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 これの続き




 舞台稽古に本番、本番が終わったらチューリップの花束に添えられた手紙を読む相変わらずな毎日を送っている私に、ちょっとした転機が訪れた。

『今度サッカーの試合があるので良かったら見に来てください』

 この文章はヒロトさんからのファンレターに書いてあった一文で、試合の詳しい日付も書かれている。
 その日はちょうど舞台が一段落して休日を貰える予定になっていたので私は喜んで試合を見に行くことにした。

 当日、何かあっても大丈夫なよう大神さんにはちゃんと行き先を伝えてある。楽しんでおいでと言われたので沢山羽を伸ばそうと決めた。
 普段私たちは滅多なことがない限り変装やお忍びで出掛けたりしない。特にすみれさんはそういったことは嫌いでいつも堂々と街を闊歩している。
 堂々と歩いて見せてこそトップスタァたる者ですわ、というすみれさんの言葉を思い出す。
 私はトップスターではないけど変装なんてしないで普通に街中を歩く。途中名字名前であると気付いた通行人が握手やサインを求めてきたので快諾。

「サインありがとうございます!」
「この前の舞台最高でした!」
「いつも応援ありがとうございます」

 こうしてファンの方々と触れ合っていると歌劇団に入って良かったと心から思う。
 そうこうしているうちにサッカー場に着いた。もうすでに試合が始まってしまっていて、私は慌てて適当な所に座り試合を観戦することにした。
 しかしサッカーの知識が乏しいせいか今どういう状況なのかいまいち分からない。ルールはそれなりに勉強したはずなのにいざ観戦してみると白熱した試合にルールを思い出す暇もない。
 みんな楽しそうにボールを追いかけていて見ているこちらも楽しくなってしまう。

『基山のシュートが決まったぁ!』

 実況の声で簡単にヒロトさんを見つけることができた。客席とグラウンドの距離が近いのもあって容姿がはっきりと分かる。
 ヒロトさんは毎回くれるチューリップに負けないくらい赤い髪の毛だった。きっとカンナさんよりも赤いと思う。
 点を決めてチームメイトの人たちとハイタッチをしているヒロトさんを見つめていると、こちらの視線に気付いたのかぱっちりと視線が合う。
 私がいることに驚いているヒロトさんに笑顔で手を振れば、彼は途端に顔を赤くしてグラウンドを駆けていった。
 どうしたんだろう。運動のしすぎで熱中症とかになったのなら大変だけど、元気にボールを追いかけているから大丈夫そうだ。

 じっと試合を見ていて、ふとヒロトさんに見覚えがあったのを思い出した。
 あれは確か数ヶ月前、私が帝国華撃団花組の一員として東京を襲った降魔と戦っていた時のこと。
 逃げ遅れた男の子たちが降魔の標的にされており、私の乗っていた光武が彼らを保護し、大神さんたちにより降魔は倒された。
 怪我人はいなかったから良かったのだけど、思い返せば男の子たちの一人がヒロトさんだったと思う。あの赤い髪が印象的だったので覚えている。

 ヒロトさんは光武に乗っていたのが私だとは知り得ない。何とも出来すぎた偶然。
 ほんわかと胸のあたりが温かくなるのを感じながら試合の行く末を見守った。


『試合終了! 雷門辛くも勝利しました!』

 ヒロトさんのチームは負けてしまったけれどみんな満ち足りた顔をしている、観ている側にも伝わる素敵な試合だった。
 帰る前にヒロトさんに挨拶をしていこうと思い、立ち上がると私のファンだと言う方が握手を求めてきたので快く手を握る。
 次の公演も観に行きます、という嬉しい言葉を頂いたので私も、次の公演も頑張りますと笑顔で応えた。
 そうして気付けば私の周りに人だかりが出来ていた。うう、ヒロトさんに挨拶するタイミングを逃してしまった。
 だからといってファンを蔑ろには出来ないので一生懸命対応していると人だかりを掻き分けるように誰かがこちらに向かってきた。

「すみません通してください!」

 その人は人だかりから私を攫って走り出した。足がもつれないよう必死になりながらもその人物を見やると真っ赤な髪が目に入った。
 私の手を握って走るのはヒロトさんだったのだ。髪の色はやっぱりカンナさんよりも赤い。

「ひっ、ヒロト、さん!」

 息が上がる中でなんとか声を絞り出す。もうそろそろ私の体力は限界を迎えそうです、たった数分走っただけなのに、情けない。
 これでも一応華撃団の一員である身。それなりに鍛えてはいるけどやっぱり現役サッカー部員の男の子の走りに付いていくのはやっとのことだった。
 というか私が走るのが苦手なだけかもしれない。長時間の舞台で歌ったり踊ったりするのは平気なのに走るのだけはどうも苦手。

 人気のない住宅街に入った所でヒロトさんはようやく止まってくれた。胸に手を当て息を整えながら振り返った彼を見ると、試合の時とは少し違う、優しい瞳と視線が合う。

「急に連れ出してしまってすみません……」
「いえ、大丈夫ですよ、少しびっくりしましたけど」
「……本当に来てくれたんですね、ありがとうございます」

 私が試合を見に行ったことが相当嬉しかったのだろう。ヒロトさんは目一杯の笑顔を浮かべた。
 お礼を言うのは私の方だ。いつも舞台を観に来てくれて、いつもチューリップの花束をくれて、いつも手紙をくれて、今日は楽しい試合を見せてくれて。

「わ、私の方こそ、いつも舞台を見てくださって、花束や手紙まで。ありがとうございます」
「読んでくれてたんだ……!」
「はい、ヒロトさんのお手紙にはいつも元気を頂きますっ」

 ヒロトさんの手を握れば彼ははにかんで笑う。頬がほんのりと染まっているのに私も思わずはにかんでしまった。

「あの、また手紙書きます! 舞台も観に行きます!」
「そのことなんですけど」

 手を握る力が強まったと思ったら、私の言葉を聞いた途端に力が弱まった。ヒロトさんは不安げな表情を浮かべている。
 まさか迷惑だとか言われると思っているのだろうか。全然違うよ。

「今度は、私からもお手紙を書いていいですか?」

 先ほどのヒロトさんと同じく目一杯の笑顔を浮かべる。ヒロトさんの目はこれでもかと見開かれ、ぽろぽろと涙を流し始めた。

「す、すみません、嬉しくて……」
「これ、使ってください」

 ポケットからハンカチを出してヒロトさんに手渡す。私のために嬉し涙を流してくれる彼に私も思わず泣きそうになった。
 今度ヒロトさんと会うときは変装してこよう。歌劇団の名字名前ではなく、ただの名字名前として会いたい。



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