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第3回BLove小説・漫画コンテスト結果発表!
テーマ「人外ファンタジー」
- ナノ -

「もし、私が“無個性”だったら、私と物間は出会えていたのかな?」

 昼休み。ランチラッシュの作ったサバの味噌煮定食をたべながらふと思ったことを口に出していた。
 舌を噛みそうな名前のフランス料理を食べていた物間がピタリと手を止めて私の顔を見る。彼の碧い瞳が私のそれとぶつかって、どくりと心臓が脈打つ。

「名字が“無個性”だったら、か……」

 何となく思いついたことなのに物間はいつものような皮肉を言ったり小馬鹿にせず、顎に手を当ててまで真剣に考えてくれて。そういうところも好きだ。

「名字の性格からして、この超人社会で“無個性”が生きていく為に、まず確実に雄英の普通科若しくは経営科を受験するだろうね。そして名字は努力を惜しまないから余裕で合格する」

 出会ってから三ヶ月ちょっとと、日が浅いにも関わらず物間は私のことをよく理解している。
 確かに“個性”で全てを決めつけられるこの時代に“無個性”として生まれていたならば私は学歴だけでも立派なものにすべく雄英を目指していただろう。

「同じ高校で生活していればすれ違うなり遠目で見かけるなりいずれ僕の目に止まることは確実だ」

 物間は意外と周りをよく見ているからありえない話ではない。説得力のある言葉に私はただ黙って頷く。

「名字の容姿は僕のどストライクだから一目でも見かければきっと声をかけるだろうし、僕は“個性”の有り無しで女性を選ぶような輩じゃないから……あとはもうお察しの通りさ」

 思えば私と物間の出逢いは彼から声を掛けてきたことだった。あれは一クラスメイトとして挨拶していたのではなく容姿が好みだったから話しかけてくれたのか。
 確かに物間の性格を考えてみれば一クラスメイト如きにわざわざ挨拶する訳がない。

 そうなると私はこの容姿に生まれてきたことを幸福に思う。お母さん、この容姿に産んでくれてありがとう。

「何してるんだよ」
「親に感謝してる」
「?」

 手を組んで祈るようなポーズをしている私を不審に思って尋ねてきたが結局よく分からなかったのか物間は首を傾げた。
 深く聞くような話じゃないと判断した物間は、再びカトラリーを手に持ち、よく分からない風に調理された肉を口に運んだ。
 彼が普通に食事を再開させたので私も味噌汁を啜る。今日の味噌汁はワカメと豆腐と油揚げというシンプルでありながら最強とも言える組み合わせだ。

 それから三十秒も経たないうちにワイングラスに注がれたグレープジュースを一口飲んだ物間が徐に口を開いたので私は食事を続けながらも彼の言葉に耳を傾ける。

「まぁ、つまり……こんな言葉に頼るのは好きじゃないんだけど」
「?」
「僕と名字が出逢うのは運命、ってやつなんじゃないかな」

 食事中の何気ない会話、という風に言っているがその頬は上気していて、平静を装っているだけで本当は照れているのだと気づいた私の頬もじんわりと熱くなる。
 少しだけ沈黙状態になってしまったが、直ぐに物間が別の話題を振ってくれた。

「じゃ、じゃあ逆にもし僕が“無個性”だったら、僕と名字は出会っていると思う?」

 別の話題、というほどベクトルの違う話ではなく、寧ろ先程の話題の延長線であった。しかし事の発端は私である通り、こういった話は嫌いじゃない。

 物間が“無個性”だったら。なんて考えてもみなかった。
 自分が“無個性”だった場合は仮想出来たのに物間が“無個性”だった場合は想像すら出来ない。

 それでも何とか絞り出そうと、先程の彼と同じように私も食事を中断させ、真剣に考えてみる。

「物間は普通科の入試……落ちそう」
「何でだよ!?」
「だってこの間の期末テスト赤点だったでしょ」
「うっ。人が必死に忘れようとしていることを……」
「例え忘れられたとしても事実は変わらないよ」

 期末テスト前には一緒に勉強会もしていたにも関わらず物間はクラスで唯一赤点を取ってしまったのだ。実技では文句なしの結果だったのに。
 勉強も出来るものだと思っていたから勉強会で彼に教えを請われた時は意外すぎてびっくりしたが、それと同時に物間の弱い部分を知れたことに対する充足感で益々彼が好きになっていた。あれがギャップ萌えというやつか。

 そもそもプライドの塊のような彼が“強個性”が集まる雄英を受験するだろうか。答えは否。
 多分物間は“無個性”で生まれてもあのプライドの高さは変わらないはずだからヒーローを目指していないのならばわざわざ雄英を選ばない。
 もっと有意義な進路を選択するはず、とまで考えてある一つの進路が思い浮かんだ。

「あ、フランス語が学べる学校行ってそう」
「……」

 学食でわざわざフランス料理を頼んだり、フランスのコミックを好んで読むくらいフランスが好きな物間のことだからと、思い付きで言ってしまったが図星だったのか物間は黙って目を逸らしてしまった。
 物間が“無個性”だったら私たちが出会う可能性は低そうだ。

「でも、可能性は低いけどゼロじゃないよ」
「?」
「物間が言ってた“運命”ってやつ。私も、運命なんて言葉で片付けるのは好きじゃないけど。でも、どんな人生だったとしても物間とは出会えてる気がする」

 素直に吐露された私の気持ちに、物間は優しい笑みを浮かべる。
 最終的な答えは自分で出してしまったが、結局のところ、物間と出逢い恋に落ち、こうして二人で笑い合える幸福感を再認識できれば結論なんてどうでも良かったのだ。

 生まれながらに“個性”だとか性格だとか色んなしがらみが在るけれど、だからこそ人間って生き物は案外単純に出来ているのだと思う。

「名字と出逢えて良かった」
「私も、物間を好きになって良かった」


 →おまけ的な



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