幸福な降伏(09)





 片付けが終わったのは16時くらいで、小腹が空いたのでコンビニに行こうと言ったのはオレの方だったけど、コンビニに向かう道で定食屋に行きたいと言い出したのはなまえの方だった。

 ダンボールに詰め込まれたままのなまえの私物のほとんどは衣服ばっかりだったから、さすがに女の子の服を片付けるというのは気が引けたのでそこはなまえにお任せして、オレはせっせとテレビ台の組み立てとテレビの移動をしていたら片付けは思ったより時間を取らず2時間もあれば終わってしまった。
 なまえはどうやら先日の話を覚えていたのか、1人では勇気がないから行きたくても行けなかったと定食屋のことを零したなまえは子供みたいだった。だから遅い時間のおやつだけを買って、なまえの部屋に戻ってそれを平らげた17時を回った頃になまえと一緒に定食屋に行くことにした。

「やっぱ、家庭の味っていいよね」
「そうですね。 こういうの久しぶりに食べました」
「なまえちゃん、いつも了さんがいない時は何食べてんの? 自炊?」
「バイト先で賄いがでるので、それ食べてて」
「へぇ、いいじゃん! 店で出されるのって体にもいいもんね。オレも前に飲食店で働いてたりしてたけど、賄い出してくれるところは食費も浮いていいし。 どこでバイトしてんの?」
「今はレストランでバイトしてます」

 賄いは廃棄だとか、店で出される料理を数百円で食べられると話していた。洋食系みたいだからこういう和食系は久しぶりに食べるのだと、生姜焼き定食をつつきながら口にしていたなまえはなんだか幸せそうだった。

 ちょっと前まで住んでたところでコンビニバイトをしていたらしいけど、今はそこを辞めてレストランで働いているらしい。まだ始めたばかりで慣れないとか、一緒に働いているパートのおばさんと折り合いが悪くてとかそういう愚痴を絡めながらなまえと他愛のない話をする。

「自分でご飯とか作ったりすんの?」
「いえ、手料理とか一回くらいしか作ったことなくて……」

 なまえは眉毛を八の字にして苦笑いを零していた。家にいても親に頼りっきりだったのか、自炊をしたことはなくてとかそんな感じのことを言っていた。オレが高校生の頃、スポーツ強豪校だっていうこともあるけど、同級生の女の子は部活動をしている子達しかいなくて夜遅くまで部活をしているから逆にご飯を作っている子の方が少なかったからわからなくもない。オレだってしたことなんかなかったし。
 そういうことも交えながら話していると、なまえは箸の動きを止めてため息を混じらせて呟いた。

「だけどこの間、初めてご飯作りました」
「へー。 なに作ったの?」
「カレーなんですけど……」
「カレーかぁ」

 その料理の名前を聞いた瞬間、あんまりいい思い出がなくてオレだってため息を混じらせて言葉を返してしまった。了さんの家に行って、カレーみたいなおかしな物体を無理矢理食べさせられたことは記憶に新しい。
 ぶっちゃけトラウマすぎて、ユキが仕事で疲れたから手を抜かせてくれって言われてカレーを作ろうとした姿を見て拒んだくらいにはカレーとそれを見るだけで食欲が失せるくらい、あの時の記憶は最低最悪なものだった。

「−−了さんに無理矢理作らされて」

 ……ん?

「カレーってルーが売られてるじゃないですか」
「う、うん」
「それ使わせてくれなくて。 全部1から作らされて、大失敗しちゃったんですけど。あはは……でも了さん、全部食べてくれたみたいで。嫌味言われたけど、嬉しかったな」

 りょ、了さん…………と心の中で呟きを零してしまった。あの失敗料理、なまえが作ったやつだったのかよ、なんつーことをしてくれたんだ。なまえはオレが無理矢理食べさせられて残飯処理をしたっていうことを知る由もなく、了さんが食べきったのだと思い込んでいるみたいで頭を抱えそうになった。了さんは本当に嫌な人だと思ったけど、嬉しかったと言っているなまえは本当に嬉しそうにしていて、あれを食べたのはオレだっていうことを言えるはずもなく黙っていることしかできない。

 了さんはそんなことまでしてなまえのことを喜ばせたかったんだろうか。了さんとなまえの関係は未だに全然理解できていないけど、了さんがそういうセコい手を使ってでもなまえを喜ばせようとする手段を持ち合わせているっていうことは分かったし、なまえは家出をした先で了さんと出会ったということも大体わかった。
 了さんはお金のある人間だから、一人の女の子くらい養っていくことは簡単なことなんだろうとは思ったけれど、じゃあなんで了さんはこうも面倒を見て、オレを巻き込んでまで彼女を喜ばせるようなことをしているんだ?

 了さんはわけがわからない人だからふつふつと疑問が浮かんでくる、今までなまえの存在に疑問ばかりあったのに、それが無くなりかけて今度は了さんに対する疑問が浮き上がってきた。

「……なまえって、了さんとは昔っからの知り合いだったんだっけ?」
「いえ……こっちに来てから知り合いました」
「どうやって?」
「どう……? お金が無くなって途方に暮れていたら了さんと出会って、それで……それで」

 なまえは、ええっと、とお茶を濁そうとした。

 オレは運動部に所属していたしバイトだってたくさんやってきたから、なんとなくそういう気配を察せた。もともと人間が好きだから今まで好きでいろんな人間と関わってきたけど、人それぞれ個性はあるにしろ、人のはぐらかしや誤魔化しを見抜くように察することができるようになったのは、そういう経験を積んでいく上で自然と身についた能力みたいなもんだ。他にも、あ、この人今悩み事があるんだなとか体調が悪いんだなとか必死に隠そうとしている姿もわかってきているから、わかりやすいなまえの様子には真っ先に気付いてしまった。

「いや! 話したくないならいいんだ、ごめん!」

 なまえにそうさせてしまったのはオレに原因があって、慌てるように謝ってしまった。「モモはお人好しな部分があって、自己を抑えきれず食い入るところがあるよね」と、そんなことを言われた過去の記憶が一瞬で脳裏に過ぎってしまった。ユキさんと了さん二人に全く同じことを言われたことがあって、思い出したオレは焦ってなまえに大きめの声で制止を掛けてしまった。
 なまえは驚いたような顔をしていたけれど、あはは、ともう何度聞いたかわからない苦い笑い声を交えながらオレに気を利かせてくれたのか次の話題を提供してくれた。

「モモさんは、了さんとどうやって知り合ったんですか?」
「え、オレ? オレは……ツクモの社長に媚び売ってたら、了さんに会って、そっから」

 なまえはオレに同じようなことを問いかけてきたけれど、詳しいことは上手く言葉にできなかった。なまえもこんな気持ちなんだろうなぁという考えが遮って、この話はやめにした。
 お互いの共通点でもあり話題になりそうなことだけど、まだ知り合って1ヶ月も経っていないなまえにそういう話をすることは気が引けたというか、今話すことは駄目なことなのかもしれないと思った。了さんは話の種になる人ではあるけれど、あんまり深いことを語ることができない。思い返してみれば了さんとのことは、誰にも話したことはないんじゃないだろうか。
 了さんは、そういう人だということを改めて思った。








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