┗本編(トミオカルート




最初に「お慰め」したお客さんはその後もよく屋敷を訪れた。柱、だとかいう階級はとても高いらしく、私の屋敷のようなところじゃなくても医療に特化した家もあるし、いくら管轄内の屋敷だからといってこうも通うのは珍しいのだとかいう話を母が嬉しそうに毎日のようにする。それはめでたいなぁと父とのんびり話すのにも慣れ、曲もリクエストされるくらい覚えられた頃。

「あれ」

そういえば両手で足りないほどに一緒に寝ているのに、彼の名前を知らない。柱、とか水柱様、だとかは聞くけれども、名前で呼ばれているのを見ないし聞かないし困ったこともなかった。困らなければ訊く理由もなく、気にはなってもまあいいかという気持ちもあった。夢の中で漫画片手に「私」に尋ねてみても名前をわざわざ訊くのは失礼に当たる可能性もあるからまあ黙っていていいんじゃないかなーなんてゆるい会話もしていたもので。
そんな感じで過ごしていたから、道端で見かけてもどう声を掛ければいいのかさっぱり分からない。分からないし迷惑かもと思いそのまま家に帰って見れば彼が訪れていた。

「お元気そうで何よりです」
「ああ」

怪我もなさそうだし急ぐ様子でもなかったから心からそう言ったのだけれども、妙に柱様の機嫌が悪い。ぶっきらぼうで端的なやり取りはいつもと変わらないけれども今日はなんでか明らかに会話を続かせないというか、こちらを見ないというか。
こちら方面での任務があって宿代わりに寄っただけだというのはなんとか聞き出せたけれども、それ以降は口を開かない。私も話す方ではないので何故か部屋に置かれているけれどもそれだけで静かだ。たみさんや他お手伝いさん、隠の方たちがいつも通りに屋敷で忙しなく動いている音を聞きながら、何だこれと首を傾げる。
しばらくは給仕をしたりして考えていたけれども埒が明かないので、このままもやもやしているのも嫌なので思い切って訊いてしまうことにした。

「何かありましたか?具合が悪いなら布団を敷きます。お食事がまだなら持ってきてもらいますし、発つのなら支度を……」
「いい」
「はぁ」

さらに不機嫌になっただけだった。
わざわざこちらに寄ってくれたのだからそう印象が悪いわけではないのだろう、居心地がいいとか過ごしやすいと思ってくれているのなら屋敷として本望、のはずだ。なのにこの態度。すごくあからさまに不機嫌なのにはっきり言わない。いやはっきりなんともないとは応えを返してくるけれども拒否だけだ。なんにも分からない。不機嫌になるために来たわけではないだろうし。

「お機嫌が悪いのなら私は退出しますね」

ならさっさと自分の部屋にでも戻って『私』も萌え語りでも愚痴を言い合うのでもしている方が有意義だ。
そう思っての宣言だったのだけれど、上げかけた腰は物理的に重くなり身動きが取れなくなった。退室してしまえばこちらのものだというのにあと一歩がとてつもなく重い。具体的に言うと鍛え抜いた成人男性が腰のベルトに手をかけて全体重を後方に持っていってるくらい重い。というかそうされている。

「あの!私は戻るので!御用があればお呼びしてくださればまいりますので!」
「………」
「用があるなら!はっきりと申してくだされば!」
「………昼」
「もう夕食の時間ですよ!お昼抜かれたんですか、今すぐお持ちしますね!」
「違う。昼に無視された」

剥がそうと虚しい努力をしていた手を止めて、そっと後ろを振り返る。なんとも言えない無表情のままで、そのくせ言葉はなんとなくだけれど原因を伝えてくれている。
まじかぁ、と呆れとか精神的な疲れとかで脱力しつつ、その場に座り込む。

「お名前を知らなくて。お忙しい方だと聞いてましたので、無視ではなくて、ええと」
「そうか、わかった。俺は冨岡義勇だ」
「冨岡さんですね」
「そうだ」

はきはきと満足げに応えた彼は、すっと立ち上がりそのまま荷物をまとめて部屋を出ていく。呆気にとられているうちに物音がしなくなって、部屋から顔を出してたみさんに訊ねたら彼は任務へと向かったらしかった。用事が済んだとかなんとか言い残していったらしい。
つまり、用事とは気になっていたということか。

「ええー……」

忙しいのかそうでもないのか、無視のようになってしまったのを気にしていたのかいないのか、はっきりしたようではっきりしない状況にとりあえず声を漏らす。はしたないでしょうと確実に叱られるので母がこの場にいないことが幸いか。
とにかく、次にどこかで見かけたら声くらいは掛けよう。掛けないと、多分すごく面倒くさい。



20.4.16

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