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「基山くんは真面目で、勉強も運動も出来て、その上生徒会長だなんて。女生徒からの人気が高いのも頷けちゃうね」

 二人きりの生徒会室。パソコンに向かって議事録をつけていた名字さんが唐突にその手を止め、俺の方を見てそう言った。俺も書類に判を押す手を止め、名字さんを見つめる。
 すると彼女が意地悪く笑ったので、俺は曖昧に笑うことしか出来なかった。


 俺は生まれてすぐ親に捨てられ父さんの運営するお日さま園という孤児院で育てられた。それ故に俺は父さんを本当の父親のように感じていた。
 名前の無かった俺にヒロトという名前をくれたのも父さんで、父さんの本当の息子から取られたものだと知ってからは基山ヒロトとして吉良ヒロトになろうと必死になった。髪型も写真のヒロトと同じにして一人称もボクにした。
 父さんのために宇宙人になってサッカーで世界を征服しようとし父さんの言うことは信じていたし従った。父さんから息子としての愛情をもらいたいがために必死になっていたんだ。
 宇宙人を辞めた今でも父さんの帰りを待ちながら理想の息子に、吉良ヒロトなろうと頑張ってる自分が空しいと思うときがある。
 名字さんの言った通り学校では文武両道の生徒会長。誰にでも優しくて女子からの人気も高く、もちろん男子からの人望も厚く将来を約束されたエリートの中のエリート。生徒の鑑のような存在。
 そうであるよう努力し、そうでなければいけないのだと自分に言い聞かせて今まで生きてきた。

 でも本当の俺はまったくの正反対。勉強なんて面倒くさいだけだし数学のややこしい計算だって本当は苦手。
 運動だってサッカーは好きで頑張っているけど、だからといってサッカーだけが好きってわけじゃない。卓球とかも結構好きだったりするから球技大会では毎回卓球を選んでいる。
 幸いこの学校では所属している部活動の競技を選ぶことが出来ないから何も怪しまれずに卓球を楽しめる。
 生徒会に入るのだって本当は嫌だった。学校に居る時間が長くなるし小難しい書類に目を通すのは疲れる。
 様々なことの責任だって負わされる。壇上に立って全校生徒の前で話すのだって毎回緊張しているのを隠すのが大変なくらい、この立場が嫌いだ。
 でも生徒会長になれば、サッカー部のキャプテンになれば、テストで満点を取れば、良い子になれば、父さんが喜んでくれる。父さんに認めてもらえる。
 苦手なことや嫌なことだって軽くこなせないと父さんの息子だって胸を張ることが出来ないんだ。

 さらに言ってしまえば、生徒間での俺に対する偶像が酷いことになっているのが嫌で仕方ない。
 基山くんはみんなの基山くんだから勝手に告白してはいけない、ましてや恋人になってはいけない、なんて暗黙のルールが存在する。
 そのルールの逆を言えば俺は好きな人を作ってはいけないということ。恋人なんて出来ようものならその子が他の女子に何をされるかわかったものじゃない。
 俺はみんなの言う“基山くん”の以前に一人の人間であり一人の男だ。聖人君主じゃないんだから下品な妄想もすれば、恋だってする。
 目の前の彼女もその辺の女子と同じように俺を見てるのだろうか。先ほどの意地悪い笑みからは彼女の思考が読み取れなかった。

「名字さんは……名字さんには、俺のことどう見えてる?」

 先ほどの彼女の言葉は周りから見られている単なる評価評判に過ぎず彼女自身の言葉ではない。
 だから単純に彼女の目には俺がどう見えているのかが気になった。ある種の賭けのつもりで聞いてみた。

 すると彼女は意地の悪い笑みを止め、顎に手を当てほんの少し何かを考えるような仕草をした。
 時間にして数秒から数十秒といったところで、その時間内で何かを考える余裕なんてあるのだろうかと甚だ疑問に思ってしまったが彼女には可能だったみたいだ。
 まっすぐに俺を見つめるその瞳に息をのむ。心臓を鷲掴みにされそのままぐにぐにと弄ばれているような苦しさに見舞われる。

「うーん、健康体なんだろうけど肌の色が悪いよね。初めて見たとき肝臓を患っているのかと思っちゃった。あと髪の毛の左右がぴょんぴょんって跳ねてるの可愛いなってずっと思ってる」
「うっ……」

 俺の予想を遥かに超える回答が返ってきた。もう少し柔らかい言葉を期待していたのに彼女の第一印象では病人だったという事実に肩を落とす。

「でも中身はよく分からないなぁ……私、基山くんとあんまり親しくないから。生徒会長と書記ってだけの関係だし、何とも言えないかな……あ、でもこれだけは言える。基山くんって不器用な人なんだね」

 最後の言葉に目を見張った。今までの努力が全て見抜かれていた。どんなに上手く誤魔化せたつもりでも、完璧に立ち居振る舞ってもこんな呆気なくバレてしまうものなのだな。
 自嘲すると同時に少し期待している自分がいるのも事実。

「不器用だなんて初めて言われたよ。ははっ……」
「だって、成れもしない人間に成ろうと必死に努力しているんだもの。そんなの、器用な人がすることじゃないよ。今の愛想笑いだって下手くそだった」

 いつから愛想笑いでその場を誤魔化そうとするようになったのか分からない。もはや癖となってしまったそれを名字さんは下手だと言う。
 そう言われてしまえば今まで上手くいっていたのが不思議なくらい下手だと感じられ、そんなものに縋ることしか出来なかった自分に呆れる。

「下手くそ、か……は、はは……アハハハッ!」
「そうそう。そうやってアホみたいな顔して笑ってる方が良いよ」

 アホみたいって失礼なことを言うと思ったが、夕方を過ぎて夜になった窓ガラスに映った俺の顔は確かに少しアホみたいで、更に笑えた。
 口角を上げて優しい表情で俺を見つめる名字さんになら言っても良いと思った。

「名字さん、聞いて欲しいことがあるんだ。少し長くなるけど……」
「いいよ。基山くんの気が済むまで聞くよ」

 それから俺はこれまでの自分をぽつぽつと話していく。最初こそ緊張したが一度声に出してしまえば後は簡単で、ずるずると言葉が溢れ出てくる。
 俺が宇宙人を演じていたことも、父さんの養子になったことも、吉良ヒロトになろうと努力していることも全て。
 十何年生きてきて、初めて自分の気持ちを吐露する。誰でもない、名字さんに聞いて欲しかった。
 そんなに大きな声ではないのに二人しかいない生徒会室にはやたらと大きく響いた。

「……そっか」
「急にこんな話してごめん」

 誰かに認められたいが故に死者になりきろうとするなんて、こんな情けない話を聞かされて名字さんは失望するだろうか。
 こんな浅ましい自分を誰かに曝け出すことは別に怖くはなかった。ただ、世界中の誰よりも名字さんにだけは失望されたくなかった。

「全部辞めちゃえば良いよ」
「えっ……?」
「今やってる努力も、優等生でいることもも、生徒会長だって……吉良ヒロトでいることも全部辞めちゃえ」

 茶化すような口調だが名字さんの顔は今までにないくらい真剣で、本心でそう言ってくれているのだと伝わってくる。

「だって君は世界でたった一人の“基山ヒロト”なんだから」

 誰かになる必要なんてないよ。そう言われて、俺の頬を生温かいものが伝った。
 とても嬉しかった。自分で始めた努力に埋もれて、もう何も見えなくなっていたのに名字さんは本当の俺を見てくれた。
 生まれて初めて存在を肯定されたような気がした。

「ありがとう」

 溢れてくる涙をティッシュで拭い、出てくる鼻水をかむ。みっともないと思われてももう気にしない。気にするもんか。
 そう思っていたらぶぴっ、と変な音が鳴ってしまい名字さんに大爆笑されてしまい羞恥で頬が熱くなった。流石にこれは気にする。

「別に、お礼を言われるようなことしてないよ」
「俺、名字さんのお陰で吹っ切れたよ」
「そっか。お役に立てたのなら私も嬉しいよ」

 だからといって全てを辞める訳にもいかず、生徒会長は継続だし父さんに認められたいという思いも変わらない。
 でも優等生は辞めた。普通の男子生徒、とはいかなくても多少は自分らしく生きようと思う。
 失望されてもいい、元々羨望の眼差しだって欲しくなかったし、万人の憧れる存在なんて肩が凝るだけだったんだ。
 吉良ヒロトになるのも辞めた。これからは基山ヒロトとして父さんに認められるよう努力していこうと思う。
 なんて言っても、当分は辞められないんだろうなぁ。そうやって生きてきたのだから。
 それでも、それが本当の自分なのだから。

「それにしても名字さんはもっときつい言葉かけてくるかと思ってたから意外だったな」
「……基山くんって私のことどう思ってたの?」
「可愛い顔して言動がサディスティックだなぁと……」
「え、基山くんってマゾなの……?」
「え、ちが、違う! 断じて違うからね!?」
「……っぷ。あははっ!」

 大いに取り乱す俺を見て失笑する名字さんに、治まっていた頬の熱が再び戻ってくる。
 普段会長である俺や副会長らにも物怖じせずはきはきと物を言い、時には冷ややかな視線をするもんだからサディスティックって表現をしただけで、断じて他意はない。
 人の印象なんてそんなもので、その人の本質なんて見た目だけじゃ決めつけられないんだ。

「基山くんそっちの方が良いよ。今までの百倍良い」
「……名字さん、本当にありがとう」
「……ん、どういたしまして」

 名字さんは短く返すとパソコンに向き直して作業を再開した。
 その横顔はいつもと変わらないがさっきよりも頬が赤いのは気のせいではないだろう。



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