あんまり脚が長いので、あたりまえのように教室に並ぶ椅子が不似合いだといつも思う。学生であるわたしたちには見慣れたデザインの、木と鉄でできたそれからにょきにょきとのびる二本の脚。三年間はいたわりには小綺麗なスリッパ。そのつま先はわたしの方を向いている。
「今日は何の日〜俺の誕生日〜」
椅子の背に両腕を重ねて置き、その上にあごを乗せる花巻の唇は、だらだらと開いて笑顔を作っている。そう低い位置にあるわけでもないわたしのつむじをいつも押してくる花巻の上目遣いを、珍しいと思うでもなく、ただちょっとキモイと思ってしまった。しかもただでさえ三白眼ぎみの花巻である。目つきの悪さ三割増し。
「すごいね〜たかちゃん18歳になったの〜」
物欲しげなデカイのにパチパチと手を叩いてみせ、わたしはまた机の上のケータイに目を落とす。相手からのメッセージを開いてしまった以上、なるべく早く返信しなければならない。女子高生御用達・LINE。ちょっとほっといただけで、既読放置とかなんとか騒がれる時代である。どのスタンプを送ろうかと考えていたら、上方から伸びてきた指が画面を連打し、勝手に同じスタンプを三つ飛ばした。
「ギャ〜ッなにすんの!」
「だってお前がバースデーボーイをないがしろにするから」
「バースデーボーイって…」
花巻の寒い英語使いに眉をひそめた隙に、ケータイを取られた。そして画面を見るなり、花巻は目を見開く。
「しかもLINEの相手国見!?ウワ〜…犯罪者…」
「ゲスいこと考えるのやめくれる?ポケモン友達だからわたしら」
「と、言いつつの?」
「夜は国見ちゃんのモンスターボールゲットだぜ」
「お。うまいな」
「こんなんで笑うのあんたぐらいだよ」
にやにやする花巻に手を差し出せば、いとも簡単にケータイが返ってきた。
「おい」
「ん?」
「いいの?読まなくて」
「ジャンプ?新しいのもう出てる?」
「雑なボケだな」
「厳しい〜」
「国見ちゃんとどんなLINEしてるか気になんないの?」
「あ〜そっちね」
わかりきっているくせに、花巻はなるほどとうなずく。もしかしたら、ちょっと恥ずかしいことを言ってしまったかもしれない。花巻がそこに気づきませんように。なんとなく気まずい気持ちをごまかすように、ケータイの画面で指を滑らす。
「べつにぃ〜そりゃまぁ〜気になんないわけじゃないけどぉ〜」
「語尾ウッゼ」
「でもぉ〜だけどぉ〜」
「はいはい」
テキトーなあいづちを打った瞬間ケータイの上部をグッと指で下げられ、あやうく落としかけた。突然視界に現れた花巻の顔とわたしとの間に、へだてるものは、今何もない。至近距離でわたしの目をまっすぐに見すえ、花巻は真顔で言った。
「お前俺のこと大好きじゃん」
音も立てず、ほんの一瞬だけ花巻の唇が触れた。何事もなかったかのように上体を起こす花巻に対し、わたしは動けないままでいる。
「ハッピーバースデー俺」
花巻はふっと小さく笑い、わたしの机の脚に手を伸ばす。そしてフックにかけていた紙袋の手提げ紐を掴み、一度立ち上がると前に向き直って座った。ちゃっかり時計を見ていたのか、花巻が席に着くが早いかチャイムが鳴ってしまい、わたしが文句を言う暇もなく先生が教室に入ってくる。起立の号令に紛れ、その広い背中をぶん殴った。
渡す前に勝手に持っていくなんて、なんて礼儀のなってないやつだ。こんなんじゃお母さんたちに紹介できない。こいつのことだから、わたしの家に来たら上手く「素敵な彼氏」をやるんだろうけど。人前で手をつなぐのもいやだと言っているのに、じゃあ仕方ないと言ってびったりくっついて歩こうとするし、部活終わりは寒いと言って抱きついてくる。教室でキスしてくるのはこれで三回目だ。
誕生日おめでとうはまだ言ってやらない。
HBD to Takahiro Hanamaki!
Thank you Ashiya for letting join me this fabulas plan