幸福な降伏(14)





「モモさんは、とても幸せな家庭で育ってきたんですね」

 モモさんに八つ当たりを言ってしまった。ああいうことを言える人は、そんな心配のない普通の家庭で育ってきた人だから気もしれずそのようなことを口にできるのだ。モモさんがそういう普通の家で育ってきたということは、モモさんと会話をしてわかっていたことだ。

 誰かのために必死になっていることは確かに格好良いことだと思うけれど、デビューして上を目指す相方が一緒にいて、大変な時期とは思うけれど、それらをやっていく上で、モモさんは真っ直ぐな人だから不安に感じることや心配事なんて一つもないんだろう。

 そういう、自分にあってモモさんにない差が見えてしまって、モモさんにそういう八つ当たりをしてしまったのだ。

「えっ? うん、まぁ、そうだね」

 やっぱりあの言い方は怒っているように捉えられてしまったのか、モモさんは驚いた表情を浮かべたまま頷いて「普通に両親がいて、姉ちゃんがいて、好きなことをやらせてもらっていたから、平和な家だったと思うよ」と困惑気味に口にした。

 ほら、やっぱりそうだ。だから私のことはわかってくれても、私の気持ちまではわかるはずない。

 ここに来て私の気持ちまでわかってくれたのは了さんだけだった。それ以外の人に上手く口にしたことはないのだけれど、了さんには家族のことをよく話していて、昨日もいろいろ聞かれて吐き出してしまったから了さんにまだ言えていないことは無いに等しくなった。直接はっきりとそう言われたわけではないけれど、了さんも家族とは仲が悪くて家族と会うことは自分が興味を示しさない限りは滅多にしないんだと、そんなことを言っていたような気がする。

 了さんはたぶん、そういう人だから両親の仲が悪かったことやその他もろもろの家庭の事情を話した時に素直に私が可哀想だと思ってくれているのかもしれないということは前からわかっていて、意地の悪いことを言う中でそういう話には一切触れてこない辺り、そうだろうなぁと思えた。
 だから私は、了さんにはその手の信頼も抱いているからいろんな話を問われたっていつまでもおしゃべりができている。

「なまえちゃん、ごめん。 オレ、余計なこと言っちゃったね」

 モモさんはとても申し訳なさそうに謝った、悪いのはカッとなってしまって八つ当たりしてしまった私の方だと言うことを、今まで笑っている姿しか見ていなかったモモさんが悲しげな顔で苦笑いしている姿を見て我に返った。モモさんは悪くない、私が悪いのだと口にしたら、モモさんは「いやいや! でもさ」と自分を低くみせた。モモさんは優しい人だと思う、それだけは変わらないということを知った。それをわかっているのに、私は素直に謝ってこれを終わらせることができなくて、バイト先で受けていたことの愚痴を吐き出すようにまた八つ当たりを繰り返してしまった。

「……モモさんって、浮気とか許しちゃいそうな人だなって思いました」
「うう……。 まぁ、そうかも」
「あと、例えば子供がいたとして、奥さんのことを好きじゃなくなっても子供のために別れる手段を選ばない人なんだなって思います」
「んーーまぁ、そうかもね。 オレは子供が好きだからさ、自分の子供めちゃくちゃ溺愛すると思うし、奥さんのこともずっと好きでいると思うよ」
「浮気されても?」
「浮気……されても、そうだね」

 淡々と口にしていく私の言葉にモモさんはすらすらと答えていったけれど、浮気について質問すると言葉を詰まらせていた。

「……オレ、昔付き合ってた子に浮気されたんだ」
「あ……」
「了さんが喋ってたでしょ、あの人お喋りで他人の不幸話大好きな人だから」
「ご、ごめんなさい」
「謝んなくていいよ! でも、浮気されたって簡単に嫌いにはなれないよ。好きじゃなきゃ、付き合えないもんね」

 地雷を踏んでしまった。そういえばモモさんと初めて会った時、了さんがモモさんは付き合っていた彼女に浮気されたんだって言っていたことを思い出した。確かその時モモさんは忘れかけていたところだと口にしていたような気もする。だとしたら、私は今モモさんの失恋の傷口に塩を塗っている状態で、その話をまだ続けようとするモモさんに制止をかけてしまった。

「オレ、浮気されたんだけど、あの時の彼女のこといつまでも好きでさ、はは」
「モモさん、ごめんなさい! もう大丈夫です」
「なまえちゃんさ、辛いことがあった時とか誰かに無性にしゃべりたくなる時ってない?」
「えっ? ええと、あるような、ないような……」
「オレはよくあるんだ。思い出しちゃって、誰かに喋りたくなるの。今のそれだから、謝んなくていいよ」
「……モモさんはやっぱり、とても優しい人なんですね」

 モモさんはにへらっと笑っていた。その姿を見ていたら、私が今までずっと思ってきたことを口にしてしまったようだった。ようだった、無意識にそれは声に出てしまった。モモさんは嬉しそうにありがとうと言ってくれて、また笑顔を向けてくれた。

「でもオレ、子供がいて奥さんに浮気されても、別れないとは思うかな」
「どうして?」
「だって、子供が可哀想じゃん!? 自分たちのせいで可哀想な思いをさせることは絶対にしたくない」

 それを見ていたら、モモさんの言っていた無性にお喋りしたくなるとはこのことなんだろうかと、そんなことを言われたらどうしたらいいかわからなくなってしまうかもしれないのに、話したくなった。

「私、モモさんみたいな人の気持ちがわからないんです」
「まぁ、それは、人それぞれだしね」
「両親が仲悪いのに子供のために別れないでいるって、お前のせいで離れられないってずっと責められ続けているようなものなんですよ。 私の家は、そうだったから」

 急に身体が熱くなって、目頭がじんと熱くなった。泣きそうだということよりも先に体調が悪いということに気付いてしまって、また投げやりにモモさんに言葉をぶつけてしまった。

「ごめんなさい、私、もう帰ります」




 両親の仲が悪いのは小学生の頃から気付いていた。毎晩私が寝付いた後に夫婦喧嘩を何度も繰り返している声や音を数えきれないほど聞いていたから、子供ながら仲が良くないことはとっくの昔から知っていた。だけれど私のお父さんは、二人の仲が悪いという素振りを私の目の前では一つと見せずに、何年もの間同じ空間で過ごし続けていてくれたのだ。

 母親のことは好きではなかった。日頃から私を可愛がってくれていたのはお父さんで、母親は私のことなんてどうでもいいと思っているような人だったから、小学生の頃から既にお父さんを好きになっていく反面、どんどん母親のことを好きではなくなっていた。

 そうやって、仲が良いのか悪いのか、仲の良い振りをする仮面夫婦を演じられながら過ごしていた中で一度だけお父さんに問われたことがある。「もし、父さんと母さんが離れ離れになったらどうする?」と、休日の日の外出に顔を出そうともしない母親を置いてお父さんと二人で遠出をした小学校高学年の帰り道に困ったようにお父さんは私に問いかけた。

「私、お父さんとお母さんが離れちゃっても、お父さんに着いていくよ」

 当時の私にとっては、それ以外の決断はなかった。たとえ何があったとしてもお父さんに着いていく、それだけはお父さんにそれを言われる前からずっと思っていたことだった。お父さんは嬉しそうに「ありがとう」と言っていたけれど、結局それはどういう経緯で問われたことなのか全くわからなかった、それがあっても離婚することなく私が高校受験を控えるまで両親が揃った家族というものが存在していた。

 そんな中で、ついに離婚という決断を下したのはお父さんの方だった。高校生になる直前、両親が離婚したけれど親権は何故か母親の元に行ってしまって、私は母親に着いていくことになってしまった。お父さんと離れる最後の最後まで泣きながらお父さんと一緒に居たいと縋っていたけれど、母親に引き止められるどころかお父さんの方が親権を放棄したという話を口にされた。

「ごめんな、なまえ。 幸せに暮らすんだぞ」

 それっきりお父さんの姿を見ることはなくなった。連絡先も今住んでいる場所も知らされることのないまま、大好きだったお父さんは消息は途絶えてから2年が過ぎた。

 モモさんと話していた時から思い出してしまった記憶を辿るように家路に着きながらその話を思い出してしまっていた私は、何の不運か突如現れた雨雲によって雨に打たれながら家路に着いた。それでも雨の降る静かな暗い住宅街を歩いたって泣いてることは誰にも悟られないのだと思えばどうってことなかったけれど、その日、私は39度を超える熱を出してしまった。








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