幸福な降伏(11)





 今まで「生活感のない部屋だなぁ」と了さんに言われていたけれど全くもってその通りだと思った。「今、こういうのが流行っているらしいですよ」と言ってみたら「ある意味での話だよ」と言われたから馬鹿にされていたんだろう。だけどモモさんに手伝ってもらって、なかなか普通の部屋になったんじゃないだろうか。
 でも、今まで住んでいたアパートは狭かったからベッドやテーブルに囲まれて狭いけれどちょうどいい部屋の中で過ごしていたものの、今回の部屋は広すぎるからテレビを置いてもベッドを置いてもテーブルを置いても広々としすぎていて落ち着かなかった、ある意味窮屈でもあった。こういうのが本当の生活感のない部屋というのだろう。急に孤独を感じることはここに住むようになってから何度も感じていて、ふと了さんのところに行こうと思い立つことも何度だってあった。了さんのマンションに行けば必ず了さんがいるとは限らないけれど、了さんの部屋は広くても窮屈さを感じない。この違いはどうしてだろう、私の部屋は物が少ないのに綺麗に纏まっていないから?了さんの部屋を参考にでもして、今度はソファでも買ってしまおうかと思った。

「やぁ、なまえ。 どうしたの、遊んでくれる相手もいないから寂しくなっちゃった?」
「そんな感じです」
「まぁ、好きに寛いでなよ。僕はシャワーを浴びてくるよ、お風呂には入った?」
「はい。今日は、夕方には家に戻っていたので」

 了さん的に、誰かを部屋に入れることはダメなことのようだけど、夜遅い時間に出歩くことは大丈夫らしい。22時を回っていた頃に了さんの部屋に遊びに行ったら今日は了さんがいて、ちょうどお風呂に入るところだったらしくタイミングを誤ったと思った。だけど了さんは平然としていて私に一つ紅茶のお通しを出すとシャワー室へと姿を消した。

 座り慣れたソファに腰を下ろして、ソファはこういう感じの方がいいのかなと思いながら部屋を物色する。ソファもいいけれど、ダイニングテーブルを置くのもいいかもしれない。了さんの部屋のリビングダイニングルームは私の部屋よりも広くて、置かれているものは最低限のものだけれどインテリアを良くわかっていらっしゃる了さんの部屋は纏まりがある。
 いろいろと参考になったので、とりあえずスマホでソファとダイニング一式を調べてみた。木材で揃えるのもいいなぁとかアンティークで揃えるのもいいなぁとか、ちょっと新しい世界に入ってサイケデリックに纏めるのも楽しそうだと思い始めてしまって、自分の部屋のことを考えると楽しいと思えるようになった。だけれど、いくら可愛い家具を見つけたってお値段は可愛くなくて、家具なんだからいいお値段がするのは当たり前なのに、はぁっとため息を吐いてしまった。それでも、一気に全部買うことはできないけれど、半年に一回くらいのペースで集めるというのも先の目的ができるからいいかもしれないと、楽しさからか頬が緩んだ。

「楽しそうにしているね。何を見ているの?」
「あ、了さん。 部屋が片付いたので、今度はソファでも買おうかなと思って」

 自分の好きなことをしていると、あっという間に時間が過ぎていく。シルクのバスローブを巻いて、ふかふかのバスタオルで髪の毛の水気を落としながら部屋の入り口に立っていた了さんの姿を視界に入れると、こういう姿は了さんの元で暮らしていた時や了さんとどこかに出かけて宿泊した先で何度が見たことあるのに、異様な光景にすら思えた。慣れないというか、了さんって本当に生活しているの?と思うこともしばしば、傍にいて何度も見てきたことなのに、そんな疑問を抱いてしまうことがよくある。

「何かいいもの見つかった?」
「いっぱいあって悩んでます。でも、探すのは楽しいなって」

 お値段が高いですけれど……と余計なことを口走らないように慎重に口にした。高くて買えないなんて言ったら、了さんはまた私のために何かを買ってくれるというのはわかりきっている。

「何か欲しいものがあるなら、買ってあげるよ」

 ほら、言わんこっちゃない。私が慎重に口にしたところでその考えははっきり了さんの中にあったようで私の少しの頑張りを覆されてしまった。私は首を横に振って、これからは自分の好きなものを自分で買いたいことと、それを買い集めていくことを目的にしたことを話せば、了さんはそれ以上のことを何も言わなかった。

「了さんが私にテレビとマンションも買ってくれたこと、モモさんに言ったら驚いていました」
「ふふふ、そう。 オレにも何か買ってくれないかなーって、駄々は捏ねられなかった?」
「そういうことは言ってなかったですけど、ちょっと引いてました」
「だろうね」

 了さんは機嫌よくバスタオルで頭をかきむしって、一度バスタオルをシャワー室に戻しに行く。すぐに戻ってきたかと思えば、私の座っているソファではないダイニングの方へ向かって、お酒の瓶を一本取り出してグラスに注ぎ始めた。

「なまえも飲む?」
「飲まないです」

 一応、私は未成年です。 了さんは自分がそれを飲むから気を利かせて私に訊いてきたのか、はたまた意地悪くそんなことを訊いたのかはわからない。おそらく前者なのだろうけど、了さんは最近の日頃の行いのせいで意地悪されてる?と思ってしまうことが多々あったから、日頃の行いは大事だなぁと学習してしまったことを了さんに言ったら絶対に怒られる。

「……了さんは、どうして私に優しくしてくれるんですか」
「可哀想な子だなぁ、って思ってるからかな」

 会話が途切れてしまって、何か話をと思って出てきたことといえばそういう言葉だった。可哀想だと思っているから、という了さんの返事はいつになっても変わらない。

 この台詞は4回目だった。初めて了さんと会った日の翌日、どこの馬の骨とも分からない初対面の私のことを家にあげて世話をしてくれた時に訊いたのが最初、アパートに引っ越しをさせてくれた時に訊いたのが2回目、マンションを買い与えられた時に訊いたのが3回目で、訊いた時には何かしら訊くための大きな理由が存在していたけれど、4回目はなんの脈絡のないまま問いかけてしまった。
 いつか、もっと他の理由を言ってくれる時は訪れるのだろうかと、4回目となる了さんの言葉に返事が詰まってしまったけれど、なんとなく、この空気のまま会話を終わらせたくないと感じてしまって、いつになくお喋りな私は口を開いた。

「子どもの頃、お父さんが似たようなことを言って、私が欲しがっているものを買ってくれていました」
「わぁ! その話は初耳だな。 お父さんに、可哀想な子だなぁって言われながら、物を買い与えられていたの?」
「そういうのじゃないですけれど。お母さんは私に何も買ってくれない人だったから、そういうのは可哀想だろって喧嘩してるのを何回か見たんです」
「ああ、そう」

 了さんの返事はそれだけだった。自分から言いだしたことだけれど、こういう家族の話は饒舌な了さんの言葉でああだこうだ言われると気が沈んでしまいそうになるから、それだけの反応で十分だったのかもしれない。一瞬、了さんとの会話が無くなった、だけど私はその後の言葉を上手いように思いつかなくて、沈黙が流れた。

「なまえには、寂しくなって死なれたら困るからね。うさぎみたいに」

 その沈黙を破ったのは了さんだった。了さんはダイニングチェアに腰掛けてグラス一杯のお酒を飲み干し、そして一言、呟くように言葉を告げた。了さんが私に優しくしてくれる理由、可哀想以外の言葉で初めて聞いた。








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