幸福な降伏(22)





「千くん、百くん! お2人に嬉しい知らせがあります!」

 今年もあと2週間で終わってしまうという頃のことだった。今年は何があったっけ、と考えてみれば去年と比べて仕事の量が増えて、雑誌の取材だって小さいながらコンサートも開くことに成功した。Re:valeっていう名前は現状売れてるのかどうなのかわかんないけど、下積み時代も終わりに差し掛かっているんだろうなってことはいくつものバイトを掛け持ちする必要もなくなって事務所から出される給料でなんとか生活をしていけるくらいにまでなったから、それは薄々感じ取れていた。たぶん、来年はもっと仕事が増える、テレビにだって今以上に映ることができるかもしれない。

 今年の仕事も終わりを迎えて、来年こそは−−とユキと意気込んでいたら、おかりんが珍しくノックもせずに事務所に入ってきた。眼鏡を斜めにずらしたまま落ち着かない様子は「明日世界が滅びるらしいです!」って言い出しそうな勢いで、ユキと2人でどうしてそんなに慌てているんだ?と首をかげて顔を見合わせた。

「年末年始の音楽番組、是非、Re:valeに出ていただきたいって連絡がありました! 1組、体調不良で辞退したグループがあるようで、その穴埋めっていう形なんですが」
「マジで、おかりん!? オレが失敗しちゃっておじゃんになったあの番組!?」
「百くんは悪くないです! が、はい。その音楽番組です!」

 眼鏡をかけ直しておかりんは興奮気味に話していた。なんの音沙汰もなくて、てっきりオレの失敗のせいで無くなったと思っていた大事な音楽番組の話にはオレだって興奮しちゃって、隣で現実を飲み込めていないのか呆然として座っているユキの腕を取ってハイタッチを交わした。

「イエーイ! ユキ! やったね!」
「ああ、うん、イエーイ……。まだ実感が無いんだけど、本当に?」
「本当です。こんな嘘はエイプリルフールでも吐かないですよ。 他のアーティスト方はもうリハーサルを迎えているので、急ピッチになると思いますが、もちろんお受けする形でいいですね?」
「当たり前だよ!」

 年末年始の人気音楽番組ということもあって、早速この時期から他のグループはリハーサルを迎えているらしいということを聞いて、オレだっていよいよ実感が湧いてきた。あと2週間、これを上手く成功させられたら、来年のRe:valeの活躍が大きく変わっていくはずだ。大御所もたくさん集う番組だから、できるだけ話しかけて今のうちに太いコネクションを作ろう、オレの目標がまた一つ出来上がった。

「モモのお陰だね」
「オレだけじゃないよ! ユキが居てくれて、おかりんがサポートしてくれたからだよ!」
「モモ、今までいろんな業界の人に声かけてただろ。モモが居なかったら、こんな凄いことにはならなかったよ」
「ど、どうしたの、ユキ。オレのこと褒めてくれちゃって……」
「なんとなく。いつか言おうと思ってたんだ。 モモが居てくれたから、僕はあの舞台に立てる。モモと一緒に」
「ユ、ユキ……」
「ふふ。 モモは来るときはがつがつ来るのに、褒めると引いちゃうところ、あるよね」

 って、ユキはオレで遊んでんのかな? と思いながら、小っ恥ずかしくなってしまって逃げるようにズボンの後ろポケットからスマホを取り出した。

「そういえばユキ、おかりん。 オレ、こないだ言ってた女の子と仲直りしたよ!」

 この件の話を速攻でなまえに伝えるために、メッセージを打ちながら報告するのをすっかり忘れていたとその話を口にした。良かったじゃないかと2人とも自分のことのように喜んでくれたから、それだってオレは少し恥ずかしくなった。

 なまえに少しでも信頼を抱いてもらいたかったから、大きなことでも小さなことでも教えてあげるようにしようっていうことは、オレなりに考えたなまえと仲良くなっていくやり方だった。来年は、Re:valeの活躍となまえと仲良くなるってことを目標にして少しずつほんの些細なことでも、誰かに何かを伝えていくことでオレの心は晴れていった。






 初めてモモさんがテレビに映っている姿を見たのは、年末年始のカウントダウンの音楽番組だった。好きなアーティストはいないけれど、年越しは毎年日をまたぐまで起きていたから、この音楽番組は毎年のように見ている番組だ。この番組に出演することが決まったとモモさんに言われていたから、毎年楽しみに年越しを待っていたわけではないけれど、去年の終わりはそれを見ることが楽しみになってこの日を待ちわびていた。仲良くしてもらっているモモさんがRe:valeというグループで歌って踊っている姿を見た時、私はつい感動してしまって、広い部屋の中で一人鼻を啜ってしまった。

 モモさんの相方のユキさんはこの時初めて見たけれど、格好良くて、綺麗な人だったというのが頭に残っている。今までゴールデンタイムで姿を出していたわけではないからそれほど人気のあるグループではないようだったけど、初登場だというのに観客は黄色い声を上げていて、うわぁ、本当にアイドルなんだと、人並みどころかそれ以下の当たり前だろというような感想を抱いてしまった。

 モモさんは番組出演が決まってからはリハーサルや進行の話で忙しかったらしくてあれから会っていなかった。1ヶ月弱、その姿を見ていなかったけれど久しぶりに見た姿はまるで別人のように輝いていた。


 すごいなぁ、すごいなぁ。そんなことを思いながら誰かに自慢したいとまで思ったモモさんとRe:valeの存在だったけれど、バイト先であのRe:valeの話題が出たところで、どうしてか私はRe:valeのモモさんには親しくさせてもらっているという話をすることにできずにいた。
 というか、このような場所でその話題が出るくらいにたった1度だけ大きな番組に出演したことが大きいようだった。もちろん、そういう話はモモさんに伝えた。年越し番組を見ていたバイト先の人たちがRe:valeの話をしてくれて、格好いいって言っていたことを一つの報告としてメッセージに乗せて。

 なんとなくだけど、モモさんと少しずつ仲良くやっていくと交わした日を境に、モモさんは些細なことを話してくれるようになっていたことに気付いた。きっと、モモさんなりのやり方だろうと、バイトをしていくうちに周りを見て考えるという察し能力を見事身に付けられた私は、そんな様子を読み取って、私もモモさんに些細なことですら報告のように話すようになった。

 モモさんが芸能界の中でもっと有名になれるための軌道に乗り上げたのは、それこそ了さんの影響もあるのだろうけど、こうやって見ず知らずだった人たちに知られて行くということは、モモさんやRe:valeの魅力と努力が実った結果であるとも思う。

 だけれど私がただ1つ頭に引っかかることといえば、3年後、モモさんが相方のユキさんとの契約期間が終わった後に了さんと何かをするという話を覚えていないということだ。私は、了さんがこんなことを言っていたという話も、了さんにモモさんが覚えていないということも話せないでいた。








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