エンディング








歪んだ扉を蹴破れば、縮こまって頭を抱えていたのだろう叔母と目が合った。
室内は暗い。非常用電源も落ちた本部は最低限の光源とコンピュータを維持するだけの電力しかないらしい。

「逃げるぞ」

静かに泣き続ける叔母なんて初めて見たと思いながら、その手を引いた。

使徒は全部倒した。人類滅亡の危機は去って、馬鹿デカい戦力を抱えるこの組織は世界中の人類から敵対視されるようになった。御伽噺のようなそんな成り行きで、日本の首都はあっさり陥落してこの有様だ。化け物と戦う準備ばかりが万全のこの施設職員に、人間を殺す覚悟が出来ている人間はあまりいない。パイロットにだって使徒を倒すための兵器に乗って人間を殺せるようなやつはいないだろう。そういう組織だからこそこうして大きな戦力が集められて、後片付けの場としても選ばれたのだろうかなんて考えて頭を振った。邪推している時間も今はないのだ。
逃走経路から丁寧に潰され、虱潰しに殺して歩く軍隊はそれこそフィクションのように軽く銃を向けて引き金を軽く引く。モニター越しでさえ躊躇も無駄もなく見える動きは俺の素人目にもその為だけに鍛えられた者達なのだと嫌でも理解させてくれた。
叔母は放心しかけているが怪我はなく、腰も抜けていないようで引けば立てた。改めて血でぬめりそうな銃を握り直し、ドアのあった場所から外を窺う。銃声も悲鳴も近くはないが、素人なもので飛び出して行けるほどの距離なのかも掴めなかった。けれども悩んでいる時間もない。何かしらに祈りながら駆け出し、騒音から遠そうな通路を探す。

「……美鶴、警備の人は、」
「死んだ」
「助けてもらったの、危険だから奥にって」
「いいから走れ」
「……美鶴?その銃、どうしたの?」
「拾った」

ここの職員の使いかけで、引き金さえ引けば使えるものだと分かったから掴んできた。ここを探し当てるまででも撃ったので残弾数は分からない。機体専用の火気の取り扱いなら魘されるほどやらされたから最低限構えて狙うくらいは出来るのが有難い。照準は化け物ではなく人だが、目的さえあれば撃つことに戸惑わなかった。
膝ががっくがくだの、今回こそ死んだと思っただのと軽口を囁くくらいには叔母の精神状態は回復したようだが、繋いだ手は小さく震え続けている。銃声はやむ様子もなく、廊下には倒れる職員や血痕が散らばっていた。

赤い海よりも、巨大な化け物を目前にするよりも余程、今世界が終わるかのような圧迫感がある。叔母が死ぬのなら俺の世界は確実に意味の無いものに成り下がるのだと分かっているから、瓦礫の山よりも新鮮なクレーターよりもこの狭い通路の殺戮が現実的過ぎて目眩がしそうだ。ここさえ守れば人類も守れると祈るように唱えられ続けてきて、守ったはずの人類が俺たちを要らないからと殺そうと決めただなんて、そんな理不尽に反発するだけの気持ちは、震える彼女の家とともにとうに捨ててしまっている。

「どこに、いくの」
「中心部ならまだ落ちちゃいないだろ。生き残りも集まってるだろうし」
「逃げ場もなくなるんじゃないの」
「お偉いさんほっぽってか?どっかにはある」
「待って、美鶴、こっちにしよう」

ぐずぐずと泣いているのは止まらないまま、妙に冷静な口調で叔母が繋いだ手を引いて道を逸れる。死体を避けて怪我人を跨ぎながらふたりで小走りに進めば、中心部からは遠ざかる道にピンと来た。機体格納庫へと近付いている。そこにも外への扉は確かにあるが、確実に閉鎖されているだろう。機体に乗って銃弾も届かない場所に閉じこもるのならあるいは希望があるかもしれないが。

知っている部屋に駆け込むと彼女は知らない操作をして、初めて知った通路へと踏み込む。そこにすらある血痕や聞こえる悲鳴に滞る足を俺が代わりに引くようにしながら、ひたすら進んだ。
真似事のように銃を前に構えていたけれど、当てたのはこの銃の持ち主が撃ちたかったであろう侵入者の後ろ姿を撃ったくらいだ。正面から現れた侵入者に指が竦んだ。
舌打ちをするより前に、後ろから伸びた腕が玩具のような銃で滅茶苦茶に撃つ。

「し、死んだと思った、」
「……俺の後ろにいるんだから死ぬのは俺だろ」
「や、それでも私死ぬでしょ」

先程よりもさらにふにゃふにゃになっているくせ、護身用の銃を離さないその姿にほんの少し安心しながら侵入者を跨いで先を急いだ。

「これでお揃いだね、銃」
「馬鹿、今話すことか」
「じゃあ何話したらいいかな」
「この先格納庫だろ。外に出るのか?」
「出るの無理そうだから、もう乗っちゃえって思いまして」
「雑だな」
「へへへー」
「理解の追いつかない反応返すな……」

施設内には変わりないのだからそう遠くまで来ているはずもないのにずっと走っているように感じて、周りの音も収束が見えてきたから余計に時間が経ったように思えた。叔母の「トップシークレットなんだから無事でしょ」というざっくりした判断は正しかったようで、機体にストッパーが引っ付いている以外は見慣れたものだった。死体も転がっていなければ血も飛び散っていない。
昇降機が役に立たなかったので徒歩でデカい機体を囲む階段を上り、人型のそれの項のあたりまでようやく着く。コックピットが露出していないのでどうしたものかと周りを見ていれば、いつの間にか操作パネルを弄っていた叔母が得意げに乗り込み口を露出させた。
ごとん、と腹に響くような音が頭上からする。機体を出すための扉に、攻撃が届いているのだろう。トップシークレットらしいが外に面したそこはどうにもならなかったらしい。まあ、人が通るためのものではないからしばらくは持つだろう。
専用のスーツも、オペレーションも目的も無い状態で機体に乗るのは初めてだ。いつものように鉄くさいコックピットに片足を突っ込んでから、操作パネルを抱えたまま隣に立っていた叔母を見上げる。震えも止まり、冷静さも戻ってきたらしい。あと少し、と独り言のようにパネルを触って、最後のキーを無駄に大袈裟に叩いてからよしと笑って傍に立った。金属を削るような音があちらこちらから聞こえる。戻る時間もない、この機体に乗るしかない。

「おい」
「うん」

どうする、と続ける前に、コックピットへと突き落とすように体を押された。俺ひとりだけ。俺だけ助けようとするように。
片足と重心はそちらに向いていたので、すぐにLCLに浸されていく。
が、叔母ならそう考えるだろうと思っていたのでどうにか彼女の踝を引っ掴んで叔母共々沈むことに成功した。

「っぶあ?え、ぼばぁぶべばぁ?!」
「はい飲んで飲んで飲んでー」
「鉄くさっ!ていうか鼻痛た!うわ肺にすんごい水入ってるぅ新鮮!私死んだのかな!」
「コックピットだ馬鹿。いつも見てただろ」
「へ、ああ、あれなんでコックピット?」
「落とした」
「お、落ちたの」
「俺が」
「み、美鶴に……?」

酷い質疑応答をこなしつつ、一人用のコックピットでどうにか座りのいい場所を探してやろうと中空に浮かんだままの叔母を引っ張った。溺れる人さながらにしがみつかれてそれが思ったよりも視界を塞がなかったので、後ろから抱きつかれたような体勢のままレバーを掴んで操作ボタンを触る。起動の作業は彼女が済ませていたのでほぼいつも通りのルーチンさえこなせば動きそうだ。

「い、いや美鶴ひとりで逃げなよ!」
「なんで」
「いやいやこれ一人乗りだし、二人とか検証はしてたけどまだ酸素量とか不安で」
「叔母さんを見殺しにしてまですることなんてない」
「うん?何の話だっけ」
「理解しろ。外出るぞ」
「待って待って待って」

無理やりふたり詰め込んでいるからかシンクロ率は低いようで、フィルタ越しのような体感のまま手探りでストッパーを引き剥がす。射出用の台を踏み台にして、真上の扉に指を立てて力づくで開いた。扉に乗っていたらしい小さな人間がパラパラと手元から逃げていく。機体のモニター越しならば向けられる銃口も慣れたものである。
ミサイルでも撃たれる前に地上に出、周りを見回した。戦闘機に戦車に見ただけでは用途の分からない車、それらを操作する小さくて現実味の薄れた人。もうひとりの生き残りパイロットも機体に乗って戦うことを選んだらしく、クレーターのど真ん中で水飛沫をあげながら戦闘機へと拳を叩きつけて暴れていた。あちらはひとりなのか通信の無線は繋がらない。まあ困らないかと判断して手近な戦闘機を掴み、戦車へと投げつける。感覚が鈍いからか外れたことに舌打ちすれば、しがみつく叔母がひぃと悲鳴を漏らした。なんとなく苛ついたので大袈裟に揺れるように走ってやれば、面白いくらいにしがみつく力が増したのでそれを笑ってやって溜飲を下げる。

「えー、えー、どうすんのこの後?」
「さあ?流石に軍隊とやりあうシュミレーションはしてないし、装甲持つか知らないし」
「あ、そこは大丈夫」
「急に冷静になるなよ怖……」
「引かないで!いや隙間狙われても数値的には平気なはずだから!それより動力とか酸素量とかがやばいから!」
「ならなんとかなるな」
「ふええ」
「というかなんとかできる気がするな」

なんじゃそりゃあ、と呑気にも聞こえるいつもの感覚の声が背後から落とされて、尚更どうにかなる気が増してくる。
守るのが施設だとか街だとか人類だとかではなく、背後の彼女だけというシンプルな状況はよっぽど楽だ。守りきれなかった場合ですら、彼女と同じ運命を辿るならそう悪くないと思える。むしろ俺たちらしいんじゃないだろうか。バカバカしくて、中途半端で、でもきっとお互いの気持ちが一番近い終わり方だ。

「今なら何でも出来る気がする、な!」
「うっひいぃ舌噛んだ!飛ぶなら言って!あとそれフラグ!」
「心中の?」
「馬鹿、逃げ切るの!ああもう、外からならちゃんとサポート出来たのに……!」
「子鹿ぐらい震えてたくせに」
「それ黒歴史候補!掘り返しいくない!」

お互いすっかりいつもの調子で騒ぐ。外の風景は戦闘機も人も兵器も飛び交う終末そのもののような有様だが、使徒を倒し尽くした瞬間よりも確かに満たされていた。

ミサイルが降ってくる、使徒を倒すための機体を模した兵器が戦闘機から落ちてくる。叔母の腕が支えるように俺にまとわりつく。満たされた気持ちで、操縦桿を倒した。



17.10.27 ×


 

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