これの続きで、原作(アニメ)22話あたり 「みんな、僕の話を聞いてほしい」 鬼龍院羅暁との最終決戦を控えた裸の太陽丸の甲板。 三つ巴だった流子、鬼龍院皐月及び本能字学園四天王、ヌーディスト・ビーチも全員が輪になりマコの母お手製のコロッケと、鬼龍院皐月の執事が淹れた紅茶で腹ごしらえをしていた時に、僕は全員に聞こえるよう言った。 流子が鬼龍院皐月と和解した今を逃せばこれから先、いつ言える時が来るかは分からないので話しておきたかった。 僕の話を聞いた上で今後の作戦を練って欲しかったのだ。 忙しなかった食事風景が一変して静かになるのにそう時間は要せず、僕は今まで黙っていたことを話す。 「僕はこの世界の人間じゃない。前にいた世界で殺されてこの世界に来た」 鬼龍院皐月と四天王ら並びにヌーディスト・ビーチの面々は皆一様に己の中で僕の言葉を処理していた。 流子やマコは既に知っていることだから何の反応もしないが、打ち明けた当時はマコに宇宙人なのかと驚かれてしまい、その発想力に僕は感心してしまった。その様子に流子が呆れていたのは今では良い思い出という物なのだろう。 「……やっと言ってくれたね。ボクは君の事が知りたくて溜まらなかったんだ」 いつ頃から僕に目をつけていたのかは分からないが、三木杉が僕を見つめる。 一無星生徒として慎ましく生活していたとはいえ流子たちと関わっていればその身体能力や戦闘力を発揮する場面は当然有り、ここに居る面々は確実に僕の戦闘を目にしている。気にして当然だ。 特に、先の針目縫との戦いでは契約者としての能力を使ってしまったから、もう誤魔化しは効かない。 だからと言って流子たちと関わっていたことを後悔したことはない。彼女たちといると前の世界での単なる出来事が掛け替えのない大切な思い出に昇華されるのだ。 「三木杉、その言い方は変態臭いぞ」 「変態とは失礼な。事実なんだから仕方ないだろう?」 「そんなことより、殺されたってどういうことよ!? ちゃんと説明しなさいよ!」 蛇崩乃音の言葉に僕は静かに続ける。ここから先は流子たちにも話していない、僕の過去。 「僕は契約者と呼ばれる特殊能力者だ」 契約者。この世界を基準に考えるのならば何らかの契約を交わした人間という取るに足らない単語だが、僕の世界では違う意味を持つ。 契約者とは突然変異で特殊能力を持つようになった者のことで、能力使用に対する対価を払う姿が恰も“契約”しているように見えるためそう呼ばれるようになった。 故にイギリス情報局秘密情報部、通称“MI6”に所属し様々な任務を熟してきたことも、この世界では少々幼いが元は二十代であることも、大分省略したが要点は全て話した。 「僕は任務を遂行したが、任務の際に受けた傷が原因で結果として死んだ。そして気付けば幼い姿でこの世界にいた」 同じMI6のエージェントのドールであった、つば付き帽子を目深に被った少年の姿を思い出す。彼を目的地まで連れて行ったのは良いもののそこで僕は力尽きてしまったのだった。 彼はドールであったが負傷した僕の心配をしていて、僕なんかよりずっと人間らしさがあった。彼は、今も生きているだろうか。 前の世界の僕だったらそんなこと考えすらしなかったのに、僕は相当流子たちに絆されてしまっているらしい。 目にも止まらぬ速さで指を動かしていた犬牟田宝火がその手を止め、眼鏡を押し上げる。 「伊織、名字に生命戦維を渡してくれ」 「わかった」 言われた通り伊織糸郎の寄越した生命戦維を手に取れば逃げるような仕草をとり、間もなく飛散し消滅する。 別の世界から来たせいか、はたまた契約者であるせいが、僕はこの世界特有の繊維との相性が最悪だ。僕が鮮血の声を聞けたり、無星生徒の制服しか着用しなかったのにはそういった要因も含まれている。 現在は無星制服ではなくこちらの世界に来た時に着ていた私服を着用しているのだが、ここにいる人間の八割が全裸に準ずる格好をしているので服を着ている方がおかしな奴に見えてしまう。なんとも不思議な世界だ。 話を戻して、生命戦維が人を拒絶する現象を見るのは初めてだったらしく全員の目が丸まり、僕と犬牟田を交互に見やる。 「やはりな。生命戦維で出来ている針目縫が君を異常に怖がっていたのはそれが要因か」 「そうなるのかな」 「君の正体を知ったからこそようやく納得がいったよ」 「どういうことだ犬牟田」 蝦蟇郡苛に促され犬牟田は簡潔に説明した。 曰く、生命戦維は本能で僕に恐怖し、拒絶しているらしいく、今までもそういった例が多々あったようだ。そう考えると鮮血が僕とあまり話したがらないのにも説明がつく。 流子を取り戻す際に針目縫といざこざがあった時も奴は動揺を隠さず僕を必要以上に拒んで、最終的に逃げるという選択をとった。そのせいで重症は負わせたが仕留め損なってしまった。 「おい待て。私も生命戦維で出来てるけど名前を怖いと思ったことなんかねぇぞ」 流子の言葉に、そういえばと僕も疑問を抱く。彼女にとっては不本意ではあるが結果としてその体の半分程を生命戦維で形成している。 それなのに僕に恐怖するどころか真っ先に話しかけてきたり、何かと気にかけ、挙句触れることだって出来るのだ。 「それは単純に君が生命戦維として中途半端だからだろうね」 「人間としても半端なら生命戦維としても半端なのかよ……」 「流子……」 「ま、そのお陰でこうしてお前に触れるんだけどな」 晴れ晴れしく笑いながら僕の肩に置かれた流子の手は温かく、僕よりも人間味があった。 「それでは先の戦いで生命戦維や針目縫に火を付けたのはお前の能力か」 「ああ。僕の能力は“発火及び燃焼”だからね。最も、ここが海の上でなければ奴を消し炭に出来ていたけど」 針目縫の再生力を差し引いても僕の能力が勝っていた。あと一歩というところで海に逃げられてしまったが。 大体の話はこれで終わりだ。僕が口を閉じれば沈黙が場を支配したが、すぐにそれは破られる。 「はいはーい!」 「満艦飾、何だ?」 「マコよく分からなかったです!」 ズコー、という効果音が聞こえそうなくらいにずっこける人間が数名。気にせずマコは続ける。 「でもでも! 流子ちゃんが流子ちゃんであるように、名前くんは名前くんだよ!!」 「!」 「人間かどうかなんて関係ない! 名前くんはマコと流子ちゃんの大切な大大大大親友なんだから!!」 ハーレルヤ。お馴染みのバックグラウンドミュージックに、お馴染みのポーズでマコが自信満々に言う。 そこから雰囲気は一変して和やかなムードに、止まっていた食事も再開される。 「あははは! それでこそマコらしいや!」 笑いながらコロッケを頬張る流子に、僕も内心同意する。 こういった時のマコの根拠のない自信は時に力強く、時に無類の説得力を持つ。この根拠のない自信に我々は何度救われたことか。 彼女の魅力の一つであり、強みでもある。流石我が娘と褒め称えるマコの父親。母親もにこにこと笑っている。 「……そうだ、みんな聞きたいだろうから代表してボクが聞くけど、先ほどバカ笑いしていたのは能力を使用した対価ということで良いのかな?」 犬牟田の疑問に肯定する。こいつは僕のデータを取るのがよっぽど好きらしい。 僕の対価は“声を出して笑顔で笑う”ことで、先程もそれを実行しこの場にいるほぼ全員に見られた。とんだ晒し者だ。 「さっきの名前くんすっごく楽しそうに笑ってたよ! 普段も笑えばいいのに!」 「断る」 「えー!? ケチ!」 面白くもないのに笑うのは中々辛いものがあるし、普段使わない筋肉を酷使するせいで顔面筋肉痛になるのだ。コロッケを食べている今も若干頬が引きつる。 そもそも流子たちと出会ってからは結構感情を出すようになった方だと自負しているのだが、それでも伝わらないのか。 「鬼龍院皐月」 「皐月でいい」 「……皐月、僕のことは大体話した。僕をこの船から降ろすかは好きにしてくれて構わないよ」 「そうか……」 僕の存在を畏怖し船から降ろすも僕の能力を利用するも彼女らの自由だ。そのために全てを話したのだから。 「ならば鬼龍院羅暁との最終決戦、名前の力を貸してくれ」 答えは後者のようだ。真剣な表情の皐月に応えるようしっかりと頷く。 「わかった。これからもよろしく」 言い終わるや否や皆にやにやと下品な笑みを浮かべており、気持ちが悪い。 「そうと決まれば、ほらもっと食えよ」 僕の皿にこれでもかとコロッケを乗せてくる流子の顔は嬉しそうで、何だか僕の気分も良い。 本当に、この世界に来てからは感情が動かされることばかりでどうも落ち着かない。 「あー! 名前くんが笑った!」 「笑ったつもりはないんだけど……」 |