決して治安が良いとは言えない街、シュテルンビルトでは今日も犯罪者が悪事を働きヒーローがそれを収拾しようとしていた。 喧騒を後ろに聞きながら、彼女もまた、本人の意志は別として、他の者たちと共にヒーローとして活躍していた。 『“気まぐれ吸血鬼”ナマエ・スカーレットが犯人を空高く引っ張り上げたー!』 彼女の立場もヒーローとして定着してしまい、吸血鬼という事実は設定というご都合主義に改竄され、幻想的な能力はNEXTの一言で片付けられる。 背中から生えている立派な翼も、美しく弧を描く口から覗く鋭い牙も、全て嘘偽りなき本物だというのに。 それはさておいて、細腕のどこから力が出ているのか、ナマエは逃走していた大柄な男を軽々と引っ張り上げて見せた。男は驚きを隠せず、持っていた布袋を落としてしまう。 彼女の能力は空間さえも容易く切って繋いでしまうが故に神出鬼没がデフォルトとなっており、今回の登場方法も空間を切り繋ぎ突如として姿を現したかに見せている。 夜中の宝石店を襲いありったけの宝石を盗み出し逃走していた犯人の前に急に現れ、その腕を掴んだのだ。それまではアニエスの呼び出しも食事中だと無視していたくせに。 『どんどんと上がっていきついには落ちたら怪我だけでは済まされない高さまでに達してしまったぁ!』 ヘリコプター内から見守るマリオの実況通り、彼女たちはシュテルンビルドを一望できる高さまで上昇していた。 「ふふっ。ねぇ、助かりたい?」 ナマエの問いに男は千切れんばかり首を縦に振る。実況の言うとおりこの高さから落ちれば怪我だけでは済まされない、最悪の場合は死も有り得る。 落ちないようにと彼女の手にしがみつきたくても手首を掴まれているため触れることさえ叶わない。ただただ体を強ばらせ涙で顔を汚す男に、彼女は美しくも愉しそうに笑って見せた。 「だったら命乞いしなさい」 男の手首を掴んだまま彼女ゆっくりと回転し始める。無邪気な子供が人形を振り回すように、実に愉しそうに。 『でたぁー! レディスカーレット十八番の“悪魔のメリーゴーランド”ォッ!』 誰がそう呼び始めたのか、彼女の技の一つとしてすっかりと定着してしまったらしい。本人曰わくただ人間で遊んでいるだけらしいが。 自分の命を握っている人物に命乞いをしろと言われたらするしかない。 恐怖で喉が締まり上手く声が出せないが、生きたい一心で蚊よりもか細い声を絞り出す。まるで壊れかけのレディオのようだ。 「あ……し、しに……たく……」 「なぁに? 全然聞こえなぁい。手、離しちゃおうかしら」 命乞いは周りの喧騒にかき消され彼女には届かないが、彼女の愉しそうな声ははっきりと男の耳に届いていた。 不満げな表情を浮かべ手の力を弱めてやれば男は必死に声を張り上げる。そうしなければ死ぬのだと、嫌でも理解できた。 「助けて下さいっ、い、命だけは……!」 そう言っても男は心の隅ではどこか安心していた。ヒーローは例えそれが百以上の殺人を犯した重犯罪者であろうと自分を殺そうとしている極悪人であろうと、人を殺める行為は決してしない。 如何なる理由であろうと人を殺めてしまった時点でヒーローという役職を永久に剥奪されてしまうのだ。 それに彼女のこの技をテレビで観たことがあったが犯人はちゃんと生きていた。たからこそ、自分も命までは奪われないという確信がどこかにあったのだ。彼女の瞳を見るまでは。 愉しそう笑っているが瞳は違った。まるで人間の命を紙屑同然にしか視ていいない、そんな印象を受ける冷徹な瞳。 そこで初めて死を意識し己の人生を悔いる。遊ぶ金ほしさに命を犠牲にするなんて、愚かな行為だったのだと。今更悔いても後の祭りに過ぎないが。 「あが、やめ、しに、死にたくない!……た、助けて、ください」 生憎ナマエ・スカーレットという女は、ヒーローとは呼ばれどもヒーローをしているつもりは毛頭ない。 興が削がれてしまえば例え犯人を追い詰めていたとしても、その場を去っていってしまう。 そんな自由気ままを絵に描いたような態度は市民から賛否両論だが本人はこれっぽっちも気に留めていない。吸血鬼にとって人間なぞ食事、ひいては玩具に過ぎないのだから。 そもそもヒーローなんてものにこれっぽっちも興味がない。ヒーローに成ってくれと頼まれたから、暇つぶし程度にやっているに過ぎない。彼女にとってヒーローの契約なんぞ有って無いようなもの。 何より、彼女の正体兼本業は吸血鬼だ。人間を喰らい悪魔を呼び出す鬼が正義の味方をしている方がおかしな話なのだ。 いつ辞めても惜しくない。現在は幻想郷から連れてきたメイド長が食事を用意しているためその必要がないだけで、人間を喰らおうと思えば今すぐにでも出来るのだ。 大人の女性にしては我が儘な部類に入る彼女が人目を気にせず人間を喰わずにいること自体が奇跡に近い。それもいつまで持つか解らないが。 「お願いじます! 命だけは!」 「……飽きたわ」 「え……?」 ぴたりと回転を止めたかと思えば呆気なく両手を離す。 当然男は重力に従い上空数百メートルから地面に向かい真っ逆さまに落ちてゆく。 「うわ、おあああぁっ!?」 もう駄目だ、男がそう思った時だった。感じたのは浮遊感と、急に止まったことにより込み上げてくる吐き気。 しっかりとその眼で確認すれば男は宙に浮いていて、すぐ横にはキングオブヒーローの姿。男はスカイハイに助けられたのだ。 そのまま犯人確保のポイントを貰った彼が上空で浮いているナマエを見やると、彼女は空間を切りその場から消え去った。 後日、お抱えのメイド長を従えトレーニングルームに現れたナマエに、スカイハイことキースが詰め寄った。 彼の行動にいち早く反応したのはメイド長こと十六夜咲夜で、主君の前に立ち得意のナイフを出そうとしたが行為に移す寸前に制止される。 「咲夜、下がりなさい」 「……はい」 不本意をまざまざと表情に出し数歩下がった咲夜。そもそも何故メイドまで連れてきたのかと誰もが問いたい場面だが、キースがそれをさせない。 ナマエに詰め寄り彼女の肩を掴む。その行為にバーナビーは持っていたペットボトルを落とし、イワンは顔を赤くし、ネイサンとカリーナは黄色い声をあげる。 端正な顔が彼女を見つめる。普通の女性ならば頬を染めるなどのリアクションをするところだが生憎彼女は普通ではないため、ネイサンたちが期待しているリアクションは出てこない。 「ナマエ君、いつも言っているだろう。ドレスで空を飛ぶのはよくない、そしてよくない!」 昨日のことを思い起こしながら言っているのだろう、彼の頬はほんのりと赤い。 彼女は中世の女性が着ているようなフリルが惜しみなくあしらわれた、裾が広がっているデザインのドレスを着用している。スカートの中にもフリルが存在するが下着を完全に隠せる量はない。 そのため宙に浮いている時、下にいる者に下着が見えることが稀にある。事実千二百年以上生きているとはいえ見た目だけならばうら若い女性なのだから、彼は注意しているのだ。 「人間の生娘じゃあるまいし、下着の一枚や二枚、見たければ見ればいいじゃない」 では見せてくださいと、バーナビーと咲夜が前に出ようとしたのだが、それよりも早くキースが声を荒げた。 「それはいけない! そして危ない!」 何が危ないのかは置いといて、キースは真っ赤な顔を力いっぱい横に振る。後ろでカリーナも同じように顔を赤くしていた。 パオリンの教育上宜しくない雰囲気に虎徹とアントニオはそれぞれ、彼女の耳と目を押さえている。 ダメだダメだと首を振るキースが余りにも可愛らしく、ナマエは彼の胸に手を置き寄り添うような体勢をとった。 美しい笑みを浮かべ、ウェア越しに逞しい肉体を優しい手つきで弄る。ネイサンは目を輝かせ、咲夜は歯を食いしばり悔しさをありありと表現する。 「ナマエ様!」 「ナマエ君っ、ななな何を!」 「うふふ、ウブな男って美味しそう」 「っ!!」 「スカイハイ!?」 ナマエがキースの耳をとろけさせる甘い声色で囁くと、ついに彼はキャパシティーオーバーで倒れてしまった。 あらあら、と口元に弧を描き愉しそうに笑う彼女は実に悪魔めいて見えたそうな。 |