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▼気になるあの娘の秘密はね(東堂/pdl×らんま)
 定期考査期間中は学生の本分である学業を優先させるため、部活動が停止となる。普段の成績はともかく、考査期間の部活動は点数に多大な影響を及ぼすのである
 従って毎年優勝を飾っている自転車競技部とて、例外なく停止となる。
 自主練習と称して走りに行く者もいるようだが、その点俺はメリハリを大事にするからな。体が鈍らぬようにと用意された基礎体力維持用メニュー以外は一切自転車に乗らず、全て定期考査のために勉学に充てている。
 部室での基礎練習を終え、帰路に着いたまさにその時、澄み切っていた空に暗雲立ち込めバケツをひっくり返したような雨が降ってきたのだ。青天の霹靂とはまさにこのこと。
 生憎傘は持ち合わせていなかったので、今朝の天気予報では降水確率ゼロだったではないかと一人ごちながら寮までの短い帰路を急いだ。
 走っていると数メートル先に何やら白い生き物らしき物体が、一回り以上大きな紺色の塊に縋っているのが見えた。
 近づいて見れば何てことはない、白い物体はずぶ濡れの猫だった。紺色の塊こと誰かのスクールバッグの取っ手を引っ掻いている姿に思わず足を止めてしまった。
 誰かの飼い猫だろうか。毛並みは整っており野良っぽさの欠片もない。しかし元々は白かったのであろう毛並みには泥が跳ね、見るも惨めな姿である。
 俺の気配を感じ取ったのかその猫はぴくりと耳を動かし、こちらを見上げる。
 前言撤回、見るも惨めなどではない。どんなに汚れようとも、どんなに泥にまみれようとも、その気高い心までは曇っていない。
 すらりとしなやかな立ち姿に端正な顔立ちはとても凛としているではないか。
 それに、俺の想い人と同じ涼やかなブルーアイズはこの猫の凛々しさを助長している。俺はこの猫を気に入った。
 などと惚けている暇はない。このままでは猫共々風邪を引いてしまう。俺は寮の規則なぞそっちのけで、この猫を暖めてやるため自室に連れ込むことを決め込んだ。
 猫を抱こうと手を差し伸べるが、側に落ちているスクールバッグと布類を口に加えて離そうとしない。置いていったのか捨てていったのかは分からないが飼い主の物なのだろう。
 とりあえず猫ごとそれら全てを拾い上げる。猫は多少暴れはするが爪を立てることはなく、躾のなっている賢い子であることが窺える。
 それから俺は、この寒さから逃げるように寮へ急いだ。


 寮長さんに見つからぬよう慎重に自室に戻ることなどこのスリーピングビューティーには朝飯前だ。
 同じように濡れ鼠となった男子たちが脱衣所へ押し寄せていたので風呂にはまだ入れん。あと四十分もすれば一人で入れるだろう。
 自室に入り荷物と猫を丁寧に下ろし、クローゼットからタオルを二枚取り出し一枚は自分に、もう一枚で猫を包んでやる。
 濡れた体が気持ち悪かったのか猫は俺にされるがまま、大人しく体を拭かれている。泥や水分を拭えても所詮応急処置に過ぎん、毛色はまだ薄汚れている。風呂に入った際に綺麗にしてやらねば。

「よし、とりあえずはこれで良いだろう」
「にゃ〜ん」
「ワッハッハ、俺が勝手にやったことなのだから気にするな……っくしゅ! む、俺も早く拭かなければな」
「にーにー」
「大丈夫だ。この東堂尽八、こんなことで風邪を引くほど柔ではない」

 心配そうに鳴く猫をタオルにくるみ、今度は自分を拭く番だ。最早衣服としての意味をなさなくなっている制服を全て脱ぎ、体を拭き、部屋着を着る。ずぶ濡れの制服は風呂へ行く際ランドリーに入れれば良い。
 着替える折に猫を見やったのだが、タオルに顔を埋めて暖をとっている様子だったので弱ってはいないだろう。もしかして俺の裸を見ないようにしていたのでは、というのは俺の思い過ごしである。

 それから猫の飼い主の荷物を乾かすことにした。そこで改めて見て知ったのだが、先ほど俺がかき集めた布の正体は箱根学園の女子制服であったのだ。
 本人は体操服でも着て帰った途中に落としていったのだろうと無理矢理解釈したが、スクールバッグも忘れていくなんてよっぽど慌てていたのだな! これも後でランドリー行きだ。

「濡れていたら大変だからな、とりあえずスクールバッグの中身を取り出すぞ」
「にゃー」

 一応猫に断りを入れると、きょろきょろと部屋を見回していた猫は俺の言葉に耳を動かし、顔をこちらに向けて鳴いて返した。了承の意であろう。
 スクールバッグの中身は案の定ずぶ濡れで、中に収納されていた教科書類を取り出し乾きやすいようタオルの上に並べていく。
 生憎名前の入った物はなく、生徒手帳も学生証も入っていなかったため持ち主の特定は出来なかった。文字で特定出来るほど他人の筆跡を知っている訳でもない。
 飼い主が分からねば主人の許に帰してやれないではないか。緊急措置とはいえこの学生寮はペット禁止、今日明日は許されてもいつまでも寮に置いておくわけにもいかない。

「お前の飼い主は何をしているのだろうな……」
「うなー」
「……さてと、そろそろ俺たちも風呂に入らねばな。流石にこの俺でも風邪を引きかねん」
「にゃう!?」

 その言葉に先ほどまでの大人しさが一変、毛を逆立てそう広くない部屋の隅まで走って行ってしまった。ぴんと立てた尻尾、こちらを威嚇しているような目つき、どうやら風呂に入るのを拒んでいるようだ。
 猫は水を嫌うと言うがここまで露骨に嫌がられるとは、自分が嫌がられている訳ではないと分かっていても多少のショックは受ける。
 しかしここは背に腹は代えられん。俺と猫、双方の健康のためだ、多少の力ずくはこの際許されよう。
 油断した隙に捕まえてしまえばこちらのもの。最初こそ暴れてはいたが離す気がないと悟った終には観念して大人しくなった。
 如何に嫌なことをされるとはいえ一度も爪を立てなかったのはこの猫の賢明さと、飼い主の躾の素晴らしさが見えた。
 濡れた衣服をすべて持ち猫が見つからぬよう隠して、まずはランドリーへと向かう。濡れた衣服を洗濯機へ放り込み洗濯乾燥コースを選ぶ。ついでに美形東堂洗濯中と書いた付箋を貼りつけておけばよっぽどの好き者以外は開けようとはしないだろう。
 そのまま風呂場へ急ぐ。脱衣所を覗けば誰もおらず、何者かが風呂に入っている気配もない。
 猫を抱えて服を脱ぐなんて芸当は出来ないのでな、逃げてはいけないぞと言い聞かせ手を放せば、お約束と言わんばかりに逃げ出した。
 しかしそんなことを予想していないこの東堂尽八ではない。脱衣所の扉はしっかりと閉めてある。おまけにこの脱衣所はシンプルな作りをしているが故に逃げ場はないに等しい。

 猫が見ていない隙に服を全て脱ぎ腰にタオルを巻く。猫だから見られても別に構わないのだが、一応な。

「ほら、他の者が来る前にさっさと風呂を済ませるぞ」
「うにゃ」

 逃げる猫を多少強引に捕まえ、浴室へ。寮の浴室はそれなりの人数が一度に入っても大丈夫な程には広い。
 一応内鍵も存在しており、もう何十年も使用されていないであろうそれをひねる。かちゃり。
 逃げようとひたすらに暴れる猫の頭をゆっくりと撫でる。さっきは観念して素振りは何だったのか。往生際の悪い子だ。

「頼むから落ち着いてくれ」
「うにゃ〜」
「そんなにシャワーが嫌いなのか?」
「うー!」
「大人しくしていればすぐに終わるから、少しだけじっとしていてくれ」
「……うなー」
「よし、いい子だ……元はさぞ美しい猫なのだろうな」

 空いている手でシャワーのコックを捻れば温かいお湯が溢れ、辺りを湯気で覆い包んでゆく。
 冷えた体にはそれだけでも温かく、早く全身にかけて温まりたい。
 しかし、まずは左手で冷えている小さな体に湯をかけてやらねば。足で温度を確認し、縮こまる猫に湯をかける。
 すると猫は消え、代わりに我が麗しの名字名前女史が、全裸でそこにいた。

「っ!?!?」
「……!」

 青天の霹靂、瓢箪から駒、天変地異。理解不能な事態に俺の頭は文字通り真っ白。

「は、な、はだっ、え、名字さん!? なぜ!? 猫は!?」
「しっ、静かに! 他の人に気づかれちゃう!」

 名字さんの手が慌てて俺の口を塞ぐので必然的に二人の体が密着する。視界いっぱいに彼女の整った顔が映り彼女の身体を見てしまわずに済んだが、その代わりに彼女の体温が肌を通してダイレクトに伝わってくる。
 きめの整った柔肌は俺の肌に吸いつき、二つある柔らかい物が俺の胸部を圧迫しており少し苦しい。が、それは健全な男子には嬉しい苦しさであり、気付けば下半身の一大事である。って俺は何を言っているんだ!
 駄目だ、頭が混乱しすぎてまともに物を考えられないぞ。やばい、彼女に心臓の音が伝わっているやもしれん。否、絶対伝わっている。

「えーっと、あのね。東堂くん。手、離すけど大声出さないでね。静かにしててね。ちゃんと説明はするから!」

 彼女の澄んだ声が俺の頭を冷静にしてゆく。
 彼女の言葉に必死になって首を縦に振る。この状況を他人に見られて困るのは俺も同じだ。
 とにかく混乱する脳内ではっきりと思えたことは、腰にタオルを巻いておいて良かった、ということだけだ。

「ぷはっ……はぁはぁ、! とっ、とりあえず、名字さんは風呂に入ってくれ! しょ、正直、目のやり場に困るのだっ」
「あ、うん、そうだよね! ごめんねっ!」

 ぎゅっと目をつむれば温もりが離れ、名字さんが湯船に浸かる音が聞こえた。併せて俺は湯船に背を向け、手持無沙汰に体を洗い始めることに。
 名字さんは丁寧に事のあらましを一から説明をしてくれるのだが、従弟やら旅行やら中国やら呪いやらと話は段々と現実離れしてゆくので中々頭に入らない。
 全てを話し終える頃には俺も洗髪を終えており、名字さんと洗い場をチェンジする。
 彼女に背を向ける形で湯船に浸かり、身体を芯まで温めながら彼女の話をゆっくりと噛み砕いて脳内で要約、結論付ける。我ながら順応性の高さに飽きれそうだ。

「……つまり名字さんはその呪泉郷の呪いとやらで水を被ると猫に、お湯を被ると元に戻る体質に成ってしまったと」
「うん」
「そして俺が拾った猫の正体は名字さんだった、と」
「百点満点の理解力だよ。流石は東堂くん」

 褒められて素直に喜んで良いのか複雑な心境だ。名字さんは嘘を吐くような人物ではないし、猫が人間になったのも見紛うことなき事実。したらば信じるしかない。
 後ろを向いているのでこちらを向いているのかは分らないが、手早く身体と頭髪を洗い終えたであろう名字さんが俺に提案する。

「私、水被って猫になるからとりあえず東堂くんの部屋までお願い出来るかな?」
「あ、ああ。部屋に戻ったら湯をかければ良いのだな?」
「うん、ごめんね」
「気にしないでくれ。元はと言えば俺が無理やり連れてきたのだから、名字さんは気にしないでくれ」

 ありがとう、と彼女の声が聞こえると叩きつけるような水音と桶の転がる音、次いで猫の愛らしい鳴き声。
 思っていた通り、彼女は一点の穢れ無き白猫であった。

「オイ! 鍵閉めたの誰だゴラ!」

 がちゃがちゃ、どんどん。脱衣場から誰かが風呂場の扉を叩くので、思わず肩が跳ねる。鍵をかけておいたのは正解だったようだ。

「お、おおすまん! その声は荒北だな。待て、今開ける」
「その声は……東堂か! テメ、何鍵締めて風呂入ってンだ!」
「いやなに、たまには貸し切りも良いかと思ってな!」

 咄嗟に出た言い訳ではあるが、我ながら上手く誤魔化せたと思う。
 猫になった名字さんを隠すように持って鍵を開ければ青筋を浮かべた荒北が立っており、その髪はべったりと濡れていたので大方自主練習でもしていたのだろう。
 ワッハッハと笑って誤魔化せば雨の時はヤメロと咎められる。お前が雨の日に自主練習をしなければよい話ではないのか、と思ったがその言葉は飲み込んでおく。言ってしまえば最後、売り言葉に買い言葉というやつで収拾がつかなくなってしまうことは必至。
 幸い名字さんは見つからずに脱衣場へ戻ることが出来た。

 先ほどまでは平気だったのに、名字さんだと分かった途端に猫を抱えるという行為が気恥ずかしくなり、若干ぎこちなくなってしまう。
 名字さんを降ろし、熱くなる頬を隠すように彼女に背を向け手早く着替える。髪に水分が残っていようと今日は気にしてはいられない。
 濡れっぱなしの名字さんをタオルでくるんで脱衣場から出る。乾燥が終わった洗濯機から二人分の制服を取り出し足早に自室へ。
 彼女と衣類を部屋に残し、給湯室で温めの湯を沸かしマグカップに入れて部屋へ急ぐ。考査期間ということもあり部屋を出ている者も少なく、誰にも絡まれず部屋に戻れた。
 部屋に入れば名字さんが行儀よく座って待っている。少し待ってくれ、とマグカップを置き彼女の傍らにバスタオルと着替えのための服を置いておく。

「ではかけるぞ……」
「にゃー」

 マグカップを彼女の上にセットし、空いた手で目元を覆い顔を背けて手首を動かす。すると湯が何かにかかる音が聞こえたので、狙い通り彼女にかかったのだろう。作戦は成功だ。
 マグカップを持った手を引っ込め、彼女に背を向け着替えを待つ。衣擦れの音がやけに大きく聞こえて、どきどきと鼓動が早くなる。

「東堂くん、もういいよ」

 振り返れば俺の部屋着を着て、烏の濡れ羽色の髪をバスタオルで丁寧に拭っている名字さんの姿。やはり、夢ではないのだな。
 彼女が水を被ると猫になってしまう体質なのも、寮とはいえ俺の部屋で二人きりなのも、彼女が俺の服を着ているのも、全てが現実なのだ。
 しばらくの沈黙の後、意を決した彼女が口を開いた。

「東堂くん。本当に色々とごめんなさい」
「い、いやいや、乗りかかった船だからな!」
「教科書や鞄まで乾かしてもらっちゃって……本当にありがとう」
「鞄と言えば、貴重品の類が入っていなかったのだが」
「ああ。この鞄、二重底になってるの。学生証とか携帯電話はここに入ってるよ」

 二重底は防水仕様になっているようで、身分証や携帯電話の類は一切濡れていなかった。
 そこまで用意周到ならば折りたたみ傘くらい入れておくべきだったのでは、という言葉は飲み込んだ。少し誇らしげな表情の名字さんにそんな酷なことは言えない。名字さん可愛い。

「でも、逃げようと思えば爪を立ててでも逃げれたのではないか?」
「だって、東堂くんはスポーツマンでしょ?」
「……?」
「スポーツマンの大事な身体に傷は付けたくなかったから」
「好きだ」
「えっ……?」

 しまった、つい口をついて出てきてしまった。心にとどめておくつもりだったのに。名字さんがあまりにもいぢらしくて。

「す、すまないっ。今のは忘れてくれ! 頼む!!」
「えっ、えっ、わ、わかった!」

 見る見るうちに顔を赤くした名字さんに捲し立てて勢いでその場を制圧した。人間、勢いで何とでもなるものなのだ。
 冷静になられては拙いと、誤魔化すように話題を変える。

「そ、そうだ! こうして知ってしまったのも何かの縁! その呪いを解く方法を一緒に探そうではないか!!」
「あ、それはもう知ってるよ」
「では何故解かないんだ!?」
「中国は遠いのよね」

 どうやら中国の呪泉郷で水を被ると女になる泉に入れば良いらしく、その解決法を聞いたのは帰国した後のことだったと。流石に抜けすぎているぞ名字さん。

「じゃあ当面は旅行資金を貯めるのか」
「うん。こんなことになっちゃうならバイト増やして早くもとに戻さないとなぁ」
「何かの俺に協力できることがあれば何でも言ってくれ」
「ありがとう。東堂くんは優しいね」

 俺が優しくしたいと思うのは名字さんだからだ、という言葉は流石にこの状況では言えなかった。

「うふふ。バレたのが東堂くんで良かったかも」

 そう言ってはにかむ名字さんに俺の心臓はうるさく脈打つ。愛おしさでどうにかなってしまいそうだ!


 無駄に長くなった上にぐだぐだしてしまったのでお蔵に入れていたもの。見切り発車で混合夢書くのは良くない。笑
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