幸福な降伏(20)





 モモさんと揉めたと了さんに告げた日に了さんの口から出た言葉と、昨夜泥酔して今にも泣きながら物理的にも吐いてしまいそうだったモモさんが寝言のように吐き出していた言葉に、私に言われて素面で淡々と喋るモモさんにはどこにも矛盾が生じておらず、どこでも彼は本音を吐き出していたのだと知った。それはモモさんが真っ直ぐな心を持っている証のようにすら思えた。

 Re:valeというアイドルグループは、元々モモさんの相方のユキさんがモモさんではない他の人とやっていて、その人がデビューが決まった頃に不慮の事故で失踪してしまったことをきっかけに、歌をやめてほしくなかったモモさんが、元の相方の代わりに今の相方と前のグループで活動してきた5年だけでいいから自分とやってほしいと伝えて承諾されたこと。家族の反対を押し切って大学を辞めてアイドルの道へ進んだから、家族からは勘当のようなことをされたってこと。特に、Re:valeを好きになったきっかけを作ってくれた仲の良かったお姉さんの存在が大きくて、自分から家に寄り付けなくなってしまったから、この2年間家族とは一切連絡を取っていないのだとモモさんは言っていた。
 だからモモさんは過去の自分を全部捨てて今をやっている。

 やりたいことも、好きだったことも全部捨てて今のユキさんと呼ばれる相方と一緒に活動しているのだと聞いてはいたけれど、あの時ヘラヘラと笑いながら話していたモモさんとは想像もつかないほど、その話は重たいものだった。

 モモさんの話が一通り終わると、なんともいえない気まずい空気が漂った。私は謝ることくらいしかできなくて、それでもモモさんは大丈夫と声を掛けてくれたけれどそれはループするように時間が過ぎていく。会話がループしてるねって笑われるくらい、私は上手く言葉を繋ぎとめられない。

「モモさん、話してくれてありがとうございます。 ごめんなさい、こんなこと聞いちゃって」
「いや、いいよ、気にしないで。 でもどう? オレの波乱万丈な物語聞いちゃった感想は」
「返答に困っちゃいます……。 だけど、嬉しかった」
「え?」
「モモさんが、私に話してくれたことが、嬉しかったです」

 モモさんに嘘を一つ吐いてしまったけれど、それを上乗せして揉み消してしまうくらいの本心を告げた。私なんかに話してくれたことが嬉しいということは、今の私の中ではとても大きいもので、上手く言葉にできない分、今できるだけの目一杯の笑顔を見せた。

「−−あのさ、なまえちゃん」
「はい」

 急に照れ臭くなって、思わず笑ってしまった時だった。モモさんは私の目の前で背筋を伸ばしながら、まるで結婚する相手の家族に娘さんを僕に下さいと頼み込むような姿勢で私と向き合った。

「オレもなまえちゃんのこと、知りたいって思ってる」

 吃驚した。モモさんが私のことを知りたいと言っている、そんなことを言われるなんて思いもしなかった。

「オレだってなまえちゃんのこと、ちゃんとなまえちゃんの口から聞きたいなって思ってる」
「モモさん。 それこそ、了さんから何か聞いているんじゃないですか?」
「了さんからは、なんにも……家出してきたってことくらいしか聞いてないよ。 了さん、オレで遊ぶために変なことを吹き込んできたりするから」
「変なこと? たとえば?」
「え、えーっと、セッ……いや……援助交際してたとかさ……」
「……それ、了さんが言っていたんですか?」
「うん、そう。 あの子は援助交際をして生きてきた子だから、かわいそうだって」
「他には何か言ってましたか?」
「それ以外? うーん、まぁ、いろいろ。 でも、あ、この人オレに嘘吐いて遊んでるなって思った話はそんくらい」
「……それは、本当の話です」

 −−え?嘘だろ? と、あからさまに引かれた顔をされてしまった。だけれど了さんがそのことをモモさんに話したとしたならば、私だって隠し事をする必要はないし、私だってモモさんに知ってほしいと思った。私のこと、了さんのこと。

「あの時は、お金持ってなかったから……」
「お、お金なら! オレ全然持ってないけど! 困るようなことあったらさ、オレに言ってきてよ! そういうこと、しちゃダメだよ!」
「えっ、あ、ええっと、その、あれは真似事みたいな感じだったから……あはは」
「……真似事?」

 知ってほしいと思っているのに、何をどう話せばいいのかがわからなかった。援助交際という言葉が出てきてしまったけど、それを真に受けて慌てているモモさんに、だけど絶対モモさんが考えているようなことをしてきたわけではないと伝えたかったけれど、出てくるのは苦笑い。

 どうしよう、なんて伝えれば−−と思いながら、了さんと初めて出会った時のことを思い出して、少しずつ言葉にしようとした。

「あの時の私、生きるか死ぬかの状態で、無我夢中で……そういうことして、生きながらえようと思ってて……でも今は、そんなことするなんて考えてないし、だけど、その……」

 支離滅裂で、ちゃんと伝えられてるかなんて自分で判断することができなかった。家を出て東京に来たけど、お金がなくて途方に暮れて、死にそうになっていたあの時のことは私の人生の中での恐怖の一つだった。思い出して口にしようとすればするほど、言葉が詰まって身体が強張る、生理的な涙が浮かんできて、こんなはずじゃないのにと焦燥で呼吸が乱れた。

「なまえちゃん、話したくないんでしょ!? 無理しなくていいから!」

 そんな様子を見ていたモモさんは声を上げて制止をかけた。

 自分のことを話したくないのにモモさんの話は聞きたくて、自分で話せないことがあるのにモモさんの話を聞こうとして聞いてしまった。自分のことを話したいのに、頭がそれを拒んで泣いて逃げようとしている自分のことが嫌になりそうだった。思わず、下唇を噛んでしまう。

「でも私、モモさんに、私のこと知ってもらいたいなって思いました。 だけど、一気に全部を話すことができなくて……」
「平気、平気。 ちょっとずつ仲良くなってこ。そんで、なまえちゃんがオレに話してもいいって思えるくらい信用してくれた時がきたら、話してよ。 昔話するみたいにさ。 オレもなまえちゃんに好きになってもらえるように頑張るから」

 モモさんは満面の笑みで笑ってみせた、私はそれに対してそっと頷いてみせる。
 モモさんは好きになってもらえるように頑張るからと言っていたけれど、私はとっくにモモさんのことは好きだ。明るくて、優しくて、良い人で、こうやって私に接してくれる人を嫌いになんてなれるはずもないし、私の話をしたいと思えるほどなのだから、私にとってモモさんはとっくに特別な人になっている。 お友達、そう、それだ。

「私も、モモさんにたくさんのことを話せるように頑張ります。 ありがとう、モモさん」

 こうやってモモさんとの間に仲良くなっていくという決めごとを結んだのは、1年が終わる頃だった。年を跨げば、あっという間に私が東京に出てきてから1年が経とうとする。








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