバイスの仕様がわかんないし、かく言う了さんの気持ちもわからなくはなかった、というか、むしろ了さんの気持ちの方がわかる。
 こんな余裕なく荒れた性格で居続けられて、相手を好きって想う気持ちよりも結婚がしたい気持ちが勝ってる状況であの了さんが頷くわけがないし、オレだって彼女にそんなふうにせがまれたって大人しく首を縦には振らないだろう。上辺からではそう感じ取れてしまう名前の態度に、オレは静かに了さんに同情した。

「了さん、もうすぐヨーロッパに行っちゃうんでしょ。了さんから離れてる期間に、頭ん中整理した方がいいんじゃない?」

 名前は俯きながら小さく頷いた。そして今日も「了さんのことが好きだから」という言葉を聞くことができなかった。



 そんな名前が交通事故に遭ったのは、了さんが日本を離れて半月経った時だった。

 仕事で海外に行ってしまった了さんに連絡が取れず、苗字パパが早急にオレに流してきた情報は心臓が止まるほどの内容で、オレはその連絡を受けてすぐに家を飛び出した。
 タクシーに乗り込んで病院へ向かうまでの間はずっとソワソワしていた、病院の裏手に降ろしてもらい緊急外来の出入り口でオレを待ってくれていた苗字パパに連れられて、名前が緊急搬送された部屋に向かった。そして目にした光景は、頭にはぐるぐると包帯が巻かれ、人工呼吸器を取り付けられそこから覗いた肌には擦り傷が残り、いくつもの点滴が名前の腕に繋がれていて、痛々しい姿がそこにあった。

 了さんに連絡がついたのは翌朝だった、どうやら向こうは今が夜を迎えたらしく、仕事を終えた了さんは「やぁー、モモ!」とご機嫌な様子で電話に出た。「名前が交通事故に遭ったんだ!」治療室の外で見た、一向に目を覚ます気配のない名前の姿をまぶたの裏に思い返しながらオレは了さんに伝えた。了さんと名前の仲は険悪だったけど、さすがの了さんでもすっ飛んでくると思っていた、どこの病院に居て何号室にいるのかと問いただすに違いない。ヨーロッパにいるんならこっちに来れるのは明日だろう、明日になっていたら病室が変わっているかもしれないからわかんないよ−−話しながら自然と先のことを想像してしまっているオレに了さんは言った。「僕は帰らないよ」と。

「は!?」
『あはは、ざまぁないね。大罰が当たったんだよ。しばらく頭を冷やしておいたらいい』

 途端、ハンマーで頭を殴られた衝撃を受けた。

「薄情なこと言ってんじゃねぇよ! 自分の女だろ!? 」
『意識はあるんだろう? 彼女のことだ、明日か明後日には目を覚まして元気になってるよ』

 何言ってんだこの人、正気か!? 自分の女が死にかけてんだぞ!? 非道すぎる言葉を容赦なく吐き出してくる了さんに切れて怒鳴り散らしてしまったけど、結局了さんは電話の向こうで笑ったまま、本当に日本に帰ってくることはなかった。

 だけど実際了さんが言った言葉通り、名前は事故に遭って3日後に目を覚ました。

「名前、ごめんね。 了さん、仕事が忙しくて来れないみたいなんだ。早く元気になってねって言ってたよ!」

 事故で携帯が壊れて連絡を取れなくなった代わりに、という形で了さんに連絡をつけたことを名前に話した。正直なことを話せば絶対に大喧嘩に発展して、病人の名前の容態はますます悪化してしまいそうだから嘘で固めてしまった。

「うん、ありがとう」

 名前は苦笑いを浮かべて、少し頭の奥が痛いと零しながら静かに頷いていた。
 そして2週間後、冒頭の出来事が起こるのだ。





「脳に異常は見当たりませんね」

 了さんのことを忘れてしまった名前を2度目の病院に連れて行ったのは、1週間後のことだった。苗字パパは一向に頭を抱えたまま話にならなくて、代わりにオレが了さんに交渉した。了さんごめんね、あそこじゃ駄目だった。もっと有名で、腕のいいお医者さんがいるところに連れてこう!どっかいい病院はないかな?お願い了さん!了さんが頼りなんだよ!と、了さんが「うるさいなぁ」と苦言を零すところまで縋ったら、了さんは有名な脳神経科医のいる病院を探してくれて、そのお医者さんに見てもらうことになった。

 だけど、ここでも名医だと謳われたお医者さんに同じことを言われた。脳に異常はない。そう言われてMRIの検査結果を見せられたけど、それは確かに健常者のものと同じだった。

「じゃあ、なんでですか? 脳に異常はないのに、記憶がなくなるなんてことあるんですか? それに1人の人間のことだけ覚えてないって……」
「彼女が覚えていない方って、恋人でしたっけ?」
「そうです」
「関係は良好?」
「いや、めちゃくちゃ悪かったです」
「じゃあ、原因はそれですね」
「え?」

 繰り出される淡々と答えていくと、お医者さんは言った。「仲が悪かったのが原因ですね。それも、ただのストレスの範囲ではなく、何かご本人にトラウマを植え付けてしまうほど、精神的に参っていたんでしょうね」。まるで彼女の心理が手に取るようにわかるとでも言いたげな医師は、それでも「彼女の気持ちや生き方次第では、少しずつ思い出すでしょう」そんなことを零していた。

「おそらく彼女は、高次脳機能障害ですね」


 高次脳機能障害、それが名前が事故で負った後遺症だった。

 あの交通事故による脳の損傷からそうなってしまったようだけど、彼女の場合は記憶障害、外からは判断しにくく自覚症状もなかった。だから事故が起こり、数週間経っても誰も気付かなかった。この障害にはそうやって社会に戻って気付かれることが少なくはないらしい。

「それで、結局、なまえの病気は治らないの?」
「病気じゃなくて、障害だよ、記憶障害。 記憶喪失とは違って自分のことはわかるし、家族のことだって、オレのことだって覚えてる。だけど了さんのことと、事故に遭ったことは覚えてないっぽい」
「僕と、事故の記憶がないまま、なまえは普通に生きてるってこと?」
「んまぁ、そうなるね」
「どうしたら治るって?」
「大きい衝撃とかを受けて、フラッシュバックで記憶が蘇ったりした例がどっかの国であったみたい。雷に打たれて記憶が戻ったとか……だけど可能性があるとは限らないし、またおかしいことになる可能性も十分あるって。 少しずつ、記憶が戻っていくのを待つしかないね」
「どのくらいで戻ってくる?」
「そこまではわかんないよ。 お医者さんも、いつか必ず記憶が戻るわけではないって言ってたし」
「大きい衝撃を受けて戻る可能性は0じゃないんだろう? じゃあ、もう一度事故に遭わせて、記憶を取り戻させよう」
「あんた、正気か!? そんなことさせて、本当に死んだらどうするんだよ!」

 酷いトラウマを抱えた時に、それによってその部分だけが落ちることはこの症状にしては珍しくないと医師は言っていた。名前はトラウマになるほど了さんのことを嫌っていたのか? 名前から聞く了さんの話は頭が痛くなるものばかりだったけれど、そこまでだっただなんて、というのがオレと了さんの正直な気持ちだろう。

「了さんの気持ちはわかるけど、もう一回事故って死なれて二度と会えなくなるのと、記憶がないけど生きたままでいてくれるの、どっちがいいって聞かれたら、後者だろ!?」

 了さんがこうも意地になって言い出す理由もわからなくはない、恋人に自分がトラウマだったのかもしれないという理由で記憶を失われているんだ。好きな人の中から記憶が失われていることも辛いもんがあるけど、その原因がトラウマっていうなら傷心してしまうのも無理はないんだけど、了さんは傷心してるっていうより、名前が自分を忘れたことに不満げだった。







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