徒花の果てに





 私にはじめて彼氏ができたのは中学三年生の終わり頃、世間では実らないと言われている初恋というものを見事に実らせて付き合い始めた春原百瀬という人が、私が初めて恋をした人であり、初めてできた彼氏だった。先に好きになったのは私の方で、告白だって私の方からだ。

 始まりは中学二年生の頃のこと。クラス替えで同じクラスになった春原くんは、期待のエースと呼ばれるほど一年生の頃からサッカー部で活躍していて、活発で明るくて誰とでも仲良くしていた彼はクラスのムードメーカーだった。だからそれなりに女子にも人気で彼に恋心を寄せている子は少なくなく、その中でも春原くんと同じ運動部に所属している元気なクラスメイトの女の子は積極的に春原くんに好意を向けていて、クラスの男子に冷やかされながら、けれども楽しげに恋をしている彼女が羨ましくてたまらなかった。私といえば引っ込み思案で運動が苦手で文化部に所属していたので仲の良い友達だけに「春原くんが好き」ということを伝えたけれど、応援されながらもいつも心配されていてとても肩身の狭い思いをしていた。

 そんな私が春原くんに告白しようと思ったのは、中学三年生の終わりかけに、まだほとんどの人の進路も決まっていない中で春原くんが私立高校に推薦合格した話を聞いた時だった。引っ込み思案で人と話すのが苦手で自分に自信がないくせに、なぜだかその話を聞いた時にふと好きだと伝えようと思い、そして実行した。後になって思い返してみれば、振られることが私の中では前提だったため、進路が別になるならば傷も少なくおさまると思っていたのだと思う。
 
 春原くんが私の告白を受け入れてくれた時、春原くんはあまり乗り気でないことを私は知っていた。

「オレさ、たぶん、高校入ったら部活ばっかであんまり会えないと思うよ」
「えっ、だ、大丈夫。きっと私も勉強ばかりしてると思うから」

 すぐにごめんと振られるんだと思ってた。想像していたよりも少し悩んでくれて良い返事を出してくれそうな春原くんに合わせるような形で緊張した唇を動かしてみたけれど、嘘は混じっていなかった。私は進学校に行こうとしているし、きっと勉強漬けの日々を送るのだろう。春原くんも推薦を決めたくらいなんだから部活動漬けになることはわかっていて、仮に付き合えたとしても会う日なんてほとんどなくなるということは分かりきっていたはずなのに告白してしまったのは、やっぱり振られることが私の中で前提にあったからだ。

「会える日は一週間に一回くらいしかないと思うし、もしかしたら二週間に一回になるかもしれないよ」
「あ、私、塾もあるし、私も同じようになると思うから平気だよ」
「連絡とかもオレ、疲れて寝ちゃってるかもしれないから返せなかったりするかも」
「大丈夫。忙しくなるのわかってるから、返事が来なくても全然気にしないよ」
「そ、そっか。うん、わかった。いいよ」

 夢のようだった。生まれて初めての恋と、告白を好きな人に受け入れてもらうことは。

 けれど、春原くんはきっとはっきり断ることができない人で、だから諦めさせようとあんなふうにいろいろ尋ねてきたのだろうという考えは春原くんと付き合えることに舞い上がりすぎていたせいで考えもしなかったし、春原くんの本当の気持ちすらも考える余裕がなかった。
 とても根が真面目な春原くんのことだから、自分と言ったことは最後まで責任を持つ人であったし、私のこの気持ちはすぐにコロリと変化するだろう、そんなことを考えながら付き合ってくれていたのだと思う。付き合い始めてからそれに気付いた。

 気にならない、といえば嘘になる。春原くんの本当の気持ちのことだ。本当は、付き合い始めてから昂る気持ちが落ち着いた頃、それから普通に春原くんと過ごせていた時だって、春原くんが私のことをどういう風に思っているのか、いつ日か言われた「好きだよ」という言葉の本心は果たしてどうだったのか…なんてことが気にならなかったといえば嘘になる。それでも何か一言、春原くんにとって迷惑だと捉われる言葉を口にして別れようと切り出される言葉を耳にしたくなかった私は、いつまで経っても春原くんの本心を知ることなどできなかった。
 やがて、あれだけ告白した時に確認されたのに連絡が取れない日が続いてしまうと"春原くんは私のことを好きなのだろうか"という気持ちから、どうして私と付き合ってくれているのだろうか、無理しているのではないか、本当は他に女の子がいるのではないか、別れたいけれど中々口に出せずにいるのではないか−−などなど、あまり良くない考えが私の頭の中にぐるぐると回り続け、自分の心から浮き上がってくる悲しい気持ちに耐えきれなくなると、私は春原くんに別れを告げた。高校三年生の秋に、春原くんとの関係を解消したのだった。

 最初から最後まで、とても自分勝手なことだったと思う。なんだかんだ言って春原くんとの付き合いは二年以上続いていて、ほとんどが会える距離にいるのに遠距離のような形だったけれど、楽しい思い出ばかりだったことに変わりない。




「あ! なまえ! 久しぶり!」
「あれっ、百瀬くん?」

 そんな春原くん−−百瀬くんと高校三年生振りの再会を果たしたのは成人式だった。式が始まる直前、着席していた席をちょうど百瀬くんが通りかかって、声をかけられた。振り向きざまに「ああ、やっぱりそうだ」と中学生の頃から見ていたあの笑顔を向けられて思わず胸が弾んでしまった。覚えてくれていることとその笑顔を私に向けてくれたことが何よりも嬉しくて、成人式に参加するなら百瀬くん再会する可能性は高くて、別れた身として躊躇いを覚えていたくせに、ついつい私も頬を緩めてしまった。

「オレ、優也達と前の方に座るから、また後で!」

 優也とは、百瀬くんが中学の頃から仲良くしていた友達の名前だ。同じサッカー部に所属していて同じ高校に進学していたので今でもきっと仲が良いのだろう。高校生になって付き合っていた頃も百瀬くんはよく彼の名前を口にしていた。
 また後で、というのは式が終わった後に中学校での集合写真の時か夜の同窓会のことを指していたことはすぐにわかった。またそこで百瀬くんと会うのだ。ここに来る前に心に残っていた躊躇いはどこかに消えて、昔のように普通に接してくれている百瀬くんにとても安心してしまった。楽しみだけれど少し気が重かったという後者の考えは消え失せて、ただただこの成人式が楽しくて仕方がなかった。

 成人式ではいろんな同級生に出会った。中学校の同級生や高校の同級生、いろんな子に声を掛けられて充実した成人式を迎えられたのは、百瀬くんの存在があったからこそだった。あんなに消極的で友達も多く作れなかった私だけれど、中学を卒業して百瀬くんと付き合い始めたら明るい百瀬くんに影響されて、それなりに私も変わることができた。

「なまえ、可愛いんだからさ、もっとこう、明るくやってこうよ! 」

 付き合い始めて一度目のデートをした時に百瀬くんにそんなことを言われた。元の性格がある上に緊張しすぎて上手く百瀬くんと過ごすことができなくて、それを言われた時は傷付いてしまったのだけれど、家に帰って一晩経てば、恋とは便利なものでよしやってみようという気にすらなれた。そこまで明るくなれたわけではないけれど、ひょんなことから彼氏がいると百瀬くんの存在を口にしてみればクラスメイトの子に興味を持たれて、「××高校のサッカー部やってて…」と口にすればその高校に通う彼氏がいる子に一緒だと声をかけられて、彼女の周りの子達も仲良くなれた。勉強ばかりで忙しい日々を送りながら、テストが終われば息抜きに遊びにも誘われた。百瀬くんがいなかったら、こんなこと起こりはしなかった。なのに私は心の中でずっと百瀬くんの私に対する気持ちを考え始めてていて、今思えばとても複雑な心境の中を過ごしていたんだった。

「なまえはさ、もう帰んの? 二次会行く?」
「私、明日の朝に電車で神奈川に帰らないといけないから今日は帰るよ。百瀬くんは二次会行くの?」
「んー……いや、オレも帰るよ。帰り道一緒でしょ? 一緒に帰ろ」

 薄っすらと、どこか私に合わせてきてくれたような気がした。成人式が終わって、中学校の同窓会を終えて、帰宅か二次会行きかで話し合いをしている集団を眺めながら明日の予定の関係で帰ることを決めていた私は少し離れた場所で解散するのを待っていたんだけれど、私に気付いた百瀬くんは駆け寄ってそう問いかけてきた。

 断る理由もなくお酒の入った身体で百瀬くんと家路に着きながら、今日の成人式の話や同窓会の話で花を咲かせた。誰と誰が付き合ってて、誰かれが結婚して今年の何月に子供が生まれる予定でとか、そういう昔の話とその延長線の話で盛り上がった。

 百瀬くんに別れを告げたのは私の方だったけれど、未練が無かったといえば嘘になる。だからといってよりを戻したいとは思わなかった。自分なりに高校三年生のあの日に一区切りつけたことが大きかったのかもしれない。けれど、こうして一緒に歩いているだけで、やっぱり百瀬くんっていいなと素直に思えてしまうので少しだけ照れ臭かった。

「−−あそこの公園さ」
「え?」
「待ち合わせてよく使った公園。あそこに来てた女の子がめちゃくちゃ可愛かったなー」
「あ。覚えてるよ、百瀬くんよく追いかけっこして遊んでたよね」
「そそ。お父さんのこと大好きな子でさ、居なくなるといっつも泣いてるの」
「百瀬くんお母さんに気に入られてて、お父さんが仕事に行く時にいつも相手してたよね。結局、泣かれちゃってたけど」
「なんでだろうね。笑ってたのにさ、いきなり泣いちゃって。やっぱお父さんじゃないとダメだったのかな」
「百瀬くん、それでよく落ち込んでたよね。あはは」

 一つ、公園を通りがかった時に百瀬くんはその話を口にした。この公園はお互いの家の間にあったからいつも待ち合わせに使っていた場所で、高校一年生の夏休みにこの場所に来た時に、先に来ていた百瀬くんはこの辺りに住んでいる家族の子供の4歳くらいの女の子と遊んでいた。いつもお父さんとお母さんの三人でこの公園に遊びに来ていた女の子のお父さんはどうやら午後から仕事に行く人のようで、家族水入らずで遊んだ後に仕事に行くという日課を行っていたそうだ。お父さんが居なくなると女の子は大声で泣き叫んで連れて行ってくれと悲願しながら困り顏の母親に抱きかかえられていたけれど、百瀬くんはそんな子の慰め役として相手をしていたようだった。結局、私が口にした通りしばらくするとまたお父さんが恋しくなったのか泣き出して、手のつけようがなかったのだけれど。

「あと、あそこのコンビニ。なまえ、いっつもガリガリくんの当たりくじ引いてた!」
「今でもそういうくじ運だけはいいんだよ。その気になって宝くじ買ってみたりしたけどそっちは全然当たらなかったの」
「けど、なまえが当たりくじ引いてくれるから無条件でオレもアイス食べれたの。ごちそうさまでした」

 百瀬くんは、続けてまた私との思い出話を一つこぼした。公園のすぐ側のコンビニで暑い夏によく立ち寄ってアイスを買っていたんだけど、私はいつもアイスの当たりくじを引いていて、いつも百瀬くんがすごいすごいと興奮していた。いつの日か「なまえはアイス食べると絶対当ててくれる!」と言い出して、私が先に食べ終えたアイス棒を引き換えに百瀬くんがアイスを食べてた。その当たり運も今でも変わらず、私はアイスや駄菓子だって当たりくじを毎度のように引いている。

「んで、あの道は大通りに出る近道!」
「行き止まりかもしれないって探索したりしたよね」
「突き当たりの書店で立ち読みしたりさー」
「何もすることないとき時間つぶしたりしたね」
「ちゃんと覚えてくれてんじゃん!」
「忘れるわけないよ、すごく、楽しかったから」

 百瀬くんが思い出一つ一つを語るたび私の中に百瀬くんとの思い出がよみがえって、そして、視界がぼやけるのにはそう時間はかからなかった。

「え! あっ、ごめん! 泣かせるつもりはなかったんだ」
「平気、ごめん、大丈夫……」
「なまえ」
「違うの、ごめんなさい、本当に、これは」

 足を止めたら、ぽとりと目元から涙が流れ落ちた。懐かしい思い出ばかりが詰まった話に思わず涙が零れ落ちてしまって慌てて拭おうとすると、それよりも先に百瀬くんが焦ったように口を開いていた。誤魔化すように一つ笑って顔を上げてみたけれど、目の前にはちょっとだけ悲しさで顔を歪ませた百瀬くんの顔があって、心配かけないように必死に何かしらの言葉をかけようとしていたのに忘れてしまった。

「……なまえ」
「うん」
「本当、ごめん」
「あはは、なんで百瀬くんが謝るの」

 私が、勝手に泣いているだけなのに。思わず声が震えてしまって下唇をつい噛んでしまうと、溜まっていた唾液の存在を感じた。体温が上がっているのかじんわりと生ぬるい気がするし、知らず識らずのうちに涙を唇に含んでしまったのかしょっぱさも感じた。

「泣かせるつもりはなかったっていうのは、嘘なんだ」
「うん……。 え?」

 百瀬くんの一言に驚いて顔を上げてみるものの、酔いのせいか涙で潤んだ視界のせいか百瀬くんの表情は変わらずへにゃりと歪んでいて、何が現実なのかもわからなくなる。

「ごめん、やっぱ、忘れられてないのはオレだけなのかなって思ったら意地悪したくなっちゃって。なまえに振られて諦められたつもりだったんだけど、今日、久しぶりになまえに会ったらそうもいかなくなっちゃった」

 言葉を失うとはまさにこのことで、百瀬くんの言葉に息を飲むことしかできなかった。忘れられてない? 別れてから二年経ってるのに、私との思い出を、私のことを、私が一方的に好きでいた百瀬くんが覚えてくれていたことに驚きと嬉しさで胸が苦しくなりそうだ。

 百瀬くんのことは確かに好きだった。百瀬くんの本当の気持ちがわからないまま付き合い始めて、百瀬くんの気持ちを聞けずに勝手に落ち込んで疑心暗鬼に陥って、結局最後に別れを告げたのは私の方だった。あの気持ちから逃げるように自分勝手な別れ方をしてしまったけれど、数年越しに百瀬くんの本心が見えてしまったような気がして、百瀬くんのことを思うと胸が苦しくなってしまったのだ。

「オレさ。なまえと付き合ってる時に、言わなきゃって思ってたのに言えなかったことがあるんだ」

 身体に緊張が走った。なんとなく、誰かに好きだと告白される時はこんなふうに身体に緊張が走るんだろうなと、こんな場面で考えなくてもいいようなことをふっと頭に過ぎらせた。

 おそらく10秒くらいの沈黙だったけれど、体感からすれば1、2分の沈黙に感じられた。百瀬くんは「言えなかったことがある」と口にした言葉の先をなかなか出さなかった。百瀬くんが何を言おうとしているのかはわからなかったけれど、この沈黙を消すことは許されないことのような気がして、私はただ待つことしかできなかった。その間、視線を逸らすことだってできなかった。

 やがて百瀬くんは意を決したように一つ、少し大きめの深呼吸をして口を開いた。

「まず一つ目」
「あ、一つじゃないんだ?」
「何個かあります。っていうか、せっかく覚悟決めたオレにそういうこと言っちゃう!?」
「一つだけだと思ってたからつい。あはは」
「なまえ、酔ってんでしょ。明日になったら忘れてるよ」
「そんなこと……内容によるかもしれないけど」
「はは、なんだよそれ」

 ピリっとした緊張が走るあの空気を壊してしまったのは私の方だったけれど、百瀬くんはパシンパシンと2度自分の頬を叩いてすぐに切り替えた。また最初から、私に言い聞かせるようにゆっくり口を開く。

「オレさ、なまえと付き合ってる時にどうしても言い出せないことがあって。一つ二つじゃなくて、そりゃいっぱい。なまえに嫌われたくなくて、ずっと隠してたこともあって、謝りたいこともたくさん」
「うん、うん」
「オレ、なまえのことめちゃくちゃ好きだったよ」

 もう2度とこの空気を壊さないように、けれど気まずい空気に変わらないように百瀬くんが語りかける言葉一つ一つに丁寧に相槌を打った、けれど。「めちゃくちゃ好きだった」という言葉につい頷くことを忘れてしまって、深呼吸の合図みたいに代わりにすうっと息を吸い込んでしまった。

「あの時のオレ、なまえのことちゃんと好きだった。これだけは伝えなきゃって思ってた! だけどさ、誰かと付き合ったの初めてだったし、なまえとのメール返すのも緊張と恥ずかしさで全っ然文字打てなくてさ。結局、ベッドの上で一時間くらい奮闘して寝てんの。メールの返事できないまま朝になって、また同じことして、学校行ってのループ。だから、マメに連絡できなくてごめんってこと謝りたかった」

 私は、そこまで好きじゃなかったから連絡をするのが面倒で連絡がとれてもなかなか続かないのだと思っていた。百瀬くんが私のことをどう思っているのかわからずじまいで、自分にとっていいような考えを想像することは何度もあったけれど、結局は私の想像でしかなくて、実際どうなのかわからないままとなると虚しい気持ちに変わり果てるので途中からはそれが百瀬くんにとっての普通だと割り切っていたのだけれど。
 はじめて百瀬くんが口にした本音が、私の中でわからずじまいだった空白の場所にパズルのピースがはめ込まれるように埋まっていく。

「次! オレ、高校三年の秋にさ。ちょうどなまえに振られる前、全国大会の直前に怪我しちゃって、サッカーできなかったんだよ」
「え……」
「めちゃくちゃ悔しくてさ、どうしたらいいのかわかんなくて」
「ごめん、私、そんなこと知らなくて、あんなこと」
「謝んないでよ! 言わなかったのオレの方だし!」
「百瀬くん」
「あの時のオレ、親にも姉ちゃんにもそういうところ見せらんなくて、話聞いてもらえるのなまえしか思いつかなかったんだけど、そういうだらしないところ見せられなかったからずっと黙ってた」

 その話は寝耳に水だ。思いもよらない百瀬くんの告白に自責がこみ上げて足がすくんでしまいそうになった。「言わなかったオレが悪いんだから気にしないで!」と百瀬くんは言っていたけれど、百瀬くんがそうできなかったのは私のせいでもあった、と思ってしまった。

「百瀬くん、本当、ごめん」
「もう、なまえ! 謝んなくていいって言ってるでしょ」
「でも、だってさ」
「別に責めたかったわけじゃないんだよ」

 百瀬くんは私がそう思うことを簡単に想像できていたようで何度もフォローを交えてくれたんだけど「そうなるから言わない方が良いのかもしれないって思ってたんだけど、やっぱり聞いてほしかった、意地悪な気持ち無しで!」と笑い事のように吹き飛ばした。

「はい、じゃ、最後! 本当は中学の頃、オレもなまえのこと好きで、告白先に越されちゃったってこと」
「−−え?」
「顔もそうなんだけど、雰囲気がタイプでした、にゃはは。なまえ、頭良かったし、進学校行くのわかってたから。オレが付き合って下さいって言ったって迷惑なだけだと思ってずっと言わなかったんだ」
「も、百瀬くん……」
「なまえに告白された時夢みたいでさ、思わず何回も確認しちゃったよ。オレで大丈夫?みたいな。会えないし、めちゃくちゃ緊張してメールも電話すらできないっていうのオレは目に見えてたから」
「私、百瀬くんが、ずっと私に気を遣って付き合ってくれてるんだと思ってた……」
「逆、逆! オレの方が気を遣ってもらってたでしょ!? なまえ、言い出したことは責任持つタイプの子だから、オレと付き合って合わなくたって必死に合わせようとしてくれてたでしょ!?」
「それこそ逆だよ! 私、百瀬くんに迷惑かけないようにって、していただけで……」

 驚きと嬉しさで言葉が上手く出てこない。私だってたくさん言いたいことがあるはずなのに、百瀬くんの気持ちがはっきりとわかった瞬間から、ついさっきまでの感情が一斉に私に襲いかかって嵐のように沸き立った。

「オレ、今、めちゃくちゃ憧れてる人と一緒にアイドル目指そうとしてるんだ」
「えっ、アイドル?」
「そそ。歌って踊るの。意外でしょ」
「ううーん、でも、ちょっと想像できるかも。でもどうして? 百瀬くん、体育の先生になるんだって言ってなかった?」
「そのつもりだったよ。大学入ってからもそうなるんだろうってオレも思ってたんだけど。いろいろあって大学辞めてさ、今、アイドル目指して修行中の身! その人の夢を叶えてあげたくて、いつかテレビに映れるようなアイドルになりたいって思ってる」
「うん」
「でもさ、アイドルって恋愛とかタブーじゃん!? だから、吹っ切れようと思ったんだけど……なまえと一緒にいたら、ダメだって分かってんのに、そういうのどっか行っちゃって……」

 百瀬くんは珍しく顎を擦りながら、顔を背けて、もごもごと小声になりながら話していく。最後の方は上手く聞き取れたか聞き取れないかくらいで、つい百瀬くんの方に首を傾けてしまった。刹那、百瀬くんはがばっとこちらを振り向いて声を上げた。

「なまえ、もう一度、オレと、やり直してくれませんかっ……!?」

 百瀬くんの声を聞き取ろうとして身体を傾けた瞬間に勢い良く振り向かれたことと、まさかの言葉に二重に驚いてしまった。この数秒の間に何が起こったのか一瞬わからなくなってしまって、それなのにどこかにいた冷静な私は、呆気にとられたままぽかんと口を開いて声がこぼれた。

「えっ、でも、アイドルって、付き合ってることバレたらいけないんでしょ?」
「ま、まぁ、極力……」
「大丈夫なのかな?」
「いや、わかんないけど……。それにオレ、もうすぐ都心で暮らす予定なんだよね、一応デビューも控えてるから会える時間少ないかも……」
「ねぇ、待って。なんでやり直そうって言ってくれたのに、いきなり弱気になってこの話は無しみたいな方向になりそうなの?」
「なんか、なまえの冷静っぷり見てたら不安になっちゃって。けど言いたいこと言えたし、連絡もきっと頻繁にできるようになるかもしれないし、それに……」
「あはは、なにそれ。大丈夫だよ、もういいよ。今の百瀬くんと私なら、きっと大丈夫だよね」

 昔の私たちはお互いに言いたいことを言えないまま、お互い勘違いをしながら過ごしてきたようだけれど、離れて二年経った今、本音を吐き出しながらまた傍にいたいと思えたのは事実で、好きな人の夢を追う姿を近くで見られるという未来のことを考えると楽しくてしかたがなかった。だから今の百瀬くんと私なら大丈夫だと、どこかに確信があった。

「いや、うん。大丈夫だとは思うんだけど……本当にいいの?」
「いいよ、当たり前だよ。百瀬くん、ありがとう。またよろしくね」
「う、うん。よろしくお願いします」
「明日になったら、また好きだって言ってね」

 照れ臭い、いかにもそういった様子の百瀬くんの姿は始めてみた気がする。付き合っていた期間と別れてからの期間は五分五分くらいだったけれど、離れていた空白の時間を埋めるくらいの思い出をまた百瀬くんと作りたい。そう願った先で、どちらからともなく手が触れ合って、繋いだ指先はお酒も入っているせいかやけに熱く感じた。








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