幸福な降伏(10)





「聞いたよ、モモ。 なまえのお手伝いをしてあげたんだってね」

 了さんは貿易会社をやっているらしくて、最近は海外にも行ったりしているらしい。どこの国かは知らないけど、海外から戻ってきた了さんに「やぁ、モモ。お土産があるんだ」と呼び出されて了さんのところに遊びに行ったら、英語とは違うよくわからない海外の言葉が綴られたチョコレートの詰め合わせをお土産で渡されたから、了さんが海外に行っているのは本当のようだ。
 貿易会社なんて聞こえのいい言葉でしかないんだけど、実際はガラの悪い得体の知れないおかしな連中らとつるんで、一応芸能関係者だっていうのにスキャンダルになりかねないことをしているというのは、出会って初めて了さんと遊んだ日に知った。全身刺青の男とか、目の焦点が合っていないやけにハイな男を数人連れて「僕のオトモダチなんだ」って言っていた了さんは軽くホラーだった。

「了さん、こんばんはー! オレも聞いたよ、了さん。なまえにマンション買ったんだってね」

 デビューした時におかりんがぽろっと零した芸能界の二大帝国の話を聞いて、小さい事務所からの駆け出しだったからユキと話し合って中立な立場でいようと意見が合致して、オレはツクモでユキは星影、二大帝国のどちらにも偏らない中立な立場でいることを選択した。

 芸能界のそこそこ偉い人間に媚びを売って招待してもらえたツクモプロ主催のパーティーで、オレの顔を覚えてくれた当時のツクモプロダクションの社長は了さんのお母さんだったけど、もうすぐ社長の座を譲るのだと了さんの兄であり現社長を紹介された。了さんと出会ったのは、うまい具合にこの親子に気に入られた先で招待されたツクモプロの社長就任パーティーでのことだった。

 おいおい、ここはツクモの長男の社長就任パーティーだろ?と思うほど、新社長よりも目立っていた了さんはド派手なスーツを身に纏っていた。視界に入り込んだ姿に真っ先に目が向いたんだけど、不思議と接触をせざる得ない雰囲気に取り憑かれてしまって、了さんに接触したのが始まり。
 こういうオーラみたいなもので人を引き寄せる力がある人間のことを、カリスマ性のある人と世間では言うのだと思った。実際オレが存在も知らず会話の一言もしていない中で、初めて見た了さんにビビビっと身体に電撃が走るほど衝撃が走った人だったから、オレは了さんのカリスマ性にみるみる陥った1人だったのかもしれない。ここにいるということはそれなりの権力がある人だとは思ったけど、まさか前社長の息子で新社長の弟だということは一言二言会話を交わして知ったことだ。

 わ、こんなところで社長の身内に会えるなんて!と、ありとあらゆる手段を使ってツクモ一族を丸め込もうとさえ若かったオレは考えてて、前社長と現社長の次のターゲットになるのは了さんだったけど、了さんはそれを見透かしたように「僕に媚なんか売っても、なんにも出ないよ」と早速笑顔で言ってきた。この人はあの社長親子とは違って煽てたところでどうにもならない人なんだということは、言葉巧みに意地悪い言葉や人格否定される言葉を容赦なく吐かれたことで理解した。正直、あんまり関わりたくないと思えるほど、めちゃくちゃ癖が強い人だったっていうのがオレの了さんに対する第一印象だった。

 それでもやっぱり、縦にも横にも太いコネクションを作るには了さんも必要不可欠な人材だったから、了さんとは嫌でも接することに決めた。
 だけど初めて了さんと話していた時に、少しずつ、この人は相当ヤバイ人なんじゃないかと思い始めた。何がヤバイって、うまく言葉にできないんだけれど、会話が進むにつれて初対面のオレのことを全て知り尽くしているかのように本質を見抜いてくる。頭の回転が速くて理解力があって、直感力も判断力も優れているし、そのうえ国語力も秀でているから隙がなかった。

「モモ、なまえと仲良くなったんだね」
「そうだね。家出してきたこととか、了さんと出会ったこととか、いろいろ話してくれたよ」
「僕と出会った時の話は、何か言っていた?」
「いや、そこまでは聞かなかったけど」

 ツクモの次男だというのに芸能関係にも着かないふらふらしている人で、それなのに芸能関係についてやたらと詳しい。僕が社長だったらーーと饒舌に理想を語っていた了さんは、恐怖を抱いてしまうくらいツクモの社長親子以上に現実的に物事を考えていたし、この人の影響力は偉大であるのは明確だった。
 それでも、当時のオレは芸能界に入りたてでたくさんイビられたりしてたから、そういうのもあって簡単に折れることなく了さんに意地でもへばりついて取り入っていたら、そういうところが面白いと気に入ってくれたのか了さんはオレとお友達になってくれた。

 そんな了さんはいつも、オレの話を一歩先のところで待ち構えている。そういうところオレは苦手だった。オレの聞いたばかりの話を腹の探り合いのように提供するけれど、そんなことは了さんは当たり前のように知っていて、何かを被せてくるようにオレが知らなかった先の話を言い出すからいつも上の立場であり続ける人だ。なまえのこともそうだ、俺がちょろっと聞いた話でさえ、了さんはなまえのことを知り尽くしているから、オレが聞いた話の一つや二つで了さんが動揺を見せることはない。

「了さん、あんな子にマンション買っちゃうなんてモモちゃん驚きだよ、お気に入りなんだね」
「そうだね。 頼れる人間が他にいないから、可哀想ななまえが僕に縋ってくる姿は見ていて楽しいよ」
「……あんた、本当に性格歪んでるよな。あの残飯処理の話も聞いたよ、なまえの初めての手料理だったらしいじゃん」
「彼女が頼りにしていた食材を全部取り上げて、一から作らせる姿はとても面白かったよ。モモにも見せてあげたいくらいだった。 今度は、シチューでも作らせてみる?」

 マジでこの人は非道極まりない人だ。簡単に作れるはずのカレーの元となるルーを取り上げて1から作らせたっていうのに、今度はシチューのルーを取り上げて1から作らせようって言うのか。失敗するのは目に見えている、なんの覚悟もないまま突然ルー抜きでシチューを作れって言われたらなまえが可哀想すぎるし、この間の悪夢が蘇りそうになる。どうせまた残飯処理をするのはオレだ。

「まぁまぁ了さん、落ち着きなよ。 で、なまえはどういうふうに可哀想な子なの?」
「どうしたの、モモ。  なまえに興味が湧いてきた?」
「了さん言ってたでしょ、あの子は可哀想な子だって。家出してきて途方に暮れてるのが可哀想だなんて、了さんにとっては全然、可哀想な類に入らないんじゃないの」
「あっはは! 流石、モモだね!」

 伊達に了さんの良いお友達をしているわけではない。ヘラヘラ笑っている了さんに負けじと笑顔を貼り付けてニコニコしながら了さんの腹を探った。
 なまえのことは全部知り尽くしたわけではないし、謎は多いのだけど良い子だっていうのははっきりわかった。若いっていうのもあるのだろうけど純粋な子だし、家出してきたという後ろめたさが彼女の中にあるのか自分に自信がない子でもある。それでいて了さんの援助を受けているから了さんに逆らえないというか、了さんはいつどこで何をしでかすかわからないから、もし万が一おかしなことに巻き込まれても抵抗することはできない、なんとか守ってあげたいと思っていた。

「あの子は、援助交際をして生きていた子だから、そういうのが可哀想だなぁって思ってるだけだよ」

 −−嘘だ。
 了さんは饒舌で、その言葉はなんでもかんでも事実のように聞こえてくる口達者な人だから今まで了さんの言葉を一つ一つを信じていたオレだったけど、この手の話は嘘であることを見抜いた。なまえにそんなことができるはずない。以前、なまえとセックスをしていたと言っていたけど、なまえはいつまでも意味がわからないというような感じだったから了さんのこの手の話は全部嘘だ、なんでもかんでも信じていたオレをまたでたらめな言葉で信じ込ませようとする了さんの言葉遊び。そんな確信がオレにはあった。








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