あたしが好きになる人、夏生まれの野球部ばっかりだったなあ。

「へー」

と言うしかない。
この時期の外掃除は気温的に地獄だ。皆寒さに震えながらさっさと終わらせようとする。みょうじもそう。俺とみょうじの掃除場所が昇降口になって三週間が経つ。風が吹き込む度にみょうじはきゃあきゃあ騒ぐ。俺だって寒いのは嫌だけど、なるべくゆっくり丁寧にほうきで掃く。今日もそう。
昇降口掃除、やるなら夏が良かったよな。水撒いたりしてね。そんなことを話していたらみょうじが思い出したように口にしたのだ。

あたしが好きになる人、夏生まれの野球部ばっかりだったなあ。

みょうじと話をするのは楽しいし、他愛ない話の中にある彼女の情報が少しずつ手に入っていくのは嬉しかった。だけど、教室へ戻るとみょうじはまるでひとりで掃除してきたかのように振る舞う。楽しく話してきたはずなのに、余韻に浸ることもなくさっさと友達のところへ行ってしまうのだった。
教室にいる時の俺たちの会話といえば『こないだの生物の課題プリント返ってきたから置いといた』とか『消しゴム落ちたから拾って』とかそんなものばかりで、昨日買った服の話とかよく聴くインディーズバンドの話などは絶対にしてくれない。
だから俺にとってこの時間は欠かせないのだ。でも、今の話はこれ以上聴きたくない。

「ところで、痛くないの」

「それ」とだけ言い、下唇の左端に血が付いているのを視線で知らせる。はっとしたような顔をするとすぐにアイフォンを取り出して画面を覗いた。黒い画面にぼんやりと映るみょうじの口元。

「あー、割れてる…」

微妙な顔をしたまま、指で唇をなぞる。彼女の爪は綺麗な楕円型で、表面は不自然な反射をしている。不自然だけれど嫌だとは思わない。男の俺に無いものを彼女はたくさん持っている。

「なんか意外」
「え?」
「リップとか鏡っぽい子だと思ってたから」
「…今日はたまたま」

きまり悪そうにする。多分意味は通じてる。"今日はたまたま"。いつもなら花巻の言う通りリップとか鏡を持ってるんだけど、今日はどういうわけか持ってなかったの。…ということだと思う。体が震える。スカートから生えるみょうじの脚もほんのり赤い。

「…何にやけてんの」
「生まれつき」
「 嘘ばっか。絶対何か考えてた。変態」
「んなことないって」

んなことないわけがない。乾いてぱりぱりの唇や桃色の脚を密かに喜んでいる。

「あ、すごいこと気付いちゃった。名前がみんな"け"から始まってる!」

せっかく逸らしたのに戻ってきてしまった。さっきの話もそうだけれど、そんなことを言われても名前が"た"から始まる俺には

「…へえ」

としか言えないのに。

「すごくない?無意識に選んでるのかな」

返事に困っていると、校門前や中庭の掃除を済ませた生徒が戻ってくるのに気付く。掃いたところですぐに砂だらけになる。だけど、やらなければ砂はもっと溜まる。また明日か。これは一体いつまで続くんだろう。かといって終わりが来るのも嫌だけれど。

「…鏡とリップクリームは持ち歩かない」
「だから、たまたまだってば」
「好きなタイプは名前が"け"から始まる、夏生まれの野球部」

ってことでオッケー?と戯けてみせる。最後に、今日集めたものを確認するのだ。何も知らないみょうじはくすくす笑いながらいつもみたいに「オッケー」と言うだろう。そしたら教室に戻って、何もなかったように友達の元に駆けていって。そうして、明日の掃除の時までもやもやした思いを抱えるのだ。今日は特に、苦しいかもしれない。

「……花巻は、冬生まれだよね」
「えっ?」
「バレー部なのはもちろん知ってる。あ、誕生日もちゃんと知ってるんだよ。1月27日。…合ってる?」
「え、あ、ああ。うん、そう。合ってる合ってる」

何度も頷くように言うとみょうじはほっとしたような表情をした。
いつもと違う展開のせいで柄にもなく動揺してしまう。彼女が俺について知っていることは名前と性別と部活くらいだと思っていた。

「その…今欲しいものとか、ある?」

なぜかはにかむようにして言うから、顔が熱くなる。赤くなっていたらとても恥ずかしい。口元を手で隠しながら喋る。

「え、えー…。欲しいものかー…」
「だって花巻、自分のこと全然話さないんだもん。誕生日は唯一知ってる事かも。色々話してるから花巻のこと詳しくなれたはずって思ったけど、いざ思い出そうとしたら何にも知らなかった。あたしばっかり喋ってたんだなって気付いたよ。そしたら、もしかしてあたしにはあんまり話したくないのかなーって思っちゃった」
「い、いや、決してそんなことは」
「ないの?」
「…ないよ。全然」

みょうじはよかったあぁ、と大げさなほど安心した様子を見せた。
そうだったのか、と思う。言われてみればたしかに、集めるばかりで俺自身のことはあまり話していなかったかもしれない。しかも、俺はみょうじの誕生日を知らなかったことに気付く。彼女がよく聴くインディーズバンドのベースの男の誕生日を知っているのに、みょうじの誕生日は知らなかったのだ。

「もー、誕生日のプレゼント何が欲しいか訊いちゃったら、貰っても驚かないしあんまり喜べないよねぇ…」
「みょうじ」

欲しいものを口にすると、真面目な声が出た。
大切な時は突然にやって来る。今、昇降口には俺とみょうじしかいない。あと数分もすれば下校する生徒たちで溢れ返るだろう。言うなら今しかない。

「…俺、冬生まれだしバレー部だし、名前は"た"から始まるんだけどさ」
「あ、ストップ!」
「おい!」

この後が大事だろ、と叫びそうになる。

「いま、あたし可愛くないからダメ」
「………そういうとこが可愛いよ」

言うね、とみょうじは面映ゆそうにする。答えが見えればこっちのもんだ。顔が赤くても、もう構わない。
教室に戻って友達からリップクリームを借りて、風で乱れた前髪とついでにスカートのプリーツも直したら続きを聞いてくれるのか。なんとなくわかるよ。誕生日は知らないけど。

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