純愛カタルシス





 了さんに初めて出会った時、初対面であるというのに容赦なく辛辣な言葉や嫌味を浴びせられていろんな意味でこの人ヤバい人って思ったけど、月雲家の次男坊の権力は偉大で魅力的だったもんだから、上手いこと使ってやろうと思ってなるべく機嫌を損ねないように緊張しながら了さんと舵取りをしていて、その緊張も解れるほど仲良くなった時期だった。

「了さんって、彼女いないの?」

 とタメ口をきいて訊ねてみせた時、了さんはふんふんと鼻歌を歌いながら「いるよ」と教えてくれた。正直、驚いた。今まで女の影なんて無さそうな感じの男だったからまず驚いたし、こんな癖の強すぎる人間と交際できる女性がいるってことにも驚いてしまった。そんなオレとは裏腹に了さんは「今度、モモにも会わせてあげるよ」と言ってくれて、そして本当に会わせてもらったのがなまえさんという人だった。

 なまえさんは、普通の人だった。本当に普通の人。オレが散々了さんから受けてきた嫌味を返すってわけじゃないんだけど、あんまりにも普通すぎたなまえさんという人に、どうして了さんはこういう人と付き合っているんだろうと首を傾げてしまうほど、普通だった。
 了さんは良いお家で育って、お行儀だって良いし、趣味も豊富で、頭も良い。高校の頃、模擬試験で有名な国立大学をA判定で通過するほど頭が良かったようだけど、面接か何かで落とされたようで滑り止めで受かっていた普通の大学に通っていたらしい。なまえさんとはそこで知り合って、大学2年だか3年の頃から付き合い出したという。案外、恋愛の話といえばいいのか、了さんはその手の話は話したがりのようだったから「どこで知り合ったの?」とか「どれくらい付き合ってるの?」とか「どっちから告白したの?」と興味本位で聞いてみせれば、了さんは普通に受け答えしてくれた。

 ずば抜けて頭が良かった了さんは大学を首席で入学して卒業したらしいけど、なまえさんは了さん曰く、頭は人並みでやることはやっている人だから成績もまぁ普通だったと言うほど特別頭も良いってわけではなかったし、運動も人並みで、何かずば抜けてすごいことができる才能とかだってない。顔だって可愛くないわけではないけど、街を歩けば振り向かれるようなアイドルや女優みたいに、特別可愛らしくも別嬪というわけでもない。育ちもごく普通の一般家庭で育ってきたみたいで、大学には奨学金を借りて通っていたほど、お金に余裕のある家庭環境というわけでもなかった。わかりやすく言ってしまうなら、なまえさんは芸能界に入る前のオレみたいなもんだし、なんだったら姉ちゃんみたいに平々凡々と過ごしている人だ。
 本当に普通。普通に育って、普通に生きている人。だからオレは、了さんみたいな人がなんでこんな普通な人を好きになって付き合ったのか疑問に思った。

 別になまえさんを悪く言っているわけじゃない。金持ちって今まで知り合ったことがなかったから、勝手な想像を膨らませていただけなのかもしれない。社長とか、了さんみたいな御曹司とか、金のある人間は社交場に赴いたりしてそれなりに良い女を捕まえてる印象が強かったし、了さんは理想が高そうなイメージもあったから、世間的にもレベルの高いどこかの令嬢のような女と付き合ったりしているのかなと思っていたけれど、了さんの彼女のなまえさんという人は普通な人だった。普通の家庭で育って、普通に生きている。令嬢でもなければテーブルマナーを習った覚えがないと本人の口からそんなことまで言えてしまうほど、了さんが育ってきた環境の人間達とは正反対だった。おまけに、付き合おうって言い出したのがあの了さんの方からだっていうのも驚きだ。
 だから、オレはつい、聞いてしまった。

「了さんって、なまえさんのどこが好きで付き合ってんの?」

 我ながら失礼な質問だったかなと思った。だけど、ただ純粋に疑問に思ったからオレは聞いた。顔がタイプだとか、性格が可愛いんだとか、了さんは会って間もない頃、小動物は餌を与えきゃすぐに死んでしまう、ご主人様に縋って生きて行くことしかできない弱い生き物だから小動物は好きだよってサイコパスなことを言い放ってきたから、そんな風に、あんた彼女に対して失礼すぎるだろって思うようなおかしなことを言い出すのかと思ったけれど。

「んんー、普通なところかな」
「なにそれ」

 なんとなくオレが、了さんにとっては普通すぎる人なんじゃないか?って思っていたことを、了さんはそっくりそのまま返してきた。了さんは、なまえさんの普通なところが好きなんだって。

 当時のオレって、了さんのことを良くわからないでいたから、こんなふうに返されたことに呆気にとられながら、了さんの言う普通ってなんだろうとか、普通のどこが好きなんだろうって首を傾げていた。
 そんなオレを見ていた了さんは口にする。普通に生きて、普通に暮らして、普通に話しかけてきて、普通に話して、普通に、怒ったり、泣いたり、笑ったり。そういうところを「普通」にしてくれるところが好きなんだと、了さんは言っていた。そう言っていた了さんの姿は、うんと楽しそうで幸せそうにしていたもんだから、ずっと癖っ気の強い人だなと思っていたオレは、この人はそういう顔をして、そういうことを言える人なんだと思った。了さんはそれなりの身分のある男だから、普通に話せて、普通に接して、了さんのことを普通の人間のように対等に扱ってくれる、そんななまえさんのことが好きだったのだろうなとは思う。だからそっから薄っすらと、この人は今まで「普通」にされてきていない可哀想な人なんだなってことにも気付いた。


 了さんとなまえさんが一緒にいるのを見かけるようになったのは、この頃からだった。たまーに、東京の街中で一緒にいる2人を見かけることがあった。腕を組んで歩いている姿とか、了さんの身体を思い切り叩いておちゃらけているなまえさんの姿とか、オレが一番笑ったことは、カフェの4人席でカップル座りをして、了さんがなまえさんに寄り添っている姿なんだけど、とにかく、普通だった。オレが知ってる金持ちで高飛車で癖っ気の強い了さんじゃない、了さんに対してだってその時ばかりは普通の男の人にさえ思えてしまった。

 だけどそういうのを見続けていれば、やがてオレがなんでお互いにそんな人と付き合っているんだ?って気持ちが、納得できるというか、2人が付き合っていることに疑問を感じなくなった。「結婚すんなら、結婚式呼んでよね。スピーチしてあげるよ」って半分本気で了さんに伝えたりもしたけれど「もちろんだよ、モモ」と言っていた了さんは幸せそうだったのが頭に焼き付いている。

「ああ、モモ、そういえば。 なまえとは、別れたんだった」

 だけどそれもいつの日か終わりを告げたみたいだった。了さんに、なまえさんと別れたって話を聞いた時は吃驚した。なまえさんとは数ヶ月に一度顔を合わせるくらいしか会っていなかったけど、話題提供のつもりで「最近、なまえさんは元気?」と訊ねてみたところ、そんな返事が返ってきて、くつろいでいたソファから転がり落ちるほど驚いた。

「別れたって、なんで!? あんなに仲良かったじゃん!?」
「モモ、僕は今、傷心中なんだ。 その話はやめてくれる?」
「ああー、振られちゃったんだね」
「…………」
「えっ、黙んないでよ!? わかった、この話はやめときます!」

 おそらく了さんはなまえさんとのことを、先のことも考えて一緒にいたんだろうと思う。そのくらい、そう言ってた了さんは憔悴しているようにオレは見えた。

 オレは了さんに何度もしつこく、ヨリを戻してあげなよって言っていた。思い返せばそれ、了さんの傷口に塩を塗る行為だったってことを知るんだけど、了さんは肝心な別れた理由を話してくれないし、別れたって言葉を聞いた途端になまえさんと会うこともなくなったもんだから、オレはなんで2人が別れちゃったのかも知らずにいた。当時のオレは、了さんは無神経なところも持ち合わせているから、なんかなまえさんの気に障るか、逆もまた然りな状態で、自己中心的なひと時の感情で別れてしまったんだろうと思っていたからだ。

 しばらくして、傷が癒えたらしい了さんに「可愛い女の子を紹介してよ」と言われて、その流れでさり気なくなんでなまえさんの別れちゃったの?と聞いてみれば「やりたいことがあるけど、東京じゃあできないことだからやれる場所に行くんだって」と言って、なまえさんが東京を飛び出してしまったってことだけを聞いた。



 どうして了さんとその彼女のことを思い出してしまったのかと訊かれてしまえば、ありのまま、今起こったことを話します。

 オレは今、関西で活躍している下岡ちゃんのお弟子さん達にそそのかされて、関西ローカル番組のゲスト出演の収録を終えた後に、女の子達がいっぱいいるバーに来てしまいました。オレだってこう見えても成人男性だからこういう場所に来ることはきっと問題ではないと思うんだけど、芸能人且つアイドルをしている身でこういう場所に来るのはおそらく世間では叩かれてしまう話だと思います。それでも断りきれずにこういう場所に訪れてしまったのは、あの下岡ちゃんのお弟子さん達に煽ててもらって調子に乗ってしまったこと、酒を飲んでて気分が良かったっていうことと、おかりんとユキを東京に置いてきたまま、久しぶりの羽目外しだって、気持ちが緩んでいたせいだと思いたいです。そんな浮かれたオレに現実を見せるかのように、訪れた先のバーで、ありえない再会を果たしてしまったのです。

「……あれ、モモくんじゃん」
「ん? え、ええ!? なまえさんっじゃあ、ないですか!?」
「うわぁ、人気アイドルともあろうお人が、こんなところにいるだなんて」
「待って、それ、誤解です! 誘われて、断れなくて……!」
「きっと薬物に手を出す人も、みんなそういうこと言って、ハマっちゃうんだろうね」
「薬物と一緒にしないで下さいよ!?」

 ……あろうことか、了さんの元カノのなまえさんと再会してしまいました。

「百さん、百さん。その子、知り合いですか? 可愛いじゃないですかー紹介して下さいよー」
「いや、紹介できるほどの仲じゃないから!」

 「あの月雲了の元カノと再会」ってワードだけでだいぶ破壊力はあると思うんだけど、それは本当の話で、オレに気付いて声を掛けてきたスタッフの女性は、了さんの元カノのなまえさんだった。一気に酔いが覚めていくほど驚いていると、酔っ払って、可愛い女の子を目にした番組スタッフがニヤニヤした表情を浮かべてオレの肩に腕を置く。焦った状態で無理矢理腕を払って、回れ右をさせて他の女の子と向かい合わせにしてしまえば、こちらを振り向くことはなかった。

 なまえさんとなんでこんなところで再会しちゃうの!?って驚いた理由は2つあって、まず1つ目は、なまえさんは東京ではできないやりたいことをやるって東京を飛び出したって話しか知らなかったから、オレは彼女が今どこで何をしているのかわからない状態だったのにこの土地で再会してしまったということ。2つ目は、こんな女の子が働くバーでスタッフとして働いていて、スタッフと客の立場で再会してしまったということ。了さんに知られでもしたら、あの人のことだから発狂してこの場に乗り込んできてしまいそうだ。

「なまえさんっ、何してるんですか、こんなところで!」
「見てわからない? 働いてるの」
「見てわかりますけど、その上で訊いてるんです!」

 記憶を辿れば、なまえさんと知り合っていた頃のオレはまだ無名状態だった。傲慢ってわけじゃないんだけど、それから有難くも有名になっちゃったオレを見たって微動だにせず、おまけに元彼と仲の良かった友達の一人を目の前にしても平然としているなまえさんに呆気に取られつつも、あの了さんと別れた元カノってだけで、オレはテンパりながらも聞きたいことは山ほどあって、口からボロボロと流れ出て行く質問を抑えきれずに吐き出していく。

「なまえさん、やりたいことがあるから東京から出てったって聞いてたんですけど、結局、やりたいことってなんだったんですか? まさか、こんな場所で働くってことじゃないよね!?」
「あはは、安心してよ。 東京は、なんでもあるように見えるけれど、夢が全部詰まっているわけじゃないんだよ」
「そうなんですか? サービス業、営業、製造業、飲食業、医療、教育、公務……」
「モモくん、だいぶ酔っぱらってるね」

 了さんに言われてから、ずっと気になってたことがある。東京じゃできないできないことってなんだろう?とオレが思い当たる業種を指折りに数えてみせると、なまえさんは笑い出した。オレは、酔いも勢いよく覚めてしまって真面目なんだけどなぁ。

「あたし、カラーデザイナーになりたいって思ってたの」

 なまえさんは、ヒントを出す前にアンサーを出した。カラーデザイナー、なんだそれ。聞いたことのあるようなないような横文字に言葉に詰まっているとなまえさんはとんとんと話を進める。

「だから、専門学校に入って勉強してた」
「へええ。 それで、今は? どうなったの?」
「無事、夢を叶えてます」
「おめでとうございます! じゃ、なんでここで働いてんの?」
「副業ってやつ。 さすがに大手企業でも、出されたお給料だけじゃ、あたしが背負った奨学金を返しながらの生活は厳しくって」
「……了さんに頼めばいいじゃん」
「ええ、ヤダよ」

 なまえさんとは、イコール了さんの彼女という認識しかなかったから、ポロっと……というか、思いっきり本音が溢れてしまった。なまえさんは即答で「ヤダよ」って言ってきた辺り、まだ了さんのことを覚えているらしい。当たり前のことだけど。

「了くんは元気にしてるの?」
「元気にしてるよ、めっちゃ元気。 こないだ、ご飯ご馳走してもらった」

 あの了さんのことを平気で了くんって呼べる女の人ってなまえさんくらいしかいない。そんな真新しさや懐かしさを感じながらその名前をお借りして、会話に花を咲かせようとした。正直、オレだって忘れかけていた了さんとなまえさんの関係をもう一度目にしたら、懐かしさのあまりというか、なんというか、放っておけないような気がした。これ、オレの短所の1つだ。

「了さんのことだからお金ならいくらでも貸してくれそうだし、関西にだって、会いに来てくれるでしょ」
「モモくんってば、女心、なんもわかってない」
「ええー、そう?」
「そうだよ」

 グラスの底を尽きかけたアルコールを目にしたなまえさんは「入れていいよね?」とウイスキーの瓶に手を伸ばして、アルコールを促した。ありがとうございますと、グラスに残っている少量のハイボールを飲み干してグラスをなまえさんの前に差し出す。そうすれば、なまえさんは慣れた手つきで氷を足してウイスキーと炭酸水を1:4の割合で注ぎはじめる。

「了くんはさぁ、あたしのこと好きでいてくれてたから、きっとお願いすればなんだってしてくれるよ。お金も貸してくれると思うし、遠くても、寂しいとか会いたいって言ったら来てくれると思う」
「幸せじゃんか」
「きっと、嬉しいよね」
「じゃあ、なんで別れちゃったの?」
「先のことを考えたら、あたしあの人のこと幸せにしてあげられないって思ったの。あたしの働きたい場所ってここにしかないし、東京には戻られないから」

 長い睫毛を下げてなまえさんは思い出に浸るように口にする。一目見ただけでなまえさんだとわかったものの、がっつり化粧をして、本当にここの従業員として働いているなまえさんは過去の記憶にないくらい綺麗な姿をしていて、その表情に緊張を覚えた。

 そこからなまえさんは話し出す。元々、本当はやりたいことがあったけど、両親を思って2人のやってほしい普通のOLの道に進んで生きてきたこと。だけど了さんと付き合っていくうちに、やっぱり夢を捨てきれなかったこと。了さんは他人の心の機敏に敏感なところもあるから、察した了さんに「本当は何がやりたいことがあったんじゃないの」と言われたこと。「もう自立している身なんだから、これからは自分の好きなことを好きなようにしていったらいいさ」と背中を押されたってこと。なまえさんがさっき言ってたように、どこか遠い場所に行っても会いにいくし、困ったことがあったらなんでも頼っていいと言われたこと。
 オレが勢い余って零したことは、過去に了さんにも言われたことがあったようで、その上で今をやっているということ。

 オレからしてみたら平々凡々とした普通のカップルに見えてはいたけど、2人の中ではひっそりとそういう話をしていたそうだ。想像もできなかった、だって2人があんなに仲良しだったことはオレは知っている。了さんの家だけじゃない、街中ですら2人の姿見ていたのに、計り知れない2人の事情があったことに言葉が出なくなった。

「了さんと別れてからこっちに来たんでしょ。少しでも続けてたら良かったじゃん。なにか変わったかもしれない」
「ほら、モモくん。そういうところ、本当に女心わかってないよ。了くんもずっと同じこと言ってた。あの人も、物わかりの良いように振舞ってくれてたけど、結局女心まではわかってくれなかった」
「んんー、女心と言いますと?」
「あたしだって、最初は続けていこうって思ってたけど。 だけどそのうち、申し訳ないって気持ちがどんどん大きくなっていって、耐えられなくなると思ったんだ。無理してくれてるんじゃないかって、そんなことを考え始めたらあたし絶対続けていけなくなると思ったの。 あたし、結局、やりたいことも入りたかった会社も、ここにしかないんだよ。東京じゃできない。あたしは向こうに戻れない。了くんだって家のことがあるからこっちに来れない。お互いに同じ場所にいられない未来がある中で、こんな遠いところを行ったり来たりさせたら、悪いよ」

 女の子の察して心っていうのか、そういう感情ってよくわからない。具体的にどんな感じなのと問えば、口から溢れ出すようになまえさんはハッキリとそこに至った話をしてくれた。そこまで言われてしまえばそういうことかと納得はできたけれど、なまえさんはもっと先のことを考えて了さんとの別れを決意したのだろう、それを考えたら、オレが必死にまた2人を引き留めようとしていた気持ちは敵うもんじゃないなと思って、オレは大人しく諦めるモードに入った。了さんも、きっとこんな感じだったんだろうな。

「なまえさん、そこまで考えてただなんて、了さんのこと、ほんとーに好きだったんだね」
「うん。 だけど、昔の話ね」
「今は?」
「ええ? 連絡も取ってないし、元気にしてるのかな?程度だよ」
「連絡してやりなよ。 了さん、きっと喜ぶよ」
「気が向いたらしたいなって思うけど、でもきっと、あたしからはしないだろうな」

 人の表情で何を思っているかなんて、思ったよりも簡単に読み取れるもんだ。苦笑いを零して、遠くを見つめているなまえさんに対して、じゃあ了さんから連絡がきたら、なまえさんはどんな顔をしてどんなふうに返事をするんだよって瞬時に思ってしまった。

「なまえさんって、了さんのどこが好きで付き合ってたの?」

 でもそんなことをオレの口から言えるはずもなく、懐かしさで込み上げてきた、過去になまえさんに対しても思っていたことを切り出した。同じことを、了さんにも訊ねたことがある。その時、了さんは。

「普通なところ?」

 数年前のあの時、了さんが全く同じことを言っていた瞬間のことは、脳裏に焼き付いて離れなくて何年経った今でも鮮明に思い出せる。了さんもそんなことを言える人なんだって思ったけど、なまえさんも了さんに対して同じことを思っていたらしい。同じ言葉が返ってきたことに驚いてしまった。

 だけど、なまえさんが言う普通ってなんだ?と首を傾げてみせれば、あの時の了さんがもっと具体的に話してくれていたのと同じように、自分に言い聞かせでもしているかのようにオレに教えていく。

「了くんは裕福で育ちも良くて、勝手にお高い人なのかなって、あたしすごく苦手なタイプな人だったんだよね。 あんな人と友達や同期って関係だけでも釣り合わなくて手の届かない人だと思ってたけど、案外、話してみると普通だったんだ。家庭環境が全く正反対のあたしにもそんなのお構い無しに、普通に接してくれたところが好きだった。頭が良かったから難しいことよく言われて意味わかんなかったりしたけど、分りやすく説明し直してくれたり、気を遣ってくれて、普通に笑って過ごせる毎日が楽しかった。 この人、もしかしてあたしのこと好きなのかなって自意識過剰なこと思ったりもしてたけど、案の定っていうか、1年くらい引っ張られてさ。女の子のことチヤホヤしてそうだなって偏見も持ってたけど、なんだ、普通の男の子じゃんって、そういうところ?」
「……なんか、了さんの意外な一面を知っちゃったな」
「可愛いところもあるでしょ」
「ぷっ、あはは! なにそれ」

 可愛いって、そんなこと言える人もなまえさんくらいだ。思い出に浸って、はきはきと喋っていたなまえさんは楽しそうに「どう、うちの元カレ!」みたいなテンションで話し出すから思わず吹き出してしまった。

「東京に帰ったら、なまえさんと会ったこと、了さんに話してもいい?」
「いいよ。 でも、こんなお店に遊びに来たこともバレちゃうけどね」

 あの了さんと付き合っていた過去があったせいか、なまえさんの言い方も了さんみたいに面白さを孕んでいるような気がした。もっとオレの近くにそんな性格の男がいることをわかっていながら、どうしてかその台詞1つ1つに懐かしさを覚えた。



 了さんに、関西の土地でなまえさんと出会したと告げたのは数週間後だった。勝手に一人で思い出に浸るような期間を送りつつ、女の子がいっぱいのバーに遊びに行ったなんてことを告げてしまったら絶対に馬鹿にされるだろうなと悩んだ末にやっと切り出せたのは数週間後。
 本当なら女の子がいっぱいいるバーなんてこと話さなくても良かったのに、なまえさんと会ったってことを告げれば了さんは「どこで?」とか「そこで何してたの?」とか聞いてくるもんで、オレはあったことを全て話した。なんとなく、興味があるというか、現状を知りたがっている了さんに嘘やでたらめを言うのは気が引けた、そのくらい、了さんはなまえさんの話に食いついてきた。了さんは何を考えているのかわからないことが多いんだけど、この時ばかりは珍しくも、あっこの人、まだ未練があるんだなって、それが手に取るようにわかってしまった。

「了さん、連絡してあげなよ」
「気が向いたらね」

 と、その時了さんは言っていた。その話を終えた後に、オレがトイレに立って戻ってみると、こっそりスマホを開いて画面と睨めっこしている了さんを見てしまった時は笑いそうになってしまった。オレが戻ってきたことに気付くなり、本当に少しだけだけど、慌てたようにスマホをしまう了さんの仕草を見逃さなかった。そん時の了さんってば、どこにでもいるような、元カノに未練タラタラの普通の男に見えてしまって、なまえさんが言っていた了さんの普通って、そういうところかって勝手に納得してしまった。


 そっから、オレが帰った後に了さんがなまえさんに連絡をとったのかはわからなかった。そのうち何か言ってくるだろうと思ってこっそり待っていたけれど、了さんの口から連絡をとったよって聞いたのは数ヶ月後だった。あんた、まだ連絡してなかったのかよと思いつつ、やたらとご機嫌だった了さんの機嫌を伺いながら「よかったじゃん」と一声、その後2人がどうなったのかは、わからないんだけど。








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