意識



 最近、クラスにカップルが多くなってきたような気がする。


 と、最近の私はそんなことを察していたけど、まぁそれはどうやら勘違いではなく、その通りらしい。私がもしかしてと思っていたことが、今日のいつメンのトークに上がっていた。「最近仲良いよね」から始まり「どこかの誰々から聞いたけど実は付き合い始めたらしいよー」なんて情報が耳に入ってくる。去年はどうだったか覚えていないけど、今年は今の時期ほとんどの人が部活を引退しているし、もう進路が決まった人もいる。そして何より、もうすぐ一大イベントのクリスマスが迫ってきているから、こうなってくるのもおかしくはない話だ。クラス内同士に限らず、学年の中でや後輩、他校やバイト先の人など、カレカノができたクラスメイトは多くなっていた。遠慮なしにクリスマス前に彼女ができたと喜んでいる男子の声だって聞こえてくる。

「ねぇ、クリスマスって空いてたりしない!?」
「……ごめんだけど、予定、入れちゃってて」
「じゃあ、クリスマスイブ」
「そっちも予定が……」
「なんで!? イブかクリスマス、どっちでもいいんだけど!」
「どっちも予定入れちゃってて……あはは」
「あはは、じゃない! 誰と! どっちも春原!?」
「うん、そう」

 お弁当を食べ終えた後にトイレに行きたいと言い出した舞子に釣られて二人でトイレに行った帰り、舞子に言われた言葉に私は答えづらくも顔を顰めてしまった。この場に及んでこの状況、先に言ってしまうと、その一大イベントの日に一緒に過ごしたがる舞子は、一緒に過ごす相手をまだ見つけられずにいた。仲良の良い4人組が自分以外彼氏と過ごすともなれば、舞子だって彼氏が欲しいと思うのは当然のことなのかもしれない。実際、高校生のうちにクリスマスデートをしたかったと白状していたばかりだ。

「……杉並区の男子校の人はどうなったの」
「なーんかしっくり来なくってさぁ……あ、急に返信来なくなった!」
「は?」
「……あ、と思ったら、私が気付いてないだけだった」
「え、そんなことある?」
「いやぁ、ソフト部の友達とメールしてた方が楽しくてさー」

 やっとメールのやり取りまで漕ぎ着けた他校の男子は、本人曰くしっくりこないという理由で興味を失われ、放ったらかしの状態になってしまったらしい。ソフト部の人と仲が良いのは重々承知であるし、メールが埋もれて気付かなくなることもわからなくはないけど。けど、たぶん付き合うことを目的として始めた相手とのやり取りなんだから、もっとこう、あるでしょ。舞子なら。仮に返信が来なくなってしまったとしても、舞子が自分から連絡をしない時点で彼への興味は消失していると言っていい。
 背伸びをしながら肩を鳴らす舞子の足取りは、教室の前に来るとゆったりとしたものに変わり、教室の中に戻ることもなく廊下の窓際に身体を寄せた。

「ていうか、しっくりこないって何」
「私の欲しい言葉ってこれじゃないんだよなぁー、もっと頑張れよーって、ない?」
「ない。ないから」
「なまえは寛容なところあるからなぁ!」
「そもそも、数十人も紹介してもらって、メールまで行けたのが片手で収まるくらいっておかしくない!?」
「いやいや、数十人も紹介してもらって全員と連絡してるのもどうかと思わない?」
「そんな人数紹介してもらったのも、舞子が好き嫌いするからでしょ」

 「碓井さんってもしかして、めちゃくちゃ理想が高いタイプ……?」と、見事に数人の友達を蹴散らされた春原くんに訊ねられたのは2週間も前の話だ。春原くんが困ったように訊ねてきた内容に私は素直に頷いてしまった。春原くんは前もって舞子に好きなタイプを聞いていたような気もしたけど、それだけでは舞子の面倒臭さは伝わらなかったのだろう。洋太は気付いていたようで後から断っとけって言っていたけど、春原くんは「でも本人が本気みたいだし」と気遣っていたようで、大人しくいろんな男子を紹介していた。
 それを訊ねてきた日から、春原くんはわかりやすくも困り果てているような様子ではあった。これ、春原くんじゃない他の人だったら絶対にブチギレてるやつだ。責任感が強いと言ってしまえばいいのかもしれないけど、段々不憫に思えてきてしまった。と、思ってはいるけど、私はそれを止めなかった。

 どうして舞子がここまで十数人の男子を紹介されてきたのかといえば、まず舞子の中にはタイプに合う男子を紹介されるものの、舞子的に「しっくり来ない」という理由で門前払いされたのが数人。しっくり来ない、ってなんて万能な言葉なんだろう。だから2、3人くらい紹介された後の新しい人とは会うところまで行ったけど、連絡をとる気にもなれなかったらしい。5人目は、6人目は……と思い返すと、連絡を取るような関係になっても発展しない、そして振り出しに戻る、といった形で紹介された人は2桁を越えていた。これは流石に、よくない結果だと思う。

「たぶん私、今年はもう諦めてるんだろうなぁ……」

 ぼんやり窓の外を眺めながら吐き出した舞子の姿に哀愁が漂う。これは、慰めるべきなんだろうか……と一瞬悩んだけど、舞子は「でもさぁ」と口を開いた。

「途中からさ、春原ってどんなことをしたら怒るんだろ?って思うようになっちゃってさー」
「は!? 何最低なこと考えてんの!?」
「なまえ、わかんない? この気持ち」
「……、わかるけど……」
「ね!? ほら、わかるでしょ!?」
「こんなところで思考が一致してしまうなんて思わなかった……」
「いつも意気投合してんじゃん! だから止めてこないんだろうなって思ってた」
「絶対言わないでよ」
「言わない言わない。 それで? 春原、陰で怒ってた?」
「怒ってないけど、困ってはいた」
「困るが限界かー……辞退してくる気配もなくてもう仏!」
「春原くんの懐の広さ知れただけで満足でしょ。早いうちに断っといてよ」

 たくさんの友達を紹介しているのに、一向に話が進まないことに困っている春原くんを見ていたけど、止めなかった理由は舞子に筒抜けだったらしい。どこまでしたら怒りだすんだろうって、今まで全部それを考えていたわけじゃないけど。止めに入ったところで「なんで?」と返されるだろうなということが想像できていたから止めなかっただけ。これを言われることはほぼほぼ確信している。それで途中から、どこまでいったら怒るんだろう、と思い始めたのだ。
 対して舞子は、諦めてるんだろうなぁ、と言ってたけど絶対諦めてる。っていうか、諦めてるというより飽きてると言った方が正しい。完全に舞子の思考は私と一致してしまっているのだ。それをお互い確認してしまったことにより、高校三年生の秋に決行された舞子の脱・クリぼっち作戦は終わりを告げた。お互いに春原くんの懐の広さを知れただろうって、当初の目的とは全く別の話に纏まって終わりを迎えたのだ。

「ねぇ、それよりもさ。イブもクリスマスも春原と一緒にいんの?」
「うん、その予定だけど」
「え、もしかして泊りとか!?」
「泊まりはないよ。一回家に帰って、また遊ぶ感じになるかな」
「めんどくさっ」
「高校生で泊まりは親が許さないと思うし、そもそも親に言えないし……」
「でも、私らとは普通に泊まったりするじゃん?」
「友達だし、女子だからでしょ。彼氏と泊まりは無理」
「なんで?」
「えっ」
「なんで無理なの?」
「え……」

 なんで……って、なんで? なんでそんなことを訊いてくるの。舞子の素で疑問を抱いているような声色に「なんで」がゲシュタルト崩壊を起こしかける。

「なんで……って、だって、普通に考えたら」
「普通に考えたら、何。なんか良くないことでもあんの? 普通に彼氏と泊まりに行ってくるね!で、いいじゃん」
「無理だって、怒られるかもしれないし」
「なんで怒られんの?」
「は、え、なんでって」

 舞子が私の顔をじっと見据えて「なんで」を何度も繰り返す。繰り返すたびに距離がちょっとずつ近付いてきて、私はビビって硬直した。怖いんだけど。普通に考えたら、よくないことじゃないの。だって、だって。
 
「なんでって、だってその、て、貞操の問題とか、あるじゃん……」

 あまりの気迫と、自分で口にしたオブラートに非常によく包み込まれた理由により、顔ごと逸らした。私だって年頃の女子なんだから、男女が二人一つ屋根の下に泊まりでもしたら、何が起こるかなんて少なからずは考えてしまう。親は特にそうだと思う。現に娘である私がそうなんだから。

「やだわーなまえちゃん、泊まりはそういうことになるって、ちょっとは考えてるみたいで安心したわ。クリスマスだしね!」
「もしかして私のことからかった!?」
「いやぁ、どこまで純粋なんだろって思って」

 舞子はそういうことを考えていないんだろうか、と思ったけど、考えている上での発言らしい。クリスマスという重い一言がのしかかった。くるりと踵を返して、サッシに背中を預けて寄りかかる。

「春原に誘ってもらったのー?」
「うん、まぁ……」
「泊まりの話はならなかったの?」
「な、なったけど……泊まりがけはどう、みたいな感じで……」
「はぁーー。春原、勇気出したんだろうなぁ、泊りがけのお誘いとかさぁ……」
「ねぇそのパターン止めて、また私が何かやらかしたみたいな感じじゃん!」
「だって断ったんでしょ?」
「断っちゃったけど」

 この流れになると、初めて春原くんの家に行った日のことを思い出してしまう。前科があるので舞子のデジャヴな発言に身を乗り出してでも反発するけど、春原くんのお誘いを断ってしまったことは事実で、言い返し切ることはできなかった。

「なに、春原と二人きりになるのがそんなに嫌なの?」
「嫌じゃないけど、何されるかわかんないし……」
「何って、ナニ?」
「いや、今のは、言葉の綾」
「もういいじゃん、付き合って一年なんでしょ!」
「そ、そうだけど……そうだけどって、それ、覚えててくれてるんだ」
「覚えてる! 隠されてたから!」
「それもまた掘り返してくる!?」
「なまえに隠し事されてたのがめちゃくちゃショックだったんだよ!」
「そのことは、本当にごめんなさいだけど……」
「じゃあ、もう私に隠してることって何もない?」
「えっ……」
「……え、あんの?」
「いや、あの、ええっと、その」
「なにその反応!? なになに、聞きたい!」

 流石、運動部。容赦ない握力で私の両二の腕を鷲掴みにして、これまた容赦なく身体を前後に揺らし始める。ちょっと大袈裟に言うけど、まるで絶叫マシンに乗ってるくらいの勢いで揺さぶりで、首がどこかに吹っ飛んでいきそうだった。目が回って酔いそう。

 わかった、話すから。……そう言わなければ終わらないと思った私は、揺さぶられているたった数秒間の間に決意を固めて口を開こうとした。が、私が口を開くよりも先に、舞子の腕が止まった。「……あ」と、私の背後に目を向けながら、そっと腕が離れていく。

「……? どうかした?」
「ねぇ、なまえ」
「ん?」

 舞子の視線を追いかけるように後ろを見る。少し遠い先で、他のクラスの男子2人組が大声を上げながら歩いていて、教室を一つ挟んだクラスに戻っていくところが私には見えたけれど。一瞬しか見えなかったけど、片方の男子はサッカー部の柴岡くんだった。もう見慣れたお陰もあって、柴岡くんの姿はすぐに理解することができるようになった。舞子が柴岡くんの姿を見て小さな声を上げていたことは、私に訊ねてきた舞子の一声によって察する。

「……サッカー部の噂って本当?」
「噂? なにそれ?」
「知らないならいいや。 それよりさぁ、何隠してんの!?」
「別に隠してるってわけじゃないけどー」
「じゃあ教えて……って、げっ、タイミング悪っ」
「ラッキー、また今度ね」

 聞き出されるかもしれないことに覚悟はしていたけど、私にはタイミング良く予鈴のチャイムが鳴ってくれた。教室に戻れば舞子は自分の席に一目散だから、難を逃れることができた、けど。サッカー部の噂ってなんだろう。
 私に訊ねてきたってことは、確信のついている話じゃないことだけはわかるけど。春原くんの話かな。手術の話。だけど、もしそうだったらサッカー部なんてキーワードを舞子がわざわざ出してくることはないはずだ。

 元々、人の話に積極的に首を突っ込むことはあんまりしない私が、しつこく問い詰めることなんてできなかったし、何より私には、人伝で聞く春原くんの話やサッカー部の話をなるべく聞きたくなくて、触れられなかった。