今日も今日とて本能字学園は騒がしい。 先日は公務と称し二年甲組の教室に入ってきた風紀委員長の蟇郡苛が僕の前に座っている男子生徒を、窓どころか壁ごと、いとも簡単に吹き飛ばしていった。 怒鳴り声を聞く限り他校から送り込まれたスパイを粛正しているようだがそんなことは僕には微塵も関係ない。 形だけでも一般生徒を装うために板書を続ける僕に、担任であり世界史担当教師の美木杉愛九郎が問う。 「あー、名字君、大丈夫かい?」 「問題ないです」 無表情のままそう返せば美木杉は授業を再開させるべく、書きかけの黒板の文字に続きを書き足していった。 授業中くらいは静かにしてほしいものだが、この学園に静かという言葉は存在しないみたいだ。元より騒がしいのだが二年甲組に転校生が来ることによりその騒がしさに拍車がかかることとなる。 その転校生は僕の前の席、つまり他校のスパイが座っていた場所に座り授業を受けている。 彼女を倒せば三つ星極制服が貰えるらしく、部長特権の二つ星極制服欲しさに部活動は細分化し、彼女に勝負を挑むのが日常と化している。騒がしくて堪らない。 流石に四天王以外の生徒が授業中に乱入することはなく、日中は比較的静かではあった。 ただ、比較的、であって五月蝿いことには変わりなく、放課後や登校時など、転校生こと纏流子に勝負を挑む者は絶えず、学園中その話で騒がしいため関わろうとせずとも耳に入ってくるのだ。 今日は剣道部部長兼運動部統括委員長の猿投山渦と戦って勝ったとか引き分けたとか。 それに、纏流子は僕の目の前に座っているため、彼女とその服の会話も騒がしい。この世界には喋る服まであるようで。難儀だ。 先ほど話に出したが極制服とは、この世界特有の生命戦維という生きた繊維を織り込んだ特殊制服のことで、着ている者の身体能力を格段に上げることが出来る。 そこに付けられた星の数が多いほど生命戦維の量も増え、地位も権力も戦闘力も高くなる仕組みだ。 本能字学園におけるカースト制度の最下位、それに該当するのが星を持たない生徒である。通称無星生徒は星を持たないが故に最低な扱いを受け、最低限以下の生活を余儀なくされる。 僕も例に漏れず星を持たざる者として、スラム街で慎ましやかに暮らし、他の無星生徒と同じよう控えめな学校生活を送っている。 しかしここは地獄門もなく契約者も存在しない平和な世界。最底辺でも構わない、静かに暮らせればそれでいい。 その日はいつものように適当に夕食を済ませ屋根の上へ上がって夜空を見上げていた。 掘っ建て小屋の上に正座し、ただじっと見ていた。 「おい、そんな所で何してんだよ?」 不意に聞こえた声に、視線を下げるとそこには不思議そうに僕を見上げている纏流子がいた。 「確か、あたしの後ろの席の……」 「名字名前」 「そうか。それで名前はこんな所で何してたんだよ?」 気さくに喋りながら、僕のいる屋根まで飛び乗った纏流子は当たり前のように僕の隣に座った。一連の動作の軽やかさからは、身体能力の高さが伺える。 「……空を見ていた」 彼女の質問に簡潔に答える。 「空? そんなもん見てて楽しいのか?」 「……」 無言で頷く。頭上には終ぞ見ることはないと思っていた本当の星空。 この世界に来て、初めて夜空を目の当たりにした時はえらく感動したものだ。 「纏流子」 「流子でいいよ」 「……流子は、何故僕に話しかけたの?」 僕は昔から無表情かつ無感情な奴で、詰まらない人間だという自覚は十二分にある。 感情が欠落しすぎてドールと間違えられた過去があるくらい、無頓着でもある。 他の契約者より表情が乏しいことは自覚しているがこれは元来であり、契約者となる前から感情は希薄だった。 彼女の友人である満艦飾マコと僕とではタイプが違いすぎる。彼女が僕に何故興味を示したのかが不可解なのだ。 「何でだろうなー……うーん。ああ! 悪い奴じゃないと思ったからだな」 「何それ」 「授業中にあたしを狙おうと思えばいつでも出来たのに、しなかっただろ?」 「それだけの理由で……?」 「マコもお前は良い奴だって言ってたしな! それにほら、お前ってぼーっとしてるから何かほっとけなかったんだよ」 そう言った流子は垢抜けた笑みを浮かべる。 ノーベンバー11やエイプリルといい、目の前にいる流子もそうだ。僕と居たって得られるものは何も無いというのに、どうしてこうも僕を構いたがるのか。訳が分からない。 「……なぁ、またここに来てもいいか?」 「構わない。毎日この時間にはここにいる」 けれども、彼らの時もそうだったが、別段不快感や鬱陶しさは感じない。誰かと会話すること自体は好ましく思えるのだ。 「そういや、名前は極制服が欲しくないのか?」 「興味ないし、制服ならこれで十分だよ」 「ははっ。それもそうだな」 今の言葉のどこに笑う要素があったのか、流子は笑っていた。本当のことを言っただけなのに、不思議だ。 極制服なんて要らない。ましてや星なんて、あっても手に余るだけだ。星ならば既に持っている。 無限に広がる本物の星空の中に一つだけ存在する偽りの星、『MI305』それが僕に与えられた唯一無二の星だ。 再び空を見上げればつられるように彼女も空を見上げる。 「……綺麗だな」 「ああ、綺麗だ」 しばらくの間、無限に瞬く星たちを二人、否、二人と一着で見つめていた。 斯くして僕は、流子と関わりを持ってしまったからか、この世界に認められてしまったからか、壮大な物語に組み込まれてしまうのだが、それはもう少し先の話。 ああ、余生くらい静かに暮らしたいものだ。 |