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 金の力に物を言いムードの良いバーを名前と二人の貸し切りにしようと思ったのに、彼女がそれを断ったことにより他にも客がいる状態でのデートとなってしまった。
 カウンターではなく夜景のよく見える席に向かい合わせで座ってお酒を飲んでいた。居酒屋など食がメインではないのでテーブルがやや小さめに出来ておりその分俺たちの距離が近くて良い。
 他愛の無い話をしていると何を思ったのか名前が不意に歌を歌い始めた。

「あいにーきてあいにーじゅー」

 何の歌を口ずさんでいるのかと思えば一昔前に流行った歌らしく本当に同い年か疑いそうになった。けれどグラスを両手に持って気分良く歌っている名前にツッコミを入れるほど俺は意地悪な男ではない。
 カクテルの入ったグラス片手に名前の歌を聞き入れば何とも可愛らしくない歌詞だ、要約すると彼女持ちの男に恋を寄せ浮気を促している歌らしい。
 俺には名前しかいないし彼女にも俺しかしないはずだ。なのにそんな歌を口ずさむとは何を揶揄しているのだろうか。

「俺には名前しかいないよ」
「? 何が?」
「その歌だよ。俺に対して何かの揶揄じゃないの?」
「えー、違う違う」

 特に歌詞が気に入っているというわけではなくメロディが好きだったから一時期よく聞いていただけだそうだ。つまり今歌っていることに深い意味は無いわけで少し安心した。
 何よりよく聞いていた時期というのが俺が社長に就任して間もなく、多忙を言い訳に名前に会えなかったときだそうで、俺の心にちくちくと刺さっていく。

「別にね、ヒロトが悪いって言ってるわけじゃないの。寂しくないって言ったら嘘だけどヒロトが頑張ってるんだから私は応援しないと、ねー」
「名前……!」

 酒の席だからか名前の本音を久々に聞けた気がした。照れ隠しにぐびぐびとグラスの中身を飲む名前が可愛くて思わず抱きしめたい衝動に駆られたが俺もグラスの中のカクテルを飲み干すことでごまかした。
 丁度二人ともグラスか空になったのでスマートに店員を呼び名前はファジーネーブルを俺はジンライムをそれぞれ追加注文した。
 店員が戻ったところで話は再開して、先ほどとは違って今度はいつ会えるのかとか少し現実に戻された気分になってしまったが、あの時会えなかった分をこれから埋めていかないといけないなぁと考えた。

「名前が会いたい時はいつでも会いに行くよ」
「社長さんが仕事さぼっちゃだめだよー」
「うーん、そうだな、今までは会社のために働いてたけど今後は名前のために働くよ」
「それってどういう……!」

 わかってるくせに、名前の腕を引いてその場の勢いで彼女の唇に自分のを重ねた。お互い酒臭いがそんなことは気にしない。
 最初こそ名前も驚いていたがだんだん気持ちよくなってきたのか眼を瞑り、唇を通して伝わる熱に蕩けていた。
 ここが店内で人目がはばかる上にいつ店員がくるかわからない状態でもあったので名残惜しくもすぐに離れた。ちょっとだけ舌は入れたけど。

「んっはぁ。……いきなりはずるい」
「名前好きだよ」
「……それも反則」

 恥ずかしそうに顔を隠す名前を見詰めていると無性に名前と結婚したくなってきた。仕事から帰れば家には誰もいないけど結婚すれば毎日名前が家にいる。そう考えれば仕事も頑張れるのだ。
 父さんにも身を固めろと言われていたし丁度良い機会なのかもしれない。先ほど言った言葉も遠まわしなプロポーズなわけであって伝わっていれば幸いだ。
 けれど今はアルコールが入っているのでプロポーズすべき場面でないことぐらいは酔った頭でも分かっている。

「ねえ名前」
「ん、なに?」
「素面の時にちゃんとプロポーズするから今はこれで許して」

 名前の左手を取りその薬指にキスを落とす。今度ちゃんとしたのを渡すから今は見えない婚約指輪でこの場所予約しとくね、そう言ったら赤い顔を右手で覆った。

「照れてるのも可愛いよ」
「……ばか」



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