┗鬼分岐(カイガクルート






柱の先客が包帯でぐるぐる巻きのままこの家を出て任務に戻ると言って聞かなくて、途中で疲れて往診の少し前に弁当と薬を半ば無理矢理持っていただいてやっと一息付けると思ったのだけれども。

「おい、そこの女」

広くて長い廊下を歩いていれば、とても偉そうに呼び止められる。普通に恐い。
声がした方を見やれば柱のあのお客様よりは小柄な、けれども似た服装の少年が布団の上にあぐらをかいて私を睨んでいる。この人も隊士とやらなんだろう、丁重に扱わなければなぁと体が動くままに三つ指を付こうとしたけれど、腕を引かれてしまいどうにもままならない。
お医者さんには見てもらって一通りの治療は済んでいるはずで、なら風呂か食事だろうかと思って視線をあちこちに向けてみるけれども食後の薬は空だし包帯の巻かれた身体は清潔そうだ。風呂上がりらしく手も温かい。なら何だろうと首を傾げていれば、そのまま引き倒されて隊士様がのしかかるように私を覆う。あれ。

「俺は耳が良いんだよ」

すり、と固い指が喉に触れる。一番上までとめたブラウスがそれ以上の侵食を阻むけれど時間の問題だろう。脇腹に添えられた大きな手がそういっている。
体格でも、技量でも逃げられないだろうと分かってしまって、どうしようもなくて目の前の男の目を見つめる。私の態度はお気に召されたようで大層楽しそうだ。私はだいぶ恐いけど。

「水柱を慰めてたんだって?お前はそういう役割でここにいんだろ?なら俺も慰めてくれよ、なあ」

この場合の慰める、は先客の言葉足らずなあれではなく、まあ、母親も指していたあっちだろう。母親を誤魔化していたツケがこんな形で返ってくるとは。
柱様のアンコールのおかげで疑われずに済んでいて安心していたけど、そうか、こういう展開もあるのかと今分かったけれどもどうしたらいいだろう。
怖くて、呼吸すらもまともにできやしない。首筋に触れ続けている男もそれはわかっているだろう、私がそういうことに不慣れどころか未経験なことについでに気づいてもらえないだろうか。いや無理だな、どうしよう、いやいいか。
ーーー言いなりになって何も考えないで暮らせれば楽なのに。そんな風に考えていたらこうなったんだから。この身体の持ち主の役割を私がただこなしていれば彼女だって救えるし良いことばかりだ。
そう思ってしまえば呼吸も落ち着いて、固くなっていた身体も少しは解れた。たぶん、大丈夫、今ならできる。
私の変化に男は訝しげな顔をしたけれども、それだけで手を止める様子はない。ビスチェのような下着も剥かれかけて流石に少しは抵抗したい気持ちが復活してきて、けれどもまぁ、先程よりは強くない衝動で受け入れられそうで。
どうせ『お慰め』させられるのだろうけどもここまで来たらさっきまでの嘘だって突き通しておきたくて、袖から抜かれて寒い腕を男の背中に回す。無防備だった胸が男の身体に触れてびくりと痙攣してしまったけれど、やはり包帯と痣だらけのそこに愛おしさを覚えた。
息を吸って、歌う。この身体は囁くような歌い方が合っているから、これくらい近いといい。
男の手がぴたりと止まる。窺うために目を上げたいけれども、それはまだ怖かった。

「おい、何してる」
「……あ、お、お慰めしようと……」
「あ?」

やっぱり怖い。
でも少し冷静に顔を盗み見れば私と変わらなそうな歳だし、いやでも筋肉、いやこれくらいの短気なやつクラスにひとりはいたし、うん、慣れた。ちょっとだけ。理解できないなにかじゃない、私と同じで余裕のない、私と違って戦えるひとだというだけ。
汗の臭いも血の臭いもしないからすっかり風呂に入ったと思っていたけれど、この熱はもしかしたら発熱だったのかもしれない。密着した身体は不安になるほど熱く、私を組み敷く体力もどこかにいってしまったのか脱力した彼は肘を折って布団に埋もれる。その下でぽそぽそ歌っていた私ももちろん布団に沈み、ついでに人間かけ布団状態になる。逃げ出さないようにか掴まれた腕は痛いくらいだったけれども、敵意とか悪意とかそんな感じはなかったのでどうにか堪えて歌う。

「お前」
「えと、はい」
「昨日もか」
「はい、歌わせてもらっていました」
「同じ歌か?」
「いえ、違うものですけど」
「今のやつ、それ俺以外には聴かせるな」

ええ、と返答とかに困って口ごもっていれば「いいから続き歌え」と一方的にねだられる。肉体はどうにか助かったようだけれども、何とも面倒なことになった。
それきり黙った男を慰めるため、母親には悟られないよう、小さな小さな声で歌いつづけた。止められなかったくらいなのだし一応は慰めになっただろうか、分からない、彼はずっとしかめっ面で怒ったように喋るから。

翌々日まで床に呼ばれて彼が眠るまで歌う生活は続き、やはり包帯でぐるぐる巻き状態で彼も発っていった。
何となく、彼に言われるがままにあの歌たちは他の人の前で歌えずにいる。彼に分かるはずなんてないのに。またこの屋敷に来る保証もないのに、ただなんとなく。



20.02.27
ま○がいさがし、ゼ○
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