意識



 春原くんと話すようになったのは、文化祭が終わってからだった。


 いよいよ文化祭が1週間後に迫ってきた時、ホームルームの授業は学祭準備に使われた。まるで発表会のごとく手作りの看板を黒板に立てかけていると、どこからともなく拍手が飛び交った。手伝えなくてごめんねって声が聞こえてくるたび、このクラスのこういうところが好きだなと思う。
 それぞれ決められた係りのグループで活動するようになると、教室中はほとんど自由行動状態だ。その中でもお金の計算をしてる人とか、シフトを考えている人とか、当日の衣装の試作品や丈合わせといった真面目に作業をしている人たちの中で、手が空いて暇をしている数人がちらほらと教室の中を彷徨い始める。目がける場所と言ったら、嬉しいことに黒板に立てかけられた私の手作りの看板なんだけど、ふむふむと拝借しはじめたクラスメイトの早間洋太は看板を指出した。

「なまえ、ここ、塗り残しある」
「あ、ほんとだ。 シャーペンでいっかな?」

 ただ目に付いたのかあえて粗探しを始めたのかわかんないけど、意外と細かいところまで見られて、私は手にしていたシャープペンシルで塗り残しを塗りつぶした。マジックペンで塗っていた真っ黒な塗りに対して、HBのシャー芯は色が薄い。まぁいっか、なんて思っていたら「雑すぎるだろー」と言われて洋太の背中を叩いた。
 あとは、なんとなく描いてみた先生の似顔絵を似てるって感想をくれた。装飾の花飾りだって褒められた。だけど、形の崩れた花を指差されて何これって笑われた。

「オレが作ったの! 笑うなよ!」
「まじかよ春原、お前、ぷぷっ」
「じゃ、洋太だって作ってみてよ! これ、一番綺麗にできたと思ってんの!」
「俺、こう見えても美術4なんだぜ」
「嘘だ!」
「ほんとだから!」

 その形の崩れた花っていうのは春原くんが作ってくれたものなんだけど、洋太はそれを冷やかした。この2人は、同じ運動部同士仲がいいのだ。
 あんまりに騒ぎ出した2人に向かって「男子うるさーい!」ってどこからか声が聞こえてくる。それくらい、文化祭が迫ってきているということと授業時間が座学でなくなるということはクラスのテンションが上がるには十分だった。

「なまえちゃーん」
「んー?」
「なになに、春原くんと一緒に作ったの?」
「うん。 舞子のこと待ってる時に、部活が早く終わったからって」
「春原、優しいじゃん」
「ねー」

 いつも一緒に過ごしている4人のうち一人、碓井舞子がこっそりと私に問いかけた。舞子はソフトボール部に所属していて、あの日、私は彼女が戻ってくるのを待っていた。自分の恋バナよりも他人の恋バナって感じのボーイッシュ系の舞子は、その話に興味を示したのかやけにニヤついた表情を浮かべている。

「なんか面白い話あんなら聞かせてよー」
「ないない。 ただのお手伝いだから」

 口動かさないで手を動かしてよ、って手を止めている舞子の指先を突いた。今日の私は、文化祭で配布されるチラシに載るクラス紹介の欄に書くイラストを任されていた。教卓を占拠して、お世辞にも広いとは言えない教卓に2人で並んで座って、下書きは私の担当、ペン入れは舞子の担当になった。
 そしたら、横から再度、洋太のダメ出しが耳に入ってくる。「よく見るとこの形もなー」って、それは形を変えてみた紛れもない私の作った花で、思わず声をあげた。

「ちょっと、私のまでダメ出ししないでくれる!?」
「怒るなって。 あ、これは綺麗だと思うぜ!」
「はぁー……まぁいいけど。 どうせ、終わったら全部捨てるんだし」

 ため息をついて、私だって暇になったから落書きでもしようと思って、チラシに載せるイラストの下書き用にと集めておいたプリントの裏面にシャーペンを走らせる。「え? 捨てちゃうの?」って、春原くんに訊ねられた言葉にうんと静かに頷いた。



 文化祭は無事に終わりを迎えた。準備のほとんどを担当していたこともあって、当日のシフトには入らず一般人に混ざって参加する日を送っていた。いつもの4人と2日間、さすがに全員一緒というわけにはいかなかったけど、校内を回って遊んで楽しんでいれば、それぞれに友達を紹介されたりして、友達が増えた。
 働いてくれたクラスメイトに感謝しつつ、だらけて過ごした分、後片付けは真面目に取り組む。看板も、装飾も、窓に貼ってある画用紙やテープだって、跡が残らないように綺麗に剥がした。

「……あっ! みょうじさん、それ持って、どこいくの?」
「美術室。 とりあえず使えそうなもの入れたんだけど、ここ、人多いから、向こうで仕分けしようと思って」
「オレも行っていい!?」
「えっ、うん」

 壁にとりあえず貼った画用紙とかって捨てるのはもったいない。まだ授業で使えそうなものはリサイクルすべく簡単にまとめて大きめのビニール袋に仕分けしておいたけど、教室を出たら春原くんがいた。食器洗いの後片付け班だった春原くんのやることはもう終わったらしい。それで、手が空いていたので私に付き添ってくれたっていう、そんなところだ。

「あ、お花……は、どうする?」
「捨てちゃっていいよー」
「もったいなくない?」
「だって、使い道ないし」
「来年にとっておくとかさ!」
「また新しく作るよ。 その方が、文化祭楽しみになるじゃん」
「そうだけど……」

 クラスの出し物の会場になっていた教室は人がたくさん戻ってきて窮屈に感じられた。その場で仕分けするのは邪魔になるだろうと、急いで袋に詰めてきたものの中には、この前春原くんと一緒に作った花の装飾が混じっていた。

「なに、春原くん。 欲しいの?」
「うーん……欲しいっていうか、もったいないなって思って」
「そう?」
「だって、みょうじさん、毎日遅くまで残って作ってくれてたのに、文化祭終わったら捨てるって、かわいそうだよ!」
「なにが? 私が?」
「ど、どっちも!」

 捨てていいと言ったけど、春原くんはゴミ袋に投げ込む手を躊躇わせた。捨てることは気がひけるといった様子の春原くんと、その言葉にふふって笑ってしまった。

「じゃ、春原くん、もらってってよ。 私はいらないから、全部あげるよ」
「全部はいらない……」

 ビリビリに剥がされて破れてしまったものやぐしゃぐしゃに丸められたりしている花を、丁寧に形を整えながら机の上に並べていく。

「綺麗なやつ持って帰ろ」
「自分で作ったやつじゃなくていいの?」
「うん。 綺麗なやつは、きっと姉ちゃんが喜んでくれるから」

 あ、春原くんってお姉ちゃんがいるんだ。春原くんのことを、ひとつ知った。嬉しそうに花を手に抱えた春原くんを見て、驚いたように笑ってみせると、そのまま後片付けを終えて、高校2年の文化祭は幕を閉じた。


 それから春原くんは、文化祭が終わっても変わらずに放課後残り続けている私のことを知ると、部活の帰り際に教室に立ち寄ってくれるようになった。サッカー部は活動時間ギリギリまで部活をしているそうだけど、ミーティングなんかはあっさりしているらしい。対して、いつも私が待っている舞子は部活はいつも時間前に終わるけれど、終わった後に一人一人活動の反省会をするらしく時間が長い。そのわずかな時間、毎日というわけじゃないけど、私は春原くんと過ごすようになった。