テレビに映る見知ったバカ面





※下品です


 やっと午前中から夕方まで長引いてた仕事が終わった。……あの女優、顔がよくて周囲の人間にはちやほやされたいがために猫を被って仕事をしているからお偉いさんたちに気に入られやすいんだよな〜、それなのに自分の仕事に影響が及ばない人間には態度が悪いから疲れるんだよ。と、運悪く裏の顔がある彼女のCM撮影のスタイリストに当たってしまったうえ、安定の長時間労働に心の中で文句を零しながら、次のバラエティ番組の収録現場へと向かった。
 CM撮影はおかしなタレントに当たらずとも長時間労働が基本だ、今日のスケジュールはCMの現場に加え、夜のバラエティ番組の収録の二本立て。アシスタントを卒業したばかりのペーペー状態の私は、アシスタント時代と変わらずまだ仕事が安定することなく過酷な労働環境の日々を送っていた。けれど、まだ営業を完璧にこなせない程度の私は、せっかく掛かった仕事のお声が途切れることがないよう引き受けるしかない。
 とはいえ、CM撮影の日にまた別の仕事が入ることは正直断ってしまいたかったが、声を掛けてくれたのが小鳥遊プロダクションさんだったから引き受けてしまった。

 小鳥遊プロダクションさんは、アシスタントの頃からよくお声を掛けてくださるありがたい芸能事務所だった。IDOLiSH7のメンバーもマネージャーさんも良い人で、「この仕事は是非みょうじさんにお願いしたいと、みんなで相談して決めさせていただきました!」とまで言ってくれるほど何故か気に入られているらしい。喜ばしいことだ、私がアシスタントを卒業したことを報告した際にはIDOLiSH7の人たちもマネージャーさんも自分たちのことのように喜んでくれたし、お祝いもいただいてしまったのだ。
 そのくらい親しい間柄となっているIDOLiSH7との仕事の大半は、メンバー全員が揃う現場というよりかは個人や派生ユニットのみで出演する番組に駆り出される方が多かった。今日は、二階堂大和くんがドラマの告知で出演するバラエティ番組のスタイリストを担当することになった。

「大和さん、挨拶に行けなくてすみませんでした。今日はよろしくお願いしますね」
「ああ、どうも。こちらこそ、今日もよろしくお願いします」

 収録の本番まであと数分。休憩時間は移動時間で削られるというギチギチのスケジュールの中、楽屋への挨拶にも行けず直接スタジオ内に入ると、そこには既にスタジオ入りしている大和くんの姿が。彼は番組中盤にゲストとして出演する予定なので収録はもう少し後になる予定だけど、出番が来るまで邪魔にならないようスタジオの隅で台本を読んで暇つぶしをしていたようだった。
 彼の存在に気付いて駆け足で近付き挨拶を交える。早入りしている姿に驚いているのが顔に出てしまっていたのか、大和くんは楽屋で面倒な来客があったらしく逃げてきたのだと軽い説明をしてくれた。

「お姉さん。おねーさん、ちょっとちょっと……あ、他にも挨拶回り?」
「小鳥遊さんにもご挨拶をと思って」
「マネージャーなら、別件で収録時間中は抜けるってさ」
「あ、そうなんだ。じゃあ、帰りに挨拶させてもらおっと。 それで、なんですか?」
「あのさ、ちょっとお姉さんに訊きたいことがあるんだけど」

 大和くんは、彼から少し離れて周りを見回していた私を呼び止めた。今回も声を掛けてくれた小鳥遊さんにも挨拶をしたかったところだけど、どうやら抜けてしまっているらしい。他のスタッフにはスタジオに入ってから通り過ぎざまに軽い挨拶を済ませたので他に用事はなく、呼び止めてきた大和くんの傍に戻って首を傾げた。

「おまえさんたち、これ、何してんの?」

 自然と彼の隣に来るよう促され、そこに立つとスマホの画面を見せられた。
 左手に持った横向きのスマホは画面の下半分が彼の右手によって隠されているけれど、画面の上部には……どこか室内から撮られたものだろうか。その場所の窓越しに私とナギくんの姿が映っていた、なぜか顔にモザイクがされてある。モザイクが施されていても自分の姿であることはわかったし、ナギくんに至っては見るからに外国人の風貌。それにこの組み合わせだ、どこからどう見ても私たちでしかなく、この姿を否定することはなかった。
 というより、大和くんもこの姿を私たちだと確信しているような口ぶりだ。

「確かに私とナギくんだけど……これ、いつのだろ」

 そこにいた私たちは硝子の向こうで向かい合わせに何やら話している様子だ。若干、ナギくんが項垂れているようにも見えなくはない。このシーンだけでは一体どこで何をしていたところなのかは記憶を辿っても思い出すことができず、私は顔を上げて大和くんに告げた。

「これなに? もっと他に写真ないの?」

 すると、大和くんは眉をピクリと動かして言った。

「えー……実はこれ、ちょっとよろしくない写真でさ」
「よろしくない写真!? 週刊誌とか!?」
「いや、そういうわけじゃないんですけど。声大きいですって。あー……ほら、なんつーの。動画なんだけど」
「動画? それなら全部見せてよ」

 自分から話を引っ掛けてきたくせに嫌そうな表情を見せる大和くん。私は彼の手からスマホを奪い取ろうとすると、ひょいと避けられてしまった。そして「いや〜、これ、お兄さんセクハラになるんじゃないかって思うんだけど……」と口ごもりながら何やらボソボソと呟いている。それに対して私は「セクハラ……?」と、意味のわからない言葉に眉間に皺が寄った。

「大丈夫ですよ。私がセクハラって思わなかったらセクハラになりませんし」
「……エロビデオなんすよ」
「は?」

 眼鏡を上げながら大和くんは言いづらそうに口を開いた。エロビデオ。突っ込みどころしかない。なぜ私とナギくんがエロビデオに出ているんだ。
 理解が追いつかないけれど、ここまで来たのなら真実を知りたいと思った私はそれでもいいからと大和くんに向けた。そうすると大和くんはスッと隠していた画面の下半分から手を退けてくれた、が。

「あわわ……っ」
「だから言ったじゃないですか」

 手が退けられた画面には、ドアップで致している全裸の男女の姿が映し出された。動揺を隠せず思わず声を上げてしまうと、大和くんが小さなため息を吐いてしまったので、私はそれ以上の言葉を飲み込んだ。
 全裸の男女の姿をよく見てみると、結合部にはモザイクが掛かっているので別に問題のないちゃんとしたエロビデオのようだ。さらに画面の下を見れば一時停止のボタンが表示されてあるので、もし動画を再生してしまうと……仕事中に見るようなものではない映像が流れてしまうのだろう。一体どこに注目しているのだと思われてしまうかもしれないが、とりあえず私は画面の中に映っている部屋の様子に注意を向けた。

 画面には絶賛交尾中の男女の姿があるけれど、この人たちが致しているのは部屋の隅から隅までの一面に大窓が貼られている一室のようで、窓の外−−私たちが佇んでいるところは広い歩道だろうか。後ろには街路樹があって、その向こうに車が写り込んでいる。この謎のセックス部屋は広い歩道のどこかにあったらしい。そこになぜか私とナギくんが映り込んでいて、思い切り致しているのが丸見えの真ん前に立っていた。これが普通のご家庭で撮られたものだとしたら、カーテンもなく大窓から外が丸見えな状態。きっと外側からも中が丸見えの状態のはずで、それはとんでもないことだ。おまけに真昼間だなんて。

「はぁ……。これだけだと、思い当たる節がないなぁ……」
「じゃあちょっと……あんたとナギが一緒に出てきたところから見てみます?」
「エロビデオ再生するってこと?」
「あんまエロビデオって言わないでくださいよ」
「だって本当のことじゃん……」
「それはそうなんですけど」
「まぁいいよ。再生お願いします」

 言っておくけど、場所が場所なので周りに聞こえないように小声でコソコソと話している。私がそう告げれば、大和くんはエロビデオの再生部分を指でタップし、左にスライドして動画を巻き戻した。全裸の男女はしばらくこの状態で行為を続けていたのか、巻き戻しているはずなのに男の方が巻き戻しの速度に合わせてすごい勢いで腰を打ち付けているから一瞬笑ってしまいそうになる。けれど、その間に私とナギくんは後ろ歩きの状態で画面右上の端へ消えていった。

「じゃあ再生しますよ」
「うん」
『−−あぁん、あん、あん!』
「あっ、やべ!」
「え゛っ、ゲホッ、げほげほっ」
「あはは……すんません、そうだ、音出るんだった」

 頷いた直後に再生してもらった画面から、女の人の喘ぎ声がそこそこ大きめの音量で流れたので心臓が跳ね上がり、瞬時に咳き込んだ振りをして周りの目を誤魔化した。驚いたのは大和くんも同じだったようで、咄嗟に動画を止めて「いや、マジですいません。これ、マナーモードにしてても勝手に動画の音流れるんですよ」と言いながら音量ボタンを長押しして消音していたけれど、普段は……大音量で……と思ってしまった私は冷めた目で彼を見てしまった。その視線に気付いたのか、大和くんは「違いますって! 電話来たとき気付かないんですよ」と少し慌てた様子で弁解していた。

 無音になったのを確認した後、もう一度動画を再生。無音状態で正常位のまま行為をしている男女の姿が気になって仕方無かったけれど、それからすぐに主役の私とナギくんが画面右上の端から登場した。何か小さなものを大事そうに両手でつまみ顔元に寄せながらよたよたとした足取りのナギくんと、そんな彼を見上げながら隣で歩く私の姿。
 画面に映っている私はよたよた歩きのナギくんに話しかけているようで、数秒後、辺りをキョロキョロ見渡して−−こっちを見た。何かに気付いて、画面の右上から斜めの方向にこちらに駆け寄ってきて、致している男女を指差しながらナギくんを振り返り、片方の手でナギくんを手招きしていた。
 私が指を指している方向を見たナギくんは「Oh……!」と声を出していそうな雰囲気を見せたけれど、結局手にしていた“銀色の袋に入った何か”を見つめ直して、肩を落としていた。二人して思い切りセックスしている男女を見ているような気もするけど、ナギくんは見覚えのある背負っていた大きなバッグを下ろして、その中から彼の手のひらサイズの人形を取り出した。……人形?

 −−あ。






 −−あれは、三ヶ月前の話だ。

 私は元々IDOLiSH7のメンバーとは仲が良かったけれど、六弥ナギくんとはオタク友達の仲にまで発展していたので、三ヶ月前、少し前から計画を立てて多忙で数少ない貴重なオフの日を合わせ、抽選券を勝ち取って二人の共通する好きなアニメである『まじかる☆ここな』の限定コラボカフェに参戦することにしたのだ。ナギくんとそこでしか手に入らない限定グッズを手に入れようと決め、前夜から何も食べず胃の中を空っぽにした状態で戦場に向かい、コラボ料理をたらふく食べ、コラボドリンクもお腹がたぷたぷになるまで飲みまくり、ランダムで配られるコラボグッズをそれなりの数を手に入れ、帰り際にブラインド商品のラバストとキーホルダーを上限まで買い占めたあの日のことだ。

「ヘイ、ガール! 本日は勝負の時ですね!」

 その日、待ち合わせ場所に現れたナギくんは大きなバッグを背中に背負っていて、私はその姿に呆気にとられたものだ。「そのバッグ、どうしたの?」と訊ねると「勝負バッグです。アンド、ここなも連れてきました!」と言って、バッグを下ろしてここなのタオルやうちわが詰まったバッグの中を漁り、そこに埋もれていた小さいここなのぬいぐるみを取り出しては私に見せてきた。「ここな、我に神のご加護を!」と宙に掲げながら祈りを捧げるナギくんに、うわ、すごい、本気なんだ……と思ったのを覚えている。

 ナギくんがこうなった理由は、このときのイベントのブラインド商品の限定グッズは、シークレットの出る確率がかなりエグいと巷で話題だったからだ。とくにキーホルダーはSNSを見ても引いてる人がかなり少なく、何日もカフェに通って上限まで買い占めてやっと一つ出たというレベルらしい。
 ナギくんはここなのグッズを全て集めているオタクなので、どうしてもそれを手に入れたかったという彼の本気度を伺いつつ、カフェの終わりに座り込んでも邪魔にならない広場で大量に買い込んだブラインド商品の開封の儀式を行った。ナギくんが背負っていた大きなバッグに入っている持ち寄せたここなのグッズを一つずつ並べていって、彼女たちに見守られながら開封していったけど……。

「確率、エグいって」
「Oh……」

 一つ一つここな神に祈りながら開封するナギくんとは違い比較的早いペースで開封していた私は、ナギくんより先に出た結果を見てため息を吐いた。五種類+シークレット一種類のラバストもキーホルダーも、シークレットなんてものは出てこなかったし、開封した数の半分が一種類で占められていたりと偏りがひどすぎる。シークレットどころの話じゃない、この結果を見て、まだ半分以上残っているナギくんも肩を落としていた。
 私の開封結果を見てからというもの、二人の間にはただならぬ空気が流れはじめ、ナギくんの開封するペースは落ち、ナギくんの手から出てくるラバストは私同様、偏りが激しくなり全敗、そのままお通夜ムードに突入。遠足気分で参戦して楽しかったはずのコラボカフェが最悪なものと化してしまう前に、私は立ち上がった。

「ナギくん、一旦止めよう」
「ノー。嫌です……」
「意地にならないでよ。あと何個?」
「ワン、ツー、スリー……、……残り、7つですね」
「よしわかった。とりあえず空気を入れ替えよ。場所変えよう、場所」
「……わかりました」

 ナギくんは未開封の銀色の袋を名残惜しそうに手にしながらポケットに押し込み、渋々といった様子で広げていたここなグッズを大きなバッグの中にしまい込んだ。生気を失っているとでも言ったらいいのか、肩を落としながら立ち上がったナギくんを見て、私は広場の外へと足を進めた。
 普段は私の歩幅に合わせて歩いてくれるナギくんはどこへ行ったのやら、今はよたよたと歩いていて、私がナギくんのスピードに合わせて歩く始末だ。まるで犬の散歩のように、ナギくんの数メートル先を歩いては、振り返って彼が近付いて来るのを待つ。ナギくんはその間も辛抱ならないのか未開封の封を切ってキーホルダーの中身を取り出していて、「ちょっと、ナギくん!」と私が声を上げる前より先にナギくんが肩を落とす、続けて深いため息を吐きながら「ここな……ベリープリティーです」と呟いているので、ハズレではないけれど、シークレットではなかったようだ。その行動が3回続いた。
 さすがにこの歩行速度で人通りの多い道を歩くわけにもいかず、進路を変更して、人通りの少ない道を歩くことに決めた。ぽつぽつと歩いている人はいるけれど、ぞろぞろと人の波が行き交う中心部に比べればいきなり立ち止まったり歩くスピードを落としても邪魔にはならないだろう。

 私はきっと、この状況に少し呆れていたのかもしれない。普段はレディーファーストはもちろん周りの空気を変えてくれるような紳士的なナギくんだけど、前に三月くんたちが、彼はここなの話になるとちょっとおかしくなることがあると話していたことを思い出した。「オタク友達なのはいいけど、あんま無理しないでくださいよ」と三月くんに警告されていたけれど、まさかここに来てこんな彼の一面を見ることになろうとは。ハーァ……とナギくんを背に深いため息を吐いて、またナギくんを振り返る。よたよたとした足取りで隣に立つナギくんを見上げながら「大丈夫?」とか「元気出してよー」とか必死に声を掛けながら、今すぐにでも膝から崩れ落ちてしまいそうなナギくんのことを励ましたけど、らちが明かなかった。
 そして、どこかに座って少し息抜きをしよう……と辺りを見渡した。そこで目に付いたのは、数メートル先にあるキッチンカーのような、小さな建物のような、とりあえずそれっぽい何かの窓硝子の上にぶらさがっていたナギくんが好きそうなアニメキャラクターが写っているポスターを発見したのだ。

「ねえねえナギくん、あれ見て。なんか可愛い女の子いるよ!」
「What? ……Oh!」

 指をさした方向にあるポスターを視界に捉えたナギくんは、案の定興味を示してくれたのか手招きした私の元へ寄ってきてくれた。途中、手にしていた銀袋を見て肩を落としていたりもしたけれど。

「ちょっと休憩しよ。あと何個残ってるんだっけ?」
「ラスト1個です……」
「いつの間に!?」

 いつの間にか、7個残っていたはずのものをラスト1個まで開封していたらしい。この様子を見れば一目瞭然だったけどシークレットが出ることはなく、これが最後の1個だと大事そうに銀袋を摘んでいた。

「なまえサン! ワタシ、ここで勝負に出たいと思います!」

 しかしナギくんは表情を一転させ、それを宙に掲げながらそう言って、意を決したのか背負っていた大きなバッグを肩から下ろし、中からガサゴソ漁ってカフェでも一緒だったここなのぬいぐるみを取り出した。「神はまだ、ワタシを見捨ててはいないと思うのです!」とここなをこちらに向けて、ここなが私に語りかける。オタク特有の情緒不安定さにこっちが不安になってしまうけれど、元気を取り戻してくれたならそれでいい。頑張ってナギくん!と拳を握って頑張るポーズでジェスチャーを送ると、ナギくんは最後の1個を見つめた。

「カムカムカム……! シークレット・ここな……! 数多の女性に見守られながら、ワタシは泣いても笑っても、これが最後です!」

 ナギくんが最後の1個の封をベリベリと剥がしていく瞬間はまさに緊張の一瞬だった。二人でごくりと息を飲みながら、封を切った後に恐る恐る中身を引き抜く。中から出てきたキーホルダーを見て、ナギくんは立ち上がって叫んだ。

「オ〜〜マイガッ〜〜ッッッッ!!」






「−−これ、あれだよ、あれ! 前にナギくんとコラボカフェに行ったときに、め〜〜っちゃ確率の低いシークレットを引き当てたときのやつ!」

 そうだそうだ、あの時のやつだ! あの時のことを思い出すと同時に、あの時の感動の瞬間を思い出した私はスマホの画面を指差しながらはしゃぎ口調で大和くんに説明した。
 あれさーすごかったんだよー50個くらい買ったのに最後の最後で目当てのシークレットが出たの!意味わかんなくない?こりゃ公式もプチ炎上しちゃうよ〜〜でもすごくない!?最後の最後で引き当てたんだよ!?
 と、興奮を交えて話していると、大和くんは「もう、最悪ですよ」とため息を零した。

 私が喋り尽くしている間にも、画面の中では男女がまぐわい続けていているし、奥に映っている私とナギくんは両手を挙げて喜んでいた。

『やったね、ナギくん!』
『ハイ、センキューです! アナタのような美しい女性に見守られていたお陰でしょうか』

 と目をキラキラと輝かせているナギくんと私の会話が完璧なまでに脳内で再生された。実際、あの後にこういうやり取りをしていたからなんだけど。
 私たちがこうして盛り上がってる間に手前の男女の結合が一度解かれた。横たわっていた女性が立ち上がって、窓側に身体を向けて−−私たちを見下ろす体勢になる。そのまま男の人が女の人を後ろから……。

「これ、最低最悪すぎて面白すぎじゃないですか? すごい……その、抜ける場所なんですよココは」

 俗に言う、立ちバックを私たちの目の前で披露してくれていた。後から聞いた話、この企画モノのエロビデオは通行人に見られているように感じて羞恥心を煽られて興奮しながらおっぱじめている姿を見るのが見どころらしく、こうやって恥ずかしながらも外の人に見せつける立ちバックシーンが、大和くん曰く抜ける場面らしい。
 たぶん、私たちはこのタイミングで鏡のように反射している自分たちを見ていたんだと思う。鏡に映ったシークレットここなのキーホルダーを、夢じゃないんだ!みたいなノリで鏡に映しながら遊んでいたのだ。内側から見れば私たちは真正面に結合部を思い切り見せつけられているという図なのに。
 これは見知った人間である自分たちだから意識がそっちに向いてしまって面白みを感じているのかもしれないけど、音声が無くても目の前にいる私たちに気付いている女優さんが「ちょ、ちょっとまって、フフッ」と笑っていそうな様子が、女優さんの横顔画面アップから伝わってきてしまった。しかも、私たちの存在に気付いているカメラマンが映り込ませまいと女優をアップで映したり、やたらカメラが切り替えられているにも関わらず、目の前にいる私たちはちょうどよく見切れた姿で登場しているもんだから恥ずかしいったらありゃしない。

「ほんと、どうしてくれるんですか。楽しみにしてたんですよ、これの新作」
「そんなこと言われてもな〜……っていうか、大和くんはこういうのが好きなんだ」
「好きですね、こういう企画ものは。あと女優さんも好きで」
「へぇ〜……」
「一度くらいはお相手してもらいなー、なんて思ってたり?」
「……アイドルがなにを言っているのか」
「いやいや。男の夢でしょ。言うだけならタダですって。 ……、そんな顔しないでくださいよ」

 冗談なのか冗談じゃないのか。いや半分は本気なのかもしれないけど、大和くんの発言に呆れて黙り込んでしまった私は、アイドルらしからぬ発言についつい冷ややかな視線を送ってしまう。
 スタジオの隅で二人してエロビデオを見てしまっていたけれど、この手の話題がある意味で盛り上がってひとまず落ち着くとお開きっぽいムードが漂いはじめ、大和くんが開いていたエロビデオのページを閉じた。この動画はちゃんとしたエロサイトの購入履歴画面から再生していたようで、ページが閉じられた瞬間に出てきた画面いっぱいにズラーっと並ぶエロビデオの一覧に思わず「げっ」と声が飛び出た。「ああ、すんません」とケラケラ笑いながらすぐに画面を閉じた大和くんは確信犯のようだ、とんだセクハラだと思った。それよりも、一瞬しか見えなかったけれど似たようなパッケージと、その中に点々とテカテカ光った大きなお尻が突き出たパッケージがバッチリ見えてしまったのでセクハラされたことよりもむしろそっちに引いてしまった。うわ、知りたくなかった。性癖みたいなそういうの……。

「あとこれ、評価悪いんですよ。誰かさんたちのせいで」
「私たちのせいにしないでほしいなー」
「世間一般のレビュー、気が向いたら見といてくださいよ。それも面白かったんで」

 大和くんがスマホを閉じてズボンのポケットにしまって立ち上がった。立ち上がって、大和くんが顔を上げた先ではプロデューサーが「二階堂大和さーん、そろそろスタンバイお願いしまーす」とスタジオセットの前で手を挙げていて、私たちがあんなことをしている間に、どうやら大和くんの番が回ってきたらしい。
 「行きますかー」と彼の声掛けと共に私もセット内に入り「じゃ、今日もよろしくお願いしますね」なんて挨拶を交わす。なんのトラブルも発生しなければ、本番開始の合図と共に10分は中断なしのぶっ続けの収録となる。

 いざ収録が始まると、大和くんの言葉が気になった私は、背中を向けてこっそりスマホを開いた。そしてこっそり検索を掛け、さっき見ていたエロビデオを探し出す。あったあった、さっき見てたやつはこれだ、と商品ページを開いて平均評価の欄を見ると、評価は3点以下だった。

 "他の方も記載されているが、後ろのギャラリーが気になって仕方がなかった。"

 レビューを覗いて真っ先に飛び込んできたのは、最新の書き込みの一行目の部分。この人は評価を3点しか付けていなくて『女優は良かったのにギャラリーが残念すぎる』と私たちに物申していた。見ず知らずの人にこんなふうに言われて胸が痛んでしまいそうになるけれど、気になってしまうので過去のレビューも遡る。遡った先には『なぜお蔵入りしなかったのでしょう?』『スタッフは何やってんの?退かせよ。台無し!』『後ろ気になりすぎて集中できんかったワロタ』等々、ギャラリーである私たちに不満爆発だったらしい。
 ちなみに、一部の人たちには面白いとネタにされて掲示板のまとめサイトにも取り上げられたと後日大和くんに言われたけど、私は勇気がなくてこれ以上の他人の感想を見ることはできなかった。

 疲れもあったけどなんだかんだ楽しかったあの日のナギくんとのデートは、三ヶ月後の今日、後日談として幕を閉じた。お互いに時間が取れず、あの日のように遊びに行くことはまだできないでいるけれど、次に遊ぶときはこんな目に遭うことがどうかありませんように。








「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -