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「#幼馴染」のBL小説を読む
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- ナノ -

 思いの外デスクワークが捗ったため、今日はいつもより早い時間にトレーニングルームに着いた。
 この時間帯ならばまだ誰も来ていないだろうから静かにトレーニングが出来ると、そう踏んでいたのに。トレーニングルームには先客がいて、その人物は静寂とはかけ離れた状況を一人で作っていた。
 ナマエ。ブルーローズとはまた違った方向性のアイドルの道を行く彼女は、今日もまた可愛らしい衣装を身に纏って歌い踊っていた。

「……何してるんですか?」
「あっ、バーナビーおっはよー! んん〜、何って、新曲の練習だよ〜。この曲可愛くて気に入ってるんだぁ」
「おはようございます。……そうではなく、何故ここで練習しているのかを尋ねているんです」

 大体、トレーニングルームはダンスの練習をする場所じゃないのは彼女も知っているはずだ。ジャスティスタワーにもレッスンルームがあることを、僕はBTBの練習の時に知っていた。
 僕がヒーローとしてデビューするよりもずっとずっと前から、彼女もレッスンルームの存在は知っているはず。

「だってぇ、一人ぼっちは寂しいでしょー? ここにいたらみーんなと会えるもん」
「そうですか」
「もー、つれないなぁ〜。そんなんじゃあ友達出来ないぞ☆」
「出来なくて結構」

 いい年した大人がギャルのような言葉遣いをするんじゃないと咎めようとしたが、これが彼女の営業用の口調なのかもしれない。
 僕がヒーローとしてのバーナビーを演じているように、彼女もまたアイドルとしてのナマエを演じているのだとすれば納得もいく。
 ヒーローを演じていない素面の僕と二人きりの状態でもなお、アイドルとしての自分を演じているなんてプロ中のプロだ。
 しかし、単純にこれが彼女の素面だとすれば僕は、ここまで真剣に考察していた自分が恥ずかしい。どの道、真実を知るには彼女との付き合いが短すぎる。

 僕がトレーニングマシーンに腰掛ければ横のマシーンに彼女も座った。フリルの沢山付いた衣装を着てのトレーニングは無理なので、目的は十中八九僕に話しかけるためだろう。
 案の定彼女はマシーンに手を掛けることなく、僕の方へ向いた。

「ねぇねぇ、バニーちゃん!」
「僕はバニーじゃない、バーナビーです」

 大きな瞳に見合う整った顔も、生まれ持った美しい髪も、細すぎず出るところはしっかりと出ているプロポーションも、聴く人全てを癒やす心地よいソプラノも、全てが完璧だというのに。

「バニーちゃんって童貞?」

 何故に喋っている彼女はこうも残念なのだろう。本当に、黙っていれば全てが完璧だというのに。
 そして僕はこの低俗な質問に答えなければいけないのだろうか。
 静かにトレーニングが出来るなどと愚かな考えを持っていたさっきまでの自分を殴りたい。

「……何故そんなことを聞くんですか」
「今ヒーロー内の童貞率調査をしてるの! 個人的に!」
「個人的興味ならば答える必要はありませんね」
「んもー、バニーちゃんのいけずぅ」
「僕にもプライバシーはありますので」

 顔出しヒーローにプライベートはあってないようなものだと感じさせる日々だが、プライバシーだけは尊重されてきた、のに。

「話したくないってことは童貞なんだろーな、うんうん」
「どど、ど、童貞じゃありません!」
「図星っぽーい! きゃはっ☆」

 なのに、この人はこうもずかずかと他人のプライバシーゾーンに土足で立ち入ってくるのか。彼女の長所であり短所でもある。
 大体、僕は両親が殺されてからは復讐することだけを目的に生きてきたのだ。女性関係に関しても必要最低限の接触に留めていただけ。
 僕は自惚れではなく自分が女性にモテているという自覚がある。よって卒業しようと思えば今すぐにでも可能。これは言い訳ではなく事実だ。

「そんな童貞バーナビーに魔法をかけてあげまぁす!」
「結構です」
「まぁまぁ、そんなこと言わずにぃさぁ☆」

 彼女はにんまりと笑うと可愛らしい仕草で一回転し、右手を差しだし粉でも振り掛ける様な動作をとる。これが彼女なりの魔法、なのだろう。
 どうせろくな物じゃない。そうは分かっていても彼女の言う魔法とやらが気になったので素直に尋ねてみた。

「……一応聞いておきます。どんな魔法ですか?」
「一生童貞を貫く魔法」
「それは魔法ではなく呪いです!」

 やっぱりろくな物ではなかった。もうこの人と関わりたくない。何で誰も来ないんだ、誰でも良いから早く来てくれ。これ以上彼女と二人きりでいたら僕のライフはゼロになる。
 満足げに笑っている彼女を今度こそ無視することに徹する。無心でマシーンを動かしている僕を、彼女は黙って見始めた。
 しかし彼女も飽きたのか、早々にダンスの練習に戻って行く。僕の動かすマシーンの音と、彼女の新曲がトレーニングルームを支配する。

「あの、おはようございます」

 その空間をぶった切るように現れたのは折紙先輩だった。
 控えめに声を掛けながら入ってきた先輩を見て、彼女は再び目を輝かせる。

「折紙おっはよー☆ 早速だけど折紙って童貞?」
「あ、ナマエさ、ってどう、えっ……えーっ!?」

 悠々と次の調査を開始したナマエさんに、僕は盛大なため息を吐かざるを得なかった。一体彼女は何がしたいんだ。



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