意識



 春原くんと一緒にいたいって思ってるのに、そればかりではないと心のどこかで思っている私もいることに気付いたのは、テストが明けた日だった。


 高校2年の最初の頃からずっとつるんでる4人だけど、それぞれ2人組で一緒に行動している方が多かったりする。そりゃ、一年生の頃からの仲で帰り道も同じ方向だから、私と舞子、祐未とこゆきの組み合わせが自然とできあがるのは不思議なことではないし、別に不仲というわけでもない。たぶん。ちょっと性格が合わないかもしれないと思うことはあったりするけど、それを顔や態度に表さなければいたって普通のお友達だ。

「ねぇ、2人はさ、クリスマスは彼氏と過ごすの?」
「うん、そう。 舞子に何か言われた?」
「一緒に過ごしてって言われたけど……」
「断ったんだ? でも舞子のことだから、去年と同じように部活とかで集まりやってるでしょ」
「祐実も断ったの? こゆきも?」

 テストが明けたばかりの今日、「お腹が痛くてトイレに籠るからちょっと待ってて!」とチャイムが鳴ったら速攻で教室を駆け出して行った舞子を待つ間、こゆきの席でたむろしている2人の姿と、こゆきの席との間の子が帰り支度をして席を立ったのを見て、さらりとその席に移動して2人に話しかけた。

 2人にはうんと頷かれ、こゆきにいたっては小刻みに何度も頷いてて、珍しくちょっとニヤついている表情を隠しきれずにいた。「この子、初めてのクリスマスでお泊まりデートするんだって」祐未が顎で指したこゆきの話題は、なんてタイムリーな話題なんだろう。

「だからわたし、今から緊張しちゃって……」
「普通のデートとそんな変わらないでしょ」

 まるで恋する乙女そのものだなぁと照れくさそうに笑っているこゆきに頬が緩んでしまう。一緒に過ごすことがとても楽しみなくらい、彼氏のことが好きなんだっていうことが伝わってくる。そういう純粋なところは羨ましい。

「そんな祐実は、どこか行くの?」
「私は夢の国に泊まりに行くー」
「え、そうなの? VIPじゃん」
「今付き合ってる人、社会人だからさ。行きたいなぁって言ったら、ホテルとってくれたんだよね」

 対する祐未は鼻高々に答える。クリスマスシーズンの宿泊はめちゃくちゃ高いって聞いたことがあるけど、そんな場所に泊まりに行く祐未はVIPじゃないか。社会人の彼氏はお金があるのだろうし、私たちが普通にまだ行くことのできない場所にも連れて行ってくれるというのはちょっと羨ましい。あと、激混みに萎えて私が言われて拒否してしまった夢の国にさらっと乗り込んでいくところ。元から鼠のキャラクターが好きで行き慣れてもあるし、宿泊客は開園より早くに中に入って遊べるらしいという情報までも教えてくれる情報通だ。

「そんななまえは? どうすんのか決めてんの?」
「私は、鎌倉に遊びに行こうかなって話してて」
「え、いいじゃん! お土産よろしく!」
「なまえもお泊まりデートなの……!」

 今度は祐未が羨まし目にテンションを上げてくれている傍で、こゆきにはきゃあっと、口元を両手で隠しながらの反応をされてしまった。なんだか感激しているような風に捉えられるけど、私は慌てて首を振る。

「いや、日帰り」
「はぁ? 次の日予定でもあんの?」
「次の日も遊ぶけど……」
「はぁあ? 超、面倒くさっ、泊まれば良くない!?」

 先日の舞子とおんなじことを言われてしまった。やっぱりそれが正しい、というか普通に考えたそう思うもんなんだろうか。「泊まったらもうちょっといろんなところに行けるじゃん? 伊豆とか!」という言葉は全くもってその通りだとは思うけど。

「親に言えないし……っていうか、2人は親に言ってんの? 彼氏と泊まりに行くってこと……」
「わたしは言ったよ」
「私は言ってないよ。会わないし。でも家にいなかったら察するでしょ」

 2人の意見は割れてるけど、祐実の家庭の事情は複雑だから、ちょっと触れてはいけないことに触れてしまったかもしれないと思った。こゆきは告げているらしい。でも、お母さんにだけだと言われて、他の家族には女の子の友達の家に遊びに行くと伝えているそうだ。やっぱり、少しの嘘を吐いてでも好きな人とは泊まりに行くのが高校生にとっては普通なんだろうか。
 そういうもんなんだ……と渋りがちな声をあげると、祐未は私をじっと見据えて、口を開いた。

「え、ていうか、泊まりを断る理由って、親が許さないと思うからって、それだけ?」
「え……うん。そうだけど」
「なまえはさ、泊まりに行きたいの? 泊まりたくないの?」
「は、え?」

 そりゃあ私は、好きだから一緒にいたいと思っているし、春原くんと遊びに行ったり、目の前に立てばもうちょっと一緒にいたいなぁとは思う。丸一日、24時間一緒に遊んでいたいとも思っているけど。
 だけど、泊まりたいというイエスの答えが咄嗟には出てこなかった。当たり前のように答えられるはずだと思っていた言葉が出てこない。意表を突かれた、まさにそんな感じだ。

「いや別に。親が許さないからって、なんでもかんでも親に合わせるのが理解できないだけ。なんか、親の言いなりになってるみたい」
「あっ……わ、わたしも、なまえと同じ気持ちだったけど、勇気振り絞って言ってみたら、いいよって言われたよ!」

 祐未にはちょっと刺がある言い方をされて、それを悟ったこゆきが慌てるように間に挟まってくれたお陰で揉めることはなかったけど。下手をしたら揉めてた。祐未の家庭事情は複雑で、親とはそれほど仲が良くないのだ。地雷を踏みかけたところで「じゃあ、私も言ってみようかなー」なんて上部だけの返事をしてしまった。

 言われた言葉が、ぐるぐると頭の中を回って離れてくれない。じゃあ、例えば、もしも仮に、親に言えたとして、親がそれを許してくれたら、私は喜んで駆け出すのか?と考えると、そうじゃないってことに気付いてしまった。あれ、なんでそんなこと考えちゃうんだろう。一緒にいたいけど、でも、なんか。きっと家族がそれを許してくれないから、を良い理由に、私の本心はそれを望んでしまっているのかもしれない。なんでだろう。



 二学期の期末テストが終われば、晴れて自由の身だけどそれも一瞬。二学期の終業式を無事に終えればその言葉が確信に変わるけど、その言葉通り、高校生活最後の二学期が終わった。
 冬休み明けに課題テストと高校最後の期末テストがあるけど、範囲が狭くてほとんどが3年生の振り替え程度のテストだから、単位を落とすことはない。赤点をとってしまったらそりゃ補習はあるけど、毎年それを受ける生徒はほとんどいないと耳にする。どちらにせよ私は赤点をとらないし、春原くんも最近は割と真面目に勉強していたから、そんな心配はきっとないはずだ。

「結局、碓井さんって良い人見つかった?」
「見つかってない。今年もソフト部で集まるんだって」
「そっか……」
「別に春原くんが気にすることじゃないし、むしろあんなに人勧めてくれて感謝してたよ」
「そういうもんなの?」
「そういうもんだよ」

 今日で二学期が最後、明日は24日。みんな張り切るように教室を抜け出して、明日に備えて余計なことをせずにばらばらに家路に着く。舞子は誘われているソフト部の人たちと連日遊ぶことになったらしい。なったらしいって、実は毎年そうなんだけど。私は、二学期最後だからという理由で春原くんと一緒に帰ることにした。こうして学校から一緒に帰ることができるのは、今年最後なんだから。

 少し前に舞子の脱・クリぼっち作戦は終わりを迎えてしまったけど、当人の舞子はやっぱり飽きていたのか「肩の荷が下りた!」なんてことを言っていて、陰でそんなことになっているとは知らない春原くんは、あんまり納得がいっていない様子で眉を下ろしたままである。

「舞子の理想の男はプロレスラーみたいな感じの人なんだよ」
「何人か勧めたよ。プロレスやってるヤツとか、プロレス好きなヤツとか」
「性格が合わなかったのかも……」
「碓井さんの過去の彼氏がめっちゃ気になる……」
「一年の時に、三年の柔道部の先輩と付き合ってたけど……舞子の理想とはちょっと違う人だったかも」
「まぁ、好きな人が理想のタイプってわけじゃないしね」

 舞子は一年生の頃に二つ上の先輩と付き合っていたけど、本人が口にする理想のタイプとはちょっと違っていた。スポーツやってて、筋肉があるくらいしか合ってない。それを聞いた春原くんは苦笑いを浮かべていた。
 
 12月にしてはたまに暖かくなる日々も過ぎ去って、最高気温は10℃を少し越えるくらいの日が続いている。季節は本格的な冬に近付いてきて寒い。せめて登校する時期だけはもう少し気持ち暖かくいさせてくれと思ったけど、そんなことは毎年のように叶わなかった。
 首元に当たる冷たい空気が耐えられずマフラーをぐるぐる巻きにして歩きながら話している最中、口元にマフラーとの熱がこもっていずさを感じ、マフラーを下げて埋もれた口元を出しながら春原くんを覗き見る。

「私って、春原くんの理想のタイプじゃないでしょ」
「反応に困る……否定はできないけど」
「ほらね。そういうもんなんだって」

 春原くんはアイドルみたいな可愛い顔をした女の子が好きで、巨乳のグラビアアイドルが好きだっていう話は知っている。洋太が教えてくれたから。だから、なんで春原くんが私のこと好きになったのかわからないとまで言われてしまったほど、理想とは掛け離れている。ていうか、下手をすれば真逆なんじゃないだろうか。

「なまえは? オレって、なまえの理想のタイプだったりする?」
「え、全然……」
「違うのはわかってたけど、もっとこう、言い方ってもんがあるでしょ」
「ええー、だって本当のことだし」

 マフラーがちょっと湿っているからまた口元を埋める気にもなれなくて、代わりに口元に手を宛てがった。笑うのを誤魔化すためでもあるんだけど、それがバレているのか、春原くんは身を乗り出して私の前に顔を覗かせてくる。

「なまえって、どういう人がタイプなの?」
「んー、頭が良い人」
「まるっきり逆じゃん!?」
「頭が悪い自覚はあるんだ」
「通知表見てたら嫌でもわかるよ!」

 あからさまにむすっと表情を浮かべられて、嫌でも笑いたくなってしまう。「はいはい、怒らないでよ」ご機嫌をとるように温めておいた両手を春原くんの手元に差し出すと、コートに突っ込まれていた春原くんの片手がゆっくり顔を覗かせた。服の中で温められていたから、私の指先の体温よりはずっと暖かい。

「春原くんは一緒にいて楽しいし、よくわかんないけど好きだよ」
「よくわかんないってなに!?」
「理由はわかんないけど……春原くんだってわかんないでしょ」
「わかるよ! オレなら、なまえの好きなところ100個は言えるよ」
「じゃあ言ってみてよ」
「可愛いし、真面目だし、頭良いし、健気だし、嫌なこと嫌って言わないし、責任感だって……」
「待って、本当に言えちゃうの!?」
「言えるよ! なに疑ってんの!?」

 別に疑ってはいなかったけど。私だって、春原くんの好きなところは10個くらいなら言えると思うけど。でもどうせ、いくら春原くんだとしても100個も言えるはずはないだろうと思っていた。なのに、空いた片手で指折り数え始める春原くんはちょっとガチなんじゃないかって思ってしまった。あとは、春原くんが私の好きなところを一つずつ挙げられていくことは、背中が擽ったくなるほど恥ずかしかった。

「−−ここまででいいよ。はい、手、離して」

 そうこうしている間にも、私の家はすぐそこに迫っていた。いつもここで別れる大通り。手を引こうとするものの、そこまで力強くなくとも握られてしまったら離すことはできなかった。

「明日、9時に駅だからね!」
「わかってるよ。寝坊しないでね」
「オレ、いつも早起きだから遅刻なんてしないよ」
「子供みたいに、今日の夜眠れなくなっちゃったりして」
「夜ご飯食べたらすぐに布団に入るよ!」
「それこそ子供みたい……」

 いつこの指先が離れるんだろう。繋がれたままゆらゆら揺れる指先を見て、春原くんの顔を見上げた。普段と変わらない表情をしている春原くんと目が合って、今日の別れを名残惜しく思っているわけではなさそうだ。それもそうか、明日も会えるんだし。

「じゃあね、なまえ!」

 そう言って指先が離れていくと、その手は私の頭の上に置かれ、わしゃわしゃと優しく撫でられる。こんなふうに頭を撫でられるのは初めてで、ドキリと胸が高鳴った。

「明日、楽しみだね」

 寒さのせいか、恥ずかしさのせいか、緊張のせいかわからないけど、そう伝えた私の声はちょっと震えていたような気がする。八割型恥ずかしさによるものだと思うけれど。
 道路を渡った先で後ろを振り返って、手を振ってくれる春原くんに手を振り返した。名残惜しいと思ってしまっているのは私の方だし、一緒にいたいと思っているのは本心だ。