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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

 艦隊のアイドルなんてものを数年やっていたせいか退役してからもその癖はなかなか抜けず、時々取り憑かれたようにアイドル然としてしまう。

「名前ちゃんの歌を聞いてくれてありがとー!」

 レコーディングテストとはいえ歌も踊りも完璧に仕上げ、マイクパフォーマンスも欠かさない。
 そのお陰かテストの結果は毎回一位。学園史上初の快挙である満点を叩き出したこともある。
 今日のテストも何一つミスらなかった。生徒たちの拍手を聞きながら可愛く手を振ってステージを後にする。結果が楽しみだ。

「お疲れさまです」
「ん、ありがとー」

 左右でお団子にしていた髪を解き、私より前に歌い終わっていた一ノ瀬くんと合流。彼からペットボトルを受け取り水分を補給する。
 まるまる一曲踊り切ると結構消耗するのは退役して体力まで落ちてしまったからだと考えると、そろそろトレーニングすべきかも。でもアイドルが筋肉隆々なのは流石に引かれるよね。
 そんなことを考えながらみんなに混じって他の子のテストを眺めようとステージが見える隅っこに座れば、一ノ瀬くんも横に腰を下ろす。

「名字さん」
「ん、なぁに? 一ノ瀬くん」
「その、オンオフの切り替えは疲れませんか?」

 オンオフとは先程のような状態から元の私に戻ることを言っているのだろう。現に、今の私は全くアイドル然としていない。

「あー、オンオフっていうか那珂ちゃんモードはある意味憑依だからねぇ」
「憑依……」
「うん。一ノ瀬くんがHAYATOを演じているのとはちょっと違う感じ〜」
「……HAYATOは双子の兄であって私とは関係ありません」
「そういえば双子っとことで誤魔化してる設定だったね」
「設定でもないです!」
「名前ちゃんは何でもお見通しなんだよ。大丈夫、そんな焦らなくても誰にも言わないってー」

 私の本質はいつまで経っても那珂だから、メタ発言だってしちゃう。
 きゃはっと笑えば一ノ瀬くんは不機嫌をありありと顔で表現してくれた。仮にもアイドルを志す者がする顔じゃないなぁ。

「あ、那珂ちゃんモードは秘密でね。バレると色々と面倒だから」

 退役艦娘にまだ艦の魂が残っていると知れたら何されるか分かったもんじゃない。世間一般では艦娘なんて言葉自体が機密事項だから知るはずもないのだけど。

「秘密にするのならやらなければいいのでは?」
「たーかーら、那珂ちゃんモードは憑依だから私にはどうしようもないの!」

 一生解けない那珂の呪い、と言うとちょっと怖いかもしれないけど、私は那珂に色々と勇気を貰っているのでお互い様だ。
 那珂でいれる間は何も怖くない。例え死と隣り合わせの海の上ででも頑張れる。こうして好きな人の隣でも笑っていられる。

「それに那珂ちゃんモードって結構ウケ良いんだよ〜」

 レコーディングテストでもそうだが文化祭でも名前ちゃんライブ大盛況だった。既に何社かスカウトが来るくらいだ。

「そういえばファンクラブもありますよね」
「え! そうなの!?」

 ファンがいっぱいいるのは知っていたがファンクラブは初耳だ。そこまで人気だなんて、那珂ちゃん冥利に尽きる。

「名前ちゃんが本物のアイドルになる日は近い……!」
「卒業しないことにはアイドルには成れませんけどね」
「すぐそうやって意地悪言う」

 じとーっと隣の済まし顔を睨みつけると私の視線に気づいた彼は悪戯が成功した子供みたいに小さく笑う。
 私はこの顔にすこぶる弱く、何だかんだで許しちゃうのは惚れた弱みというやつで。

「一ノ瀬くんも、もたもたしてると置いてっちゃうんだから」
「そうですね……」

 何かを考えるように顎に手を当てた一ノ瀬くんは次の瞬間、何を思ったのかずいと顔を近づけてきた。
 思わず退こうとすれば肩を掴まれ益々距離が縮んでしまい、お互いの息がかかりそうなくらい近い。
 流石にこの態勢は拙いのではと、視線をずらすも他の生徒たちはステージに夢中で誰一人として私たちの現状に気付いていない。

「余所見するとは随分余裕ですね」

 囁くように一ノ瀬くんが言う。
 こういう時に限って那珂は出て来てくれない。くそう、お団子解くんじゃなかった。
 視線を戻せばばっちり彼と目が合ってしまい、しばらく見つめ合うはめに。じんわりと頬が熱くなり余裕なんて全然ない私に対して一ノ瀬くんは悠然としている。
 私ばかりが焦っているみたいてちょっとむかつくので那珂ちゃんモードで培った極上スマイルを作る。

「なぁに? もしかして名前ちゃんに惚れちゃった?」
「……那珂ちゃんモードより、いつもの貴女の方が私は好きですよ」

 ちゅ。そんな可愛らしいリップ音が聞こえたと思ったら一ノ瀬くんの顔は遠ざかっていて。
 きょとんと目を丸めた数秒後、唇に触れて、されたことを再認識した途端に顔がぼっと熱くなり、ばくばくと心臓が五月蝿いくらいに脈打つ。
 余裕ぶってごめんなさい。今まで女の子に囲まれて生活していて恋愛経験なんて殆どないのでどうしていいか分かりません。提督助けて。
 熱くなる頬を両手で押さえて、ちらりと一ノ瀬くんを伺えば、予想に反して彼も随分と顔が赤いではないか。

「……照れるならやらなきゃいいのに」
「名字さんが愛らしい反応するからです……」

 言って、再び二人で照れる。
 それから、一十木くんに声をかけられるまで頬の熱が引かなかったのは二人だけの秘密。



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