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「俺は間違っていない」

きりきり、トミオカさまに掴まれた肩が痛む。いやそれすらも上回って往来の場だということも気になるし、目の前の美少女ふたりからの視線も困る。なんだこれ。なんだこれ?

「冨岡さん、ここがどこなのか分かってます?というかその子割烹着付けてるじゃないですか、ちゃんと許可を取りましたか?」
「………?」
「ねえねえ貴女、ええと、パンケーキ好きかしら。ああでもこのあたりだと喫茶店にパンケーキないのよねぇ……あ!コーヒーはお好き?」
「あら。そんな時間はないですよ、恋柱さん?それなのに彼女をさらって来るなんて、本当、冨岡さんは女心が分かっていないのですね」
「えー、ちょっとだけなら話す時間があるわ!ねえ貴女、お歌が上手なんですってね!」
「えっ、あっ、はい、いや上手かは聴いて頂いた方によりますが」
「謙虚ね、素敵!」

なんだかふわふわしたふたりの美人に囲まれて、背後にトミオカさんが居たとしてもなんとなく気持ちがふわふわになってくる。肩はトミオカさん、右手は髪がピンク色でテンションの高い方、左手は髪飾りが蝶を象っていて静かな方、とそれぞれに捕獲されていて動けない。周りの迷惑になっていやしないかとちらりと目を向けるも皆物珍しそうに見やるだけだ。ありがたいやら助けてほしいやら。今一瞬目が合ったの反物屋の倅だろう、後で母様にチクるからな待ってろよ。
恨みがましくそいつの背中を睨んでいれば、蝶の髪飾りの女の子にちょいちょいと横腹を突かれてびっくりやらなんやらで心拍数を上げつつ彼女に顔を向ける。かわいい。ここの空間の顔面偏差値えげつない。

「冨岡さんがね、聴いたこともないような歌しか歌わない変わった人物を知っているって言ってきかなかったんですよ。ほら、このお方はあまり口が上手くはないでしょう?喧嘩腰にそんなこと言われたもので、用事も近かったので寄らせてもらったんですが……まさか手を引いて連れてきちゃうとは思わなくて。ご迷惑じゃなかったかしら」
「あ、いえ、ちょうど暇でしたし」

まあ部屋で歌詞を思い出せないかと料理の下拵えをさぼって書き出していたから本当に暇寄りではあったけれど、だいぶびっくりした。無言で訪れたトミオカさまがまっすぐ私に向かってきてむんずと掴みここまで人域に運んだのだ。手元に紙も筆も包丁も、ついでに剥くべき野菜もないので実質暇と言って差し支えないだろう。

「時間がない。歌え」
「はあ。……え?今ですか」
「横暴ですよ、冨岡さん。まあ、貴方がそこまで言われる歌声は正直気になりますけれど」
「わたしも気になるけど、列車の時間があるの……!ごめんなさい、今歌ってくれないかしら、ちゃんとお礼はお屋敷に届けるわ!」
「いえ、そこはお気になさらないでください……え、ええ……じゃあ一曲」
「あ、歌うんですね。押しに弱いのかしら」

意外そうに冷静なつっこみをくださるのは小柄なお方の方で、あれあれこれはこちらのほうが気がお強いと見た、とちょっと意外に思う。羽織の中に来ているのは隊士の服だし、小さくてお強くて綺麗とか隙がなさ過ぎる……素敵……と思いつつ一番だけ、それと短い曲、と頭の中で候補を絞って歌わせてもらった。
歌い終わって、ふうと一息付けば周りにそこそこ人が集まっているのが見えて、顔を隠すため背後に立っていた冨岡さんの背後に回り込む。こういうのは一日で街の人全員に回る勢いで話が広まるんだった、明日あたり母にがっつりばれて叱られそうだ。というか純粋に恥ずかしい。
なんだその歌い方はと野次が飛んだり、うまいうまいと褒めてくれる声があったり、伏せた頭をぽんぽんと撫でられたり素敵だったわと嬉しそうにしてくれたり、そんなに恥ずかしくなるなら最初から断ればよかったのではと諭されながら背中を撫でられたり。
なんとなく顔を上げられなくなった私はトミオカさんに抱えられるようにかつ荷物のように運ばれ、また屋敷へと戻された。その後あの女性二人から手紙と荷物が届いてどちらも「はしら」でお偉い方だと知ってじわじわ恥ずかしくなったけれども、「はしら」とご縁ができたのでお咎めはなかったことだけ幸いか。
それにしても、あの無骨そうなトミオカさんは私のことをどう話したのだろうと、不安と興味と面白みで気になる。次はいつ会えるのだろうか、会えて、怪我もなさそうなら是非とも問いたださなければと、彼が来ることを喜ぶようなことを考えてから冷静になってやめた。なんとなく、気恥ずかしくて。おかげで洗濯物を畳むのはとても早く終わった、無心になれたので。



20.08.26
○プリカ

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