幸福な降伏(12)





「うさぎかぁ……あ、ペットでも飼ってみようかな」
「ペットを飼うのは大変だよ。 世話がやけるからね」

 了さんは私に、うさぎみたいに寂しくて死なれたら困ると口にした。そういうことを言われたのは初めてのことだったから、ああ、私が死ぬと了さんは困ってしまうんだと、驚いたような安心したような嬉しいようなまとまりのない感情が心の中にぐるぐる巻き起こった。

 全く考えていなかった動物を飼ってみるという手段を思いついた私は、なるほどというようにペットを飼おうかと口にすると、了さんは遠回しに反対してきた。

「犬は散歩に行かないといけないし、家にいないと寂しがるみたいですけど、猫は一人が好きだから家を空けていても大丈夫だって聞きました」
「猫って、高い場所から落としても死なないらしいよ」
「え、そうなんですか?」
「背中から落としても、尻尾で体制を整え直して、着地するんだって」

 話が切り替わったけれど、私は初めて聞いた了さんの知識に思わず反応してしまった。だけど、その反応を見せたことは後悔に繋がった。

「昔、それが本当かどうか証明したくなって、野良猫をベランダから落としたことがあるんだ」
「……それで、証明されましたか?」
「知らないな。 ただの野良猫だったから、部屋まで戻ってくることもなくってね。確認しに行くのも面倒だったから、生きてるのか死んでるのかさえわからないよ」
「了さん、そういうの、よくないですよ」
「ふふふ。 猫を飼う気が失せたでしょ?」
「……そうですね。了さん、本当に落としそうだから飼えなくなりました」

 こんな話を聞いてしまったら、逆に飼いたいと思える人はいるのだろうか。私の家に上がりこんで「たかが3階だろう?」って放り投げてしまう未来が見えなくもないので、猫を飼うのは諦めることにした。了さんは、どうやら猫は飼ってほしくないらしい。絶対、飼わせたくなかったからこんなことを言い出すんだ。

「なまえによく似た、うさぎなんかを飼えばいいんじゃないの」
「うさぎは寂しいと死んじゃうって聞いたので、うさぎはちょっと」

 ペットを飼うこと自体反対しているのかと思いきや、了さんが珍しくそれを提案してきた。だけどうさぎは寂しくなると死ぬというのは幼少期の頃から聞いていたことなので、了さんおすすめのうさぎは私は反対だった。

「なら、2匹飼うのはどう? 片方が死んだら、もう一匹も死んでしまうけどね」
「またそういう話……やっぱり、寂しくて死んじゃうんでしょうか」
「そうだよ、うさぎは虐めが達者な生き物だからね。虐める相手がいなくなると、ストレス発散の相手がいなくなるから、寂しくって死んでしまうんだって」
「……了さん、それも試したんですか」
「まさか! 学生の頃に、生物の教師が言っていてね。本当なのかなってずっと思っていたんだけど、すっかり忘れていたよ。試してみる?」
「絶対に嫌です。 もういいです、ペットは飼わないです」

 結果、なるほどと思って考えついたペットを飼うという手段は白紙になった。これ以上いろんな動物の話を挙げたところで了さんにいらない知識を吹き込まれるだけだ。やっぱり了さんは動物自体を飼わせたくなかったみたいで、私がそう言ったら了さんは、はははと笑っていた。

「私、そろそろ帰ります」
「もう夜も遅い時間だよ。 泊まっていったら? 一緒に寝てあげるよ」
「了さん、寂しくなっちゃったんですか」
「なまえも言うようになったね、僕がそんなことを思うとでも思っているの?」

 私が一方的に寂しくなったから来たわけだけれど、了さんと話していたらその気持ちもすっ飛んでいって、いらない知識を吹き込まれたせいもあって帰ろうという気持ちになれた。帰ったらまた孤独な気分を味わうのだろうけど、お風呂にも入ったし、家に戻ったら寝るだけで、昼前からはバイトの予定が入っているから寂しい気持ちはきっと起こらない。

 了さんは私に泊まっていくことをすすめてきたから、ちょっとだけ、モモさんが了さんに対する冗談を真似て告げてみたけれど、実際了さんからそんな言葉が返ってくるとどうしていいのかわからなくなってしまった。私はモモさんみたいにメンタルが強くないから、傷付きに近い気持ちを抱いてしまったのは、さっき了さんに話してしまった家族の話が入り混じっていたせいでもある。

 私の両親は仲が悪かった。私がいることでそれが悪化していたことは後になって気付いたことだけれど、大好きだったお父さんに突き離されてしまったことはいつまでも傷が癒えないままでいる。そういうところ、まだ大人になりきれていないのだと自覚しながら、了さんに言われた後に何と返したらいいのかを迷っていた。

「もっと話してよ、なまえ。君の話が聞きたいんだ。 僕に話していないこと、まだあるでしょう?」

 了さんは何を考えているのかわからない、そしてまた意地の悪いことを言ってくる。私が了さんに初めて口にする家族の話をしたところで、泣いてしまうのは目に見えているし、そんなことが起こったとしても指1本触れず慰めてくれる根拠はもうどこにもない。

 了さんと出会った当初、毎晩昔の夢を見て魘されていた私に触れてあやしてくれていたというのに、ある事を話したことをきっかけに了さんは私に指1本と触れなくなった。これ以上余計なことを口にしたら、了さんに捨てられるのではないかと不安がっていることを、了さんは知る由もないのだろう。








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