了さんと喧嘩をしてしまった。

 誰が悪いとか何が悪いとか、理由を探せば保身のために言い訳はいくつも思い浮かぶのだが何を繰り返しても最終的に行き着く先は、先に不機嫌さを振りまいてしまった私が悪いという結論に至る。そりゃ誰だっていきなり話し相手に不機嫌になられてしまったら、呆れてしまうか逆に苛立ちを覚えて突き放すかのどちらかになるだろう。期待していたわけではないが、了さんは機嫌が悪くなった相手にご機嫌をとるわけでもなく突き放すという手段を持った人間であることを知ったのだが、それも仕方のないことである。その日を境に、ストレスでも感じてしまっているのか頭の鈍痛に悩まされる日々が続いていた。

「ああいう場所でつきまとわれたら、おかしな目で見られるでしょ」
「んー、まぁ、そうだけど。 了さんは、おっきな子供みたいなもんだからね」

 了さんのことを相談できる相手といったら百くんしかおらず、好きにしていたらいいと本当に突き放してきた了さんとはもう何日も連絡を取り合っていなかった。そのうち事務所に顔を出してくれるだろうという期待もこんなに日が空いてしまえばそれは次第に薄れ、いよいよどうしようもなくなった私は百くんを呼び出して相談に乗ってもらっていた。
 百くんがよくお世話になっているという、一見さんお断りの個人経営の焼肉店で夕食を取りながら「いい大人が何やってんの。あ、いい大人だからこんなことになるんだよなぁ……」と、どれかといえばご機嫌を取る方の性格をしている百くんは、お互いに連絡を取らないほど道を譲らない私たちを見て肉を焼きながらわかりやすくため息をついていた。

「名前から連絡取ったらいいじゃんか。了さん、案外ちょろい人だからすぐに機嫌直すと思うよ」
「うん……」

 器用に肉をひっくり返す手を眺めながら私も続いて溜息を吐き出しながら頷いた。彼曰く、了さんは子供みたいな性格が混じっているからきっと向こうからは連絡してこないと思う、だそうだ。このようになってしまったのは他でもない私のせいであり、やはり連絡を取るならこちらからするしかないのだ。やっぱりそうだよねと思いながらも、何故か実行に移せない私がいる。

「名前、それだけ?」
「それだけって?」
「人目が気になってんのに、了さんが近付いてくるから怒っちゃっただけなの?」

 焼いた肉を私の空皿に乗せてくれながら百くんは問うた。私が怒る理由は今話したことだけで十分な気もするのだが、何か引っ掛かりを覚えたのかまるで他にも何かあるだろうと言わんばかりの百くんは私に訊ねてきた。

「……他にもあるけど」
「どんな?」
「それは言えない」
「なんで言えないの!?」

 理由なんてそれだけだと言いきれなかった私は正直に口にしてしまった。しまった、と思ってしまったが言ってしまえばもう遅い。
 私は喧嘩をしてしまったがどうしたらいいのだろう、それだけを聞きたくて百くんを呼び出したわけだが、どうしてそうなったのかの経緯を訊ねられるのは目に見えていた。私が一番に苛立ちを覚えてしまいぶつけてしまった八つ当たりの発端となったことは口になどできるはずもなく、他の理由を上辺のように付け足していた。今思えばあの理由は自分の保身のために了さんが悪いと罪をなすりつける言い訳をしていたことに気付き箸を止めてしまう。

「私が勝手に思ってることだから」
「勝手にって何? いいよオレ、口堅いし、了さんには言わないし」
「でも……」
「愚痴でもなんでもいいからさ、思ってることはちゃんと吐き出さないと。 そのうち、嫌なことばかりが積み重なって、名前が潰れちゃうよ。そうなったら嫌でしょ?」

 百くんから言われた言葉は、何故だかずっと欲しかったもののように感じて胸に染み渡った。その先のことなどまだ起こってはいないし、今の状況で手一杯な私はその先のことを考えてもいなかった。それなのにそれを経験したような気持ちが残り、その言葉が救いのように感じられてしまったのは何故だろう。

「了さんが、他の女の人に笑顔を振りまいているのが嫌だなって思ったの」

 その勢いに任せ、静かに息を吸い込んで本音を吐きだした。それを言葉にした瞬間の自分は惨めで恥ずかしく一瞬で視界がぼやけてしまいそうになったが、百くんは特に驚いたような素振りも見せずに私の言葉を受け止めていた。馬鹿みたいな話でしょ、苦笑いを浮かべてそれを口にする前に百くんは私に訊ねてくる。

「なんで、嫌だなって思ったの?」
「嫉妬してたの。 私のこと好きだって言ってくれたのに、どうして他の人にも同じ顔を見せるのっていう……社交辞令だって、わかっているんだけどね」
「だけどさ名前、ちゃんとわかってんならいいことじゃん」

 驚いたり焦ったり怒ったりとよくない言葉が返ってくる不安は消え失せなかったが、このような話ですら彼は受け止めてくれた。否定もせずに肯定してくれることに安堵を交えながらもそうかな、と零す。

「理由も言わないで、勝手に相手を責めるってわけじゃないんだから。 了さんに言っちゃいなよ。正直にさぁ、他の女の子とお話ししてるの見てヤキモチ妬いちゃった!って。了さん、それだけで喜ぶと思うよ」
「言えないよ。 でも、ありがとう。 とりあえず了さんには謝りに行ってくるから」

 百くんは安易にそのようなことを告げるがそれを当人に告げることなどできるはずがない。彼の言う通りそれを伝えれば嬉しいと喜んでくれる姿が易々と想像できるのだが、心の中にはよくわからない引っ掛かりがまだ残っている。そこまで百くんに伝えることもできずに、一つ肩の荷が降りた私は再び止めていた箸を動かした。気付けば頭の痛みはいつの間にか引いていた。



『了さん。先日は申し訳ありませんでした。直接会って謝りたいです』

 百くんと別れた帰り道、駅のホームで電車を待っている最中に意を決して送った了さんへのラビチャは既読も返信もすぐに返ってきた。『いいよ』と返事はそれだけだったが、続けて位置情報が送信されてきた。港区の高層マンションが立ち並ぶ場所にピンが刺さっているが、おそらくこれは彼が今いる場所であり、自宅だろう。『今から向かいますね』と返信するのだが既読が付いたままそれっきりだった。普段であれば、このような喧嘩をしていなければ、きっと迎えにきてくれるはずの彼がこれだけを送ってそのままであるということはやはりまだ怒っているのだろうか。文字だけのやり取りだけでは不安が募って仕方がない。

「やぁ名前、よく来たね! 肉でも焼いてあげようか?」

 マンションに辿り着き教えられた部屋番号のインターホンを鳴らせば鍵が開いた。通された部屋に向かい再びインターホンを鳴らせば久しぶりに見る了さんがにこやかな笑みを貼り付けて私を迎えてくれるのだが、その表情はお世辞にも上機嫌であるとは言えないものだった。初めて見る了さんの部屋はシックモダンな洒落た場所で、らしいといえばそれらしい部屋をしている。高級なバーやレストランの内装に近い空間に既視感を感じてしまうほどに落ち着いてもいた。

「あの、了さん」
「言いたいことがあるなら、どうぞ。 僕が聞いてあげるから」
「……了さんに冷たい態度取ったことは謝ります。申し訳ありませんでした。 どうしてもあのような場所だと、人目が気になってしまって」
「ああ、僕がしつこかったって言いたいんだろう?」
「ま、まぁ……立場をわきまえてほしかったといいますか」

 やはり彼はどこか不機嫌な様子だった。百くんは彼のことを「案外ちょろい人だからすぐに機嫌直すと思うよ」と言っていたがそうではなかった、このようにまだ怒っているのか不機嫌そうな彼のご機嫌とりの仕方がわからず了さんから視線を逸らしてしまった。

「それだけ?」
「……はい。 あまりにもわきまえてくれなかったので、苛立って、八つ当たりをしてしまいました」
「わあ! 僕に八つ当たりだなんて!」
「す、すみません……」
「あとは?」
「……それだけです」
「本当に? もうないの?」
「……」
「黙ってないで、答えてよ、名前。僕は、腑に落ちる理由を聞かないと納得できないんだ」

 了さんも百くんもどうして私の理由に「それだけ?」と他の理由を探り入れてくるのだろう。今の話だけでも私が怒ってしまった理由はそれだけで十分なはずなのに、まるで全てを見透かしたように彼も訊ねてくるのだ。もしや私は百くんに騙されたのだろうか。口は堅いし了さんには言わないと言っていたはずなのに、私がここに来る直前に先回りして告げられてしまったのだろうかという不安が過ぎる。その不安はこめかみを痛ませ、落ち着いていた頭痛を引き起こしてしまいそうだった。

「名前ーー、僕との約束、忘れちゃったの?」
「約束……?」
「僕の前では素直な子でいてねって。 今思っていること、洗いざらい話してよ、名前。 君のことがもっと知りたいんだ。僕に対して、何を考えて、何を思っているのか」

 不機嫌であるはずなのにその口調はやけに優しかった。付き合い始めた時に素直でいることを条件に出されたが、それをここで出されるとは思わなかった。いつまでも心に秘めていようとした、彼にだけは決して口が裂けてでも言えなかった本音が背中を押されるように口から溢れ落ちる。

「……嫌だと思ったんです」
「へぇ、何が?」
「他の女性と話して楽しそうに笑ってる了さんが、嫌だなって思ってしまって」
「あー、わかった! ヤキモチってやつだね! 名前はヤキモチを妬いてしまうくらい、僕のことが好きなんだ?」
「好きです」

 と、初めて自分の口から自らの好意を伝えた気がする。あんなにも積極的な好意を受けて頭を悩ませていた日々があり、好きかと訊ねられてもはぐらかしていた記憶があるが、彼と過ごしたたった数期間の間にいつの間にか彼のことを好きになっている私がいた。連絡を取らず距離が空いたことを寂しいと思うほど、そしてもう思い出せない彼のことを忘れかけてしまうほどに。忘れている彼のその存在を一瞬で思い出せば目眩がしそうなほど混乱を招いてしまいそうになった。これ以上この人に近付いてしまえば二度と彼のことを思い出せなくなってしまいそうな気がして、無理矢理にでも口を閉じようとしたがそれができなかった。

「好きなんです、嫉妬してしまうくらいに。 でも、本当は−−好きなのに、あなたのことを信用できてない私が、すごく嫌で」

 どうして私を好きだと言ってくれたのに、他の女性にも私に向ける笑顔と同じものを向けるのだ。その面白くないという嫉妬心の底にはそれが紛れていた、施錠されていたように塞ぎ込んでいた感情を吐き出してしまったことに自分でも驚いた。私が勝手に思い込んだことの裏腹では、彼を信じきれていない私が存在している。好きで、好きでいてくれているのをわかっているのに、ただ一つの不安でこんなにも自分が惨めに思えてしまうほど崩壊を招いていく。

「わかっているんです、仕事の付き合いで仕方の無いことだって、わかってるのに、理解できない自分がいて、どうして、私だけじゃないのって……す、すみません」
「ああ、名前、泣かないで!」
「了さんは、社長なんです、あなたを狙っている人は大勢いるし、私よりも美しくて釣り合うような人がたくさんいるんです、そういう人に、あなたがいつか心変わりして、誰かに盗られてしまうんじゃないかって……」

 不安でどうしようもないからこそ、焦ったように彼を求めてしまっている自分がいる。感情が押し寄せ溢れ出てしまう涙を拭うこともできずに、嗚咽混じりに言葉をぶつけていくも了さんはそれを優しく拭い取った。

「大丈夫だよ、名前。 僕が愛してるのは、この世でただひとり、君だけだ」

 理解しがたいような勝手な嫉妬すら受け入れてくれる了さんはその言葉を与えてくれ、私は安堵の息を吐きそうになるのだが、私はこの言葉をずっと望んでいた、そんな気がした。



 今まで積極的な好意を受け入れていたが今回ばかりは私が求める他なかった。先にキスを求めたのは私の方だったし、帰りたくないと口にしたのも私だった。了さんはこんな私を拒むことなく優しく抱き締めてくれた。

「今日は一段とよく濡れてるね、気持ちいいんだ?」
「っん、は、いっ」
「そう、それはよかった。 今日は素直だねぇ」

 背後から抱き締められる形で彼の長い指で秘部を愛撫される、近い場所で確認されるように囁かれる声に必死に頷くことしかできない。私が望んでいた言葉を与えてくれ、尚且つ嫉妬心や独占欲で溺れかけていた私を許し受け入れてくれたことが何よりも嬉しく、ただの前戯であるというのに私の心と身体は満たされる。短時間の愛撫だけでそこは十分に濡れていたし、彼もお気付きの通りいつも以上に興奮しきっている。

「可愛いよ、名前」

 それなのに彼は焦らすように指の愛撫だけに集中し、耳元で愛を交えて囁きかけてくる。囁かれる台詞はどれもこれも私にとって嬉しいものでしかなく、まだ序盤であるというのに下手をすると意識が飛んでしまいそうだ。快感を逃すためにシーツを掴み指先に力を篭める。

「ごらん、もうこんなに濡れている。すごいなぁ、こんなに興奮している名前は初めて見た! こんなになっちゃうんだね」
「は、恥かしっ、なんでそんなことっ、言わないで」
「恥ずかしくさせているんだよ」

 こんなふうに焦らして、こんなふうに羞恥を高める彼のしていることは全てわざとからきている行いだ。わざと私のことを手のひらで転がすような行いに、はしたなくも興奮してしまう自分はドMという言葉がぴったりと当て嵌ってしまうようで大層可笑しい。Gスポットをピンポイントで突き上げられる快感と先ほどからの興奮にオーガズムが近くまで訪れていた。「やだ、だめ、イっちゃう」視界が点滅して瞼が重くなり絶頂を迎えようとした直前、意地らしくも指が引き抜かれた。ひくりと身体が反応するものの絶頂を迎えそびれた身体は急激な物足りなさを覚え、どうして、と細い声を上げてしまった。

「ねぇ名前、僕でイきたくない?」
「も、早くイかせて、我慢できないっ」
「ああ、僕の欲しい言葉じゃなかった。 素直なのは嬉しいんだけど、あんまりにも性に誠実すぎるねぇ、萎えちゃうよ」

 と言いながら硬いままのそれは萎えることもなく、手慣れた手つきで押し倒されたかと思えば愛液か先走りの汁なのかわからないままの濡れた先端が一気に奥まで差し込まれた。ひくひくと蠢く体内に大きな塊が一気に入り込めば一つ大きな嬌声を上げて背中を反らしてわかりやすく達してしまった。これからだというのに早速意識が朦朧としてくる。

「これだけでイっちゃったんだ? 可愛いなぁ、大丈夫?」
「き、気持ちよくてっ、ごめんなさいっ」
「謝ることはないさ。 熱いねぇ、奥から、どんどん濡れてくるのがわかるよ」
「了さんっ、やだ、もう、早く、イって!」

 ひと息吐く暇もなく律動が開始され、落ち着くことを知らない快感は徐々に沸き立っていく。擦られる度に腰と足がガクガクと震えて身体が今まで経験したことのない快楽に溺れてしまえば、壊れてしまいそうだという身の危険を覚えて容赦ない言葉を彼に向けていた。早くイってほしい、身体も意識も快楽に蝕まれて犯されていく前に、どうかこの愛だけで満たしておいて欲しい。

「了さん、了さん、わ、たし、もう−−」
「ああ、可愛いなぁ、名前。 ずっと僕のことだけを見ていてよ」

 限界が間近に迫り、やがて下腹部に受ける刺激が大きなものに変わると声が出なくなって頭が真っ白になる。「あ、あ、」と達したことで途切れ途切れに母音しか発せなくなった私に了さんは願望を投げかけた。愛おしむように触れる彼の手付きは今まで以上に優しく、投げかけられる彼の言葉に意識が朦朧としながらも必死に頷いた。

 可愛い、好き、愛してる。身も心も愛して満たしてくれる了さんに私は何も考えられなくなった。やがて「イっていい?」と訊ねられ、絶頂が近づく了さんを知れば、彼が欲しくてたまらない私は再び興奮と感度を増した。腹上に精を放たれるのを追いかけるように同時に達して意識を手放しかけた瞬間、

 −−結婚してくれないなら、別れて。

 ぼやけた視界の中で誰かの言葉が脳裏に響いた、焦燥を押し殺したような震える声は誰の声だったのだろう。激しい行為をしたせいか、頭が痛い。




 目を覚ますとやたら着心地の良いTシャツを身に纏っていることに気付いた。昨夜の事を思い出すと嫌でも恥ずかしくなってしまうのだが部屋の片隅から物音が聞こえそちらに身体を向けると、大きなクローゼットの中身を探っている了さんの背中が見えた。

「やぁ、おはよう。 よく眠れたかい?」
「おはようございます。すみません、シャツをお借りてしまったようで」
「似合ってるよ」

 私が起きたことに気付いた了さんは、シーツ一着を手にしながら私の傍に寄りベッドの脇に腰掛けた。そして私の顔を覗き込むように身を乗り出してきた。

「どうかしましたか」
「可愛いなぁって思って」
「っ、遊ばないでくださいよ」

 髪の毛を掻き上げられたかと思いきや目が合った途端にそのようなことを言われ、羞恥を覚えた私はその手を振り払った。先日拒絶してしまったようなものではなく緩やかに取り払った仕草だったが、了さんは楽しげに笑っていた。

「僕は、もう家を出るよ」
「今、何時ですか?」
「6時だね」
「早くありませんか……」
「早朝から商談があるんだ。 大丈夫、ただの仕事だからね」

 特に深入りしたつもりはないが、彼の言葉にギクッとしたように背筋が伸びた。それをまた笑われてしまう。可愛いなぁ、その言葉を昨夜から何度言われたのか数えきれない。

「部屋は好きに使ってくれてていいよ。 オートロックだから、鍵の心配はしなくていい。また遊びにおいで」

 額に、鼻先に、頬にキスを落とされ最後には唇に落ちた。例えるなら海外ドラマで見るような濃厚なキスを繰り返されて、まるで何かの物語のヒロインになったような気分だった。

「愛してるよ」

 そして、その一言だけで私は満たされることを知ってしまった。 


 ……とはいえ、いくら恋人とて家主がいない部屋に長居していることは気が引ける。寝室から了さんを見送れば、目も覚めてしまったし始発はとっくに出ている時間だ、着替えてさっさと家に戻って、シャワーを浴びて化粧をして私も仕事に向かおう。ああ、シャワーで思い出したけど化粧を落としていない。肌が荒れるかもしれないなと様々なことを考えながらベタついた頬を手の甲で摩りながらベッドから立ち上がった。

 昨夜、勢い任せにこの部屋に入ってきてしまったが携帯はどこに置いたままなのだろう。付近に鞄は見当たらずあるのは昨日着ていた脱ぎ捨てられた洋服くらい、恐らく玄関かリビングに置いたままなのかもしれない。案の定、携帯も荷物もリビングのソファに置かれたままだった。携帯を手に取り時刻と通知を確認し、さぁ帰ろうとすぐに荷物を抱えて立ち上がる。

 玄関までの短い道のりを、彼が過ごしているやたら洒落た部屋の空間を見渡しながら足を進めた。リビングから出る途中、ドアを閉めようと部屋を振り返った先で目についたのは大きなテレビだった。壁に張り付く形で設置されたテレビは、あまりの大きさに壁と一体化しているように見えてなかなか気付かなかったが、一体何インチなんだろうか。今度訊いてみよう、彼との日常の些細な会話ができるように。と、話のネタを作り上げたところで、テレビは直置きにされていないがおそらくテレビ台と思わしきものに目がいった。見るからに高そうな家具であったが、その上には写真立てのようなものが伏せられるように置かれてあった。
 彼が住んでいるこのような部屋を物色するのはよくないが、何かに引かれるようにそれに向かって行ってしまった。近付いてみるとそれはやはり写真立てであり、おもむろに手を伸ばしてしまった。それを手にとって裏を返し見てしまった瞬間、一瞬で心臓が止まりそうになった。

「……、なんで」

 どうして了さんの部屋に、身に覚えのない、私と了さんが2人で写っている写真があるのだ。







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