幸福な降伏(07)





『モモさん、なまえです。 昨日はありがとうございました。 突然ごめんなさい。 連絡先を了さんに教えてもらいました。 ちょっとお願いしたいことがあるのでお暇な時に連絡ください。』

 なまえと面会した翌日の午前中に、なまえから昨日のことに対する丁寧なご挨拶を交えたお願いしたいことがあるという内容のメッセージが一件入った。オレはなまえに連絡先を教えていなかったし、連絡先交換をすることさえ頭に無かったから、知らない電話番号からのメッセージと昨日知ったばかりの名前が画面に表示されたことにめちゃくちゃ驚いたけど、どうやら了さんがオレの連絡先を教えたらしい。
 ちょうど、昼間の休憩時間におかりんがくれたアイス棒の袋を破りながらスマホを見た瞬間に気付いたからすぐに返信したけれど、なまえはすぐに要件を送ってきた。

『テレビ台を買おうとしてるんですけど、部屋まで運ぶのと、できたら組み立てをお願いしたいんです……。』

 一体何のお願いをされるのかと思っていたら、そういうお願いだった。テレビ台?なんでそんなことにオレに頼んでくるんだ?と思ったけど、昨日はなまえを不審がらせてしまったこともあって、もしかしたらもう関わりたくない人だと思われてしまったかもしれないと思ったから、会ってすぐに了さんに連絡先を教えてもらってまで頼み事をしてきてくれたことに安心した。
 だけど、今日は夜まで仕事があって、明日からはPVの撮影で九州に行くことになっていて帰ってくるのは明後日の夕方くらい。さすがに夜に女の子の部屋にお邪魔するのは気が引けたので、空いている日の午後ならとキリの良い一週間後はどうかと提供した。でも、テレビ台を買うっていうなら早いうちが良いかもしれなくて、来週はちょっと遅かったんじゃないかと思った。

『大丈夫です! ありがとうございます! 助かります!』

 それでもなまえは承諾して、来週なまえの部屋にお邪魔してテレビ台を組み立てることになった。アイス棒を咥えながら、こんな頼み事をしてくれるんだから少なからずなまえからの信用はあるんだろうなということを漠然と考えながら当日になったらまた連絡するとだけ返信してスマホを置いた。



「モモさん、ありがとうございます。私の部屋3階なんですけど大丈夫ですか?」
「平気平気! オレ、こう見えても運動部やってたし、体力も筋肉もあるから!」

 ……てっきりなまえはアパート暮らしなんだと思っていた。

 先日食事会の帰りにやんわりとどこに帰るのかと問いかけたら自分の家に帰ると言っていて、一人暮らしだからということをついでに聞いた。17歳っていう若い女の子が東京で一人暮らしをしているということで勝手にアパートに住んでいるんだと思ってたけど、当日に送られてきた住所を元にその場所に行くと、辿り着いたのは東京23区内にある駅前の真新しい低層マンションで、オレが住んでいるアパートよりも何倍もの家賃がしていそうなところだった。
 オレが来る直前になまえの買ったテレビ台が届いていたのか、大きなダンボール箱を足元に置いたままマンションの前でオレのことを待っていたなまえに声をかけると、眉毛を八の字に曲げて申し訳なさそうに「本当にすみません」と言われた。

 なまえが購入したらしいテレビ台は思ったより重くて……めちゃくちゃ重たくて、前に了さんが有機野菜をくれた時のことを思い出しかけた。腰を抜かすとまではいかないけれど、そのくらいダンボールが重くて、一体どんなテレビを持ってて、どんなテレビ台を買ったんだと思ってしまうくらいの重さだった。

「めちゃくちゃ良いマンションに住んでるんだね」
「あはは、本当ですよね。一応、部屋はワンルームなんですけど……」

 エレベーターに乗って降りた、3階のちょっと廊下を歩いた先の部屋がなまえの住んでいる部屋らしい。

 なまえの住んでいるマンションは、入居者に与えられたカードキーを通さなきゃ建物の入り口にすら入れなくて、そこを通り抜けると守衛さんがいた。おまけに部屋はオートロック式、一体どんな生活をしていたらこんな若い女の子がこんな部屋に住めるんだと思ってしまうほどきっちりとしたマンションだった。だけどまぁなまえの家庭事情はよくわからないけど、両親が金持ちか過保護なんだろうなぁと重いダンボールを抱えたまま、新築なだけあって内部がとても綺麗なマンションを見物しながら歩いた。

「お邪魔しまーす。 めっちゃ綺麗じゃん! は!? ん!?」
「ごめんなさい。スリッパもなんにもないんですけど」
「いや、それは全然大丈夫なんだけどさ、え? ワンルーム……って言ってなかった?」
「一応、ワンルームじゃないですか?」
「いや、オレが知ってて想像してたのと全然違うんだけど」

 スリッパの有無はオレは気にしないタイプなんだけど、なまえはこの部屋に引っ越してきたばかりなのか、部屋には必要最低限のものしか置かれていなくて、部屋の隅っこにはダンボールが転がっていた。
 そんなことよりも、部屋に上がり込んで吃驚したのは部屋の広さだった。なまえはここに来る前にワンルームだと言っていたけれど、オレが想像していたワンルームとは程遠い、おそらくリノベーションか何かで元は2、3LDKくらいの部屋を貫通させためちゃくちゃ広々とした20帖はあるワンルームで、オレは語尾が小さくなっていくくらい、想像していたのとは全然違った部屋の広さに驚いてしまった。

「これ、どこに置けばいい?」
「とりあえずこのへんに……テレビ、向こうに避難させてるんですけどこっちに置こうかなって思ってて」
「うわっ、テレビ、でっっか! これあれでしょ、今話題になってるやつ!」
「……そうなんですか?」
「そうだよ! 4Kってやつ! 高いやつだよこれ、そんなのも知らないで買ったの!?」
「買ってもらったやつで……」
「誰に?」
「了さんなんですけど……」
「了さん!?」

 −−あの人、なに考えてんだ!?

 なまえの部屋に置いてあったテレビは最近話題になっている4K対応の液晶テレビっていうやつで、了さんの家に置いてあるどデカイテレビより一回りくらい小さめだけど、大きさは60とか70とかそれくらいあるんじゃないの?というくらいで、オレが涎を出し続けたって簡単に買えやしない値段がする。
 なんでそんなこと知ってるのかって言われたら、最近ユキとテレビを買い替えたいねって話になって電気屋に探索しに行っていたからだ。お金がないから、実家でオレの部屋で使っていた20インチもない小さなテレビを使っていたんだけど、最近ちょろちょろっとテレビに映れるようになってきたし、もっと大きな画質のいい画面で自分たちの姿を見たいと話があがった。

「ねぇ、なまえちゃん。ちょっと、へんな事聞いてもいい?」
「はい?」
「この部屋ってさ、家賃いくらくらいすんの? 誰が払ってくれてんの?」
「家賃は……わかんないです。その、了さんが買ったって言ってたから」
「買った!? マンション買ったの!? なまえちゃんにマンション買ってあげたってこと!?」
「そ、そうみたいで……」
「なになに、なまえちゃんって了さんのカノジョだったりする?」
「いや、そういうのでは」
「付き合ってもないのにマンションもテレビも買ってもらっちゃったの!? 前世でどんだけ徳を積んだらそんなことしてもらえるようになんの!?」
「いやぁ、私もビックリですよ、あはは……」

 度肝を抜かれるとはまさにこのことだ。テレビも買って、こんな馬鹿高そうなマンションも買ってやるって、了さんは金持ちだから簡単に買ってやれるんだろうけど、17歳の女の子に貢ぐって一体どうなってるんだ?
 オレだって昔一回だけ、あわよくばと冗談交じりに「了さん、あれ買ってよ」と高い布団を強請ったことがあったけど、了さん的にそういうのは却下案件だったらしく乞食呼ばわりされた過去がある。了さんは飯は奢るけど他人に物を貢ぐことは絶対にしない人だと思っていた、だから尚更驚きだ。

「付き合ってもない男にこんなに貢がれちゃって、親御さん何も言わないの?」
「家族は知らないです。私、家族いないので」
「えっ、あっ、ごめん!」

 あんま触れるのは良くないことだと思ったけど、咄嗟に出てしまった家族ネタをなまえは困ったように笑ってそう返してきた。家族がいないって、オレはとんだ地雷を踏んでしまったのかもしれない。そうだよなぁ、こんな子が一人暮らしするくらいだもん親がいなくて何かの縁で了さんの世話になっているのかもしれないという考えがぽんっと頭の中に浮かんでしまって、だからめちゃくちゃ謝ってしまった。

 それでも、なまえは言い辛そうに、だけどこんなことに触れたら受け流すことができなかったのか口を開いた。なまえの台詞を聞いたオレは、なんて返事をしたのか覚えてないくらいテンパってた。

「……私、家出してきたんです」








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