思わずぺたんと座り込んでしまった私を見下ろす水月がいつもと違う、真剣な表情をしていたので私は何も言えなくなってしまった 膝をつき、じわりじわりと距離を縮めてゆく水月に、これから行われることを想像するだけで体が火照ってくる 気恥ずかしくて思わず下を向きたくても、熱を孕んだ彼の瞳がそれを許してくれない 「名前……」 切羽詰まったような顔が私を見つめている、私の手は無意識に彼の頬へと伸びていて、頬に触れると彼の手が上から優しく包みこんだ 常人よりも基礎体温は低いはずなのに、触れている頬も私を掴んで離さない手もほんのりと熱を帯びている 柄にもなく緊張しているのか、いつもと体温が逆転したみたいに私の手は水月の手より冷えていた 「手、冷たいでしょ? ごめんね」 「ううん、ボクの体熱いから、冷たくて気持ちいい」 水月は掴んでいる私の手を頬から離すわけでもなくただほんの少し強く握るだけ 期せずして水月も期待しているのかもしれない、どきどきと二人分の心臓が五月蝿いくらいに高鳴ってゆく 「……」 「水月、?」 「咬みつきたい」 開いた口から鋭く光る歯が顔を覗かせる、これに咬まれたら一溜まりもないだろう、一溜まりもなく骨抜きにされてしまう 彼なしでは生きていられなくなるのだという、変な自信すらあるのだから、恋は末恐ろしく、愛は奇怪だ 「ボクのものだって印、たくさん付けたい」 「そんなに歯形だらけにされたら香燐みたいになっちゃうよ」 所謂世間一般で言うところのキスマークではなく歯形というところが何とも水月らしい なんて呑気なことを考えていたら水月が口元に弧を描く、いつもの悪戯な笑み 「香燐とは違うよ、名前のは全部ボクが付けるから」 そう言って彼は私の肩に噛みついて見せた、鋭利な歯が皮膚を貫き肉に食い込む じくじくと熱を帯びてゆくのが心地よく、その快感に身体が打ち震える 水月の背中に腕を回してじっと痛みに耐えるが舌で舐められてしまえばそんなのどうでもよくなって、時折掛かる吐息すらもどかしくて仕方がない 「んっ……」 我慢はしていたものの、ゆっくりと歯が引き抜かれる感覚に思わず声が漏れてしまった 私が恥ずかしいと思うよりも先に、垂れてきた血を彼が舐め上げるので私はもう一度声を漏らしていた 「んはぁ」 「っ、」 今度は素直に恥ずかしがる機会があったので頬に熱を集め腕の力を少しだけ強めた すると水月は動きを止め、背中に回された私の腕を掴むと、肩に顔を埋めたまま動かなくなってしまった どくどくと血管が脈打ち傷口から血液が滲み出ているのを感じる、このままでは水月の顔や髪の毛に血が付いてしまう 彼の体を退かそうにも腕は彼に掴まれていて上手く動かせない、動かせたところで私の力では何も出来ないだろうけど、だからと言って何もしないのは私が耐えられない 左肩が熱いのは彼に咬まれた傷口のせいか、それとも彼の顔が熱いせいなのか 「……反則だよ」 「水月?」 ふと肩が軽くなる、頭を上げた水月の顔にはやはり私の血が付着している 前髪の至る所にも血が付いており酸素に触れたことにより赤黒く変色している、彼の色素の薄い髪の毛にその赤はよく映えていると感じた ゆっくりと視線を髪から下げて、額やら頬やらに血を付けた水月の表情を見て私は固まってしまう 苦しそうに眉を寄せて唇を尖らせているのに、瞳の奥はぎらぎらと獲物を狙う肉食獣みたいに光っているのだ 付着した血のように赤い顔をして私の名前を呼ぶ、開いた口の中も、私の血で赤かった 「そんな色気のある声出されたら歯止め、効かないからね」 さっきまでの切ない表情が一変して滅多に見せない真剣な顔が徐々に近づいてくるのを感じ、今度は私が真っ赤になる番だった 今宵は赤に染め上げん |