それこそ萎れた草花が一瞬にして蘇る華やかさがあった。


鈴を転がすような笑い声の人物を特定できるのは、おそらく自分だけだと、自負したい。けれど彼女を独り占めできるのは、ひとり、だ。
あまりにも眺めていたら脳が砂糖漬けにでもなりそうだ。ふっと目をそらしてイヤフォンで耳を塞ぐ。いつしか彼女がすきだと言っていたバンドはいささかドラムが軽いが嫌いではなかった。けれど失恋の歌ばかりつくるのは頂けない。
友人と仲睦まじく会話に花を咲かせる彼女の周りだけ、埃とかちりとか、そういうなにかが、すべて取り払われているような気がする。俺も大概馬鹿になってしまった、と思う反面、けれど。
彼女に惹かれた理由はひどく分かりやすいもので、部活に悩んでいるとき、やさしくされたから。
いつだったか及川が、「女の子ってやさしくされるとすきになっちゃうこと多いんだって〜」とのんびり言っていた、それは男にも通ずるものだったのかと、骨身に染みて実感している。
バレーが恋人、というわけでは、ない。けれど告白されたとて、すきではない人間と付き合えるほど、器用でもなかった。
だからどうすればいいのかがわからない。なんて言ったら気が引けるのだろうか、どういった行動で意識してもらえるのだろうか。すれ違えば目で追い、話しかけられれば熱を持ち、肩が触れればくちびるを噛む。自分が女の子だったら、きっとえらくかわいらしい反応だ。女の子だったら。
こういったことに対してはてんで素人な自分は、手探りで努力する、わけでもなく。悩みに悩んでなにもしないことのほうが多い。きっと、臆病なのだ。気まずくなるくらいなら一生クラスメイトのままでいい。バレー部の花巻貴大で構わない。見るだけの夢だっていいじゃないか。そう言い訳してはまた明日も思いを馳せるのだから、矛盾もいいところ。
アルバムが一周していた。泣きギターに運ばれる旋律はおだやかで物悲しい。


「花巻くんもそのグループすきなの?」


だれだかわかるのは自分だけだと、自負してはいたが。
イヤフォンを外したのと同時に横からふわりと声が流れてきた。瞬間、一瞬頭がほんとうにまっしろになる。
どうやら画面に表示された文字を読み取ったらしい。言うなればそれなりの近距離で会話をしているわけで、急展開に心臓は忙しなく働き、あからさまに熱を産む手のひらに舌打ちでもしてやりたくなった。身体は正直だという言葉は、こういう場合にも使用できるだろうか。あくまでいつも通りに接しようと、プレイヤーの電源を落としてから彼女のほうへ身体ごと向けた。もちろん目など合わせない。けれどなにか、言わなければいけないのも。


「友達が勧めてきてさ。いま初めて聴いたよ」


努めて自然を装った俺にそっかあと微笑む。手には汗。いまは真冬だ。


「けっこういいでしょ!ドラム軽いけど…」
「え、ああ、……うん、って言っていいのか」
「気にしないで!その軽さと歌詞の重さがまたね…」


ああ長くなりそうだ、聴いていたいけれど耐えられない、だから離れてほしいと身構えた瞬間、いいタイミングで制限時間はくるものだ、謝りつつ席へと戻った彼女にちいさく頷いた。
命を救われた心持ち。あのまま会話が続いていたら、いやおそらく、続けてなどいけなかっただろう。

俺と同じことを、思っていたのか。

教師が来るまでの残り五分を、俺は緩みそうになる頬を必死に抑えながら、机に伏せてやり過ごした。
時期外れの春みたいなクラスメイト。



***



「マッキー誕生日おめでと!はいプレゼントー」


新人戦に向けて後輩が死にそうなメニューを熟す中で、三年でもいちばん部活に顔を出しているらしい及川が廊下から声をかけてきた。


「おぼえてたんですね、どーも」
「あっなにその言い方!他人行儀ー」


からからと笑う元主将はそれなりに値の張るヘッドフォンを俺に押しつけ、値切るのが大変だったと語る。相手が男なら致し方ないだろうと適当に宥めた。手を振って戻る及川を見送っていたら、そうだったの、とちいさく聞こえた。


「花巻くんお誕生日だったの?」
「ん、うん、まあ」
「そうなんだー!おめでとうございます」


まぶしい。
はにかんだ彼女のおめでとうという言葉を反芻する。誕生日は特別な日だとは言うけれど、それはまあ、たしかに、そうだ。誕生日でなければこんな幸せを噛みしめることもなかっただろう。普段から瞳孔が開いてるとかそういうわけではないが、しばらく目を瞑っていたのを心配したのか、体調を聞かれた。おかげさまで大変爽快である。


「そっかそっかー、あっ、というか及川くん?花巻くんのことマッキーて呼ぶんだね。かわいい」
「そんないいもんじゃないですよ…」


いまの言葉はあだ名に対してなのか及川に対してなのかは判然としないが、後者はいくらなんでも悔しすぎるから前向きに考えることにする。


「まあなにもプレゼントとかないんですが」
「いや、そんなもったいない。気持ちがうれしいですから」
「やさしいなー」


俺だけに笑いかける彼女を見ていると、胸の奥底がぎゅうと掴まれたような気持ちになる。どうして、こんなに、途方もなく。

神様なんて信じちゃいないが、もしいるならばきっといま、笑っている。それは女神だっただろうか。

なにを言うか決めないうち、俺は深く息を吸い込んだわりに、ちいさな声で彼女の名前を呼ぼうとして、できなかった。その代わりに細い腕を利き手で掴んでいて、眩暈がする。


「う、……え?」


掴まれた腕とこちらとを交互に見やる彼女は耳までりんごみたいに真っ赤で、離してとも言わない。嫌がりも、しない。いままでたくさんの表情を見てきたつもりだったけれど、こんなのは初めてだ。

自分で蒔いた種のくせに。

黙っていたらとうとう俯いてしまったので、いよいよこの状況の意味を、彼女が赤くなっている理由を、探らずにはいられない。いつの間にか人気のなくなった、夕陽が赤々と燃え照らす教室で、俺は一生晒すつもりのなかった言葉を紡ごうと、ふるえる声でも口を開いた。
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