ドウマルート3ed

ドウマ様のお手伝いは楽しい。
美味しいものを食べられるし着物も沢山着せ替えられるし、歌うものばかりは雰囲気を求められるけれど、儀式が終わればアップテンポなものを求められるから帰る頃には気分が上がる。しかもあまり変化はなく、おなじような作業を同じように求められる。むしろ違うところがあるといけないという。
わかりやすい贅沢をするのはあまり慣れなくて、慣れないから余計に楽しめている気もした。
『私』の声はいつの間にかすっかり聞こえなくなった。『わたし』がここに馴染んだ、ということだろうか。それとも『私』に見放されでもしたのだろうかと考えて、ドウマ様に「何考えてるんだい」とぷうと頬を膨らませて拗ねられてしまって考えるのはやめた。あまりに馬鹿らしくて。
言われたとおりにしていれば褒められるし、認めてもらえるし、ゆるゆると穏やかに生活できた。ちょっとした手伝いで外出も出来るし、息苦しいと感じることは少しずつ減っていった。

前の世界より、息がしやすい。
『私』の家より、悩まなくていい、考えなくていい。
足りているから考えなくていい。
そのうち送り出すあのひとたちのように食べられるのかな。ラジオより役に立たなくなったら捨てられるか食べられるかするんだろうな。逃げる暇も悩む暇も選択の余地もなく。

「んー……君はまだ、救ってあげられないねぇ」

ドウマ様に歌っているのに頬をつつかれ、諦めて喉で歌う。頬を噛んで血でも出たらまた個室に押し込まれてしまう。ちょっとした怪我や生理のときに押し込まれる部屋は外にも通じるけれども狭くてご飯も美味しくないし暇で好きではない。
あの水を引いた板間は信者を送る以外にも細々と使われているようで、掃除をしては儀式をし、掃除をしては疲れて少し鉄の匂いのするそこに仕方なく座るといった流れが定番になっていた。現場監督のようにそばでにこにこしているドウマ様付きなのも定番だ。いつからかは忘れたけれど。
頬をつつくのに飽きたのか、髪へ差し入れるように指が添えられてぐぃと頭を引っ張られる。無理矢理と言うには弱めの力で、逆らうには強いくらいの力になすがままに首を傾ければ、思ったよりも近くにドウマ様の顔があった。
いつものように微笑む、虹彩から肌艶から造形まで綺麗な鬼だ。毎日見ていれば見飽きるかと思ったけれど、今のところは単純に美丈夫に目が慣れただけで済んでいる。目が合えば綺麗だなぁと思っているし微笑まれれば胡散臭いけど綺麗だなぁと思っている。

「今日はお話でもしよう。一仕事終えたんだからいいだろう?最近は同じのばかり聴かされるし、ちょっとくらい間があってもいいよ」
「……流行りの歌を覚えてきましょうか?」
「あぁ違う違う、食べたりしないさ、食べたって救えないんだなぁって、そんな女の子もいるのが珍しいからね」
「どういう意味でしょう?」

その感じ久しぶりだあ、となんでか楽しそうに転がったドウマ様が手を離さなかったので、私も畳にごろりと転がる羽目になる。
着物や帯飾りが傷まないか心配していれば微笑むドウマ様へと無理矢理視線を合わせられ、なんにもなかったかのように会話を続けられた。着崩れてももう仕方ない。

「君の歌って天国も極楽も出てくるのに、君はちっとも信じてないだろう?」
「そうなんでしょうか」
「そうさ。悩んでもいやしない」
「そうですね」
「ほらそういうところだよ。なんにも足りないものなんてないみたいにしてちゃあ救えないんだ。親に申し訳なくないかい?兄弟はいるのかい?いい人はいないのかい」
「いないですねぇ」
「恩人は?鬼狩りのところに居たんだろう、ああ、きっと今の君を見たなら悲しませてしまう」

ぽろぽろと嘘みたいに綺麗に涙を流すドウマ様に驚いて、ついつい大きな声で「私は悲しくないのに?」と問うてしまう。ぴたりと泣き止んだドウマ様は綻ぶように微笑んで「そうだね」と湿度もなく相槌を打って仰向けになってしまった。
遠く、城に響くように琵琶の音が微かに聞こえて、それをかき消すようなざわめきもうっすらと聞こえる。手持ち無沙汰なのか髪を手櫛で梳かれながらきくともなしにそれに耳を傾けていれば、またぐいと髪を引っ張られてそちらへと目を向けた。教祖らしくはない、温度も湿度も感情も宿らない、少し怖い顔。

「やっぱりなにか歌っておくれよ。それか、君の楽しかった話を聞かせておくれ」
「はい」

楽しかった思い出なんて暫く思い返していなくて、思い当たるものがあんまりになくて、寝たままでも困らない静かな曲を選んで歌う。ドウマ様はどこか満足そうに寝返りを打って頬杖をついてこちらを向いた。
かれが満足するまでずっと歌う。城の奥から絶叫が響いてきても高笑いが木霊しても気にせず歌う。酸欠で意識が朦朧としてきても惰性のように喉を震わせた。
揺らぐ意識の中、嗚呼可哀想、と唇同士をくっつけるようにして囁いたかれの行動に私の選択肢は存在しなかった。
着飾った着物を剥がれる。それでも歌う。襦袢だけの私をおもちゃみたいに抱きしめるドウマ様は教祖でも鬼のようでもなく、男の支配欲もなく、けれども情はあるように妙に優しくただただ触れられた。





変わらない、選ばない生活がどれだけ続いたのかも、そんなに経っていないのかも分からない。
ナキメ様は私に構う暇がなくなったし、城の中はいつも腹を空かせた鬼が徘徊するようになったから私はますます安心して出歩けないし、ドウマ様はよく食べた。私もよく歌った。
どうしてだか便所が地味に遠くなってしまったのも変化のひとつで、渋々着物を引きずりながら廊下を歩いていたならだいぶ会場から名前を呼ばれて、広すぎる吹き抜けを見上げて声の主を探したなら知り合いだった。珍しいことだ。そういえば名前を呼ばれるのなんていつ以来だろう、下手をしたら数年ぶりかもしれない。
名前は、だれだったか、とりあえず鬼刈りだ。あらまぁと思いながら会釈をし、用を足してから違う廊下を通り戻れば楽しそうなドウマ様が動きやすそうな洋装に着替えていた。いつもの綺麗な襖は私の背にある。

「鬼刈りが来たよ」
「はい。見えました」
「逃げないのかい?」

にげないのかい、オウム返しに言ってから、あぁ逃げることかと納得する。なんとなく定位置にしていた綺麗な襖は私のための非常口だった。鬼に喰われそうなとき、ドウマ様に捨てられそうなとき、ただ足を踏み入れろと何故か優しく教えてくれたナキメ様。最近一緒に歌える余裕がないらしくてそんなことすら忘れていた。お元気だろうか、合いの手とかしてもらったら楽しいだろうし手伝ってもらいたいのだけれど。そういえばさっきの鬼刈りはハシラだとかで、母親が強いのだと自慢げに教えてくれた、気がする。どうだったろうか、あの髪型と顔はなんとか覚えていたつもりだったんだけど。
そうだ、逃げる逃げないで思い出したけれど、私を殺すとするならドウマ様たちだろう。寝返ったような生活をしていたとて情報を売ったり工作したりなんてだいそれたこと私なんかに出来ようもないし、していたことといえば贅沢ばかりだ、鬼でもなんでもない私は殺されない。
ということは逃げるとは、あぁ、彼らに保護されたらどうかということか。鬼刈りたちから逃げないのか、って訊かれたのかと一瞬迷ったのでなんだか頭がこんがらがってくる。こんなに色々と考えるのなんていつ以来だろう。
もう疲れた。今更、何も選びたくない。
考えるのをやめた。

「ドウマ様はどうされるのですか」
「そりゃあ鬼刈りを減らすさ。無惨様のために」
「そうですか」
「や、いやいや、君はどうするの」
「どうしましょう?」
「どうなってもいいのかい?」

はい、と頷けばぱちぱちと瞬きするドウマ様が私に向き直り、ぐるぐると私の周りをまわりながら顎に手を当てて考え込み、うん、とひとつ頷くと手を伸ばす。あら間食として私の生は終わるのかしらと目を瞑れば、その手は羽織を整えただけだった。

「ならさ、腹拵えに幾人か救うから君も付き合いなよ。鬼刈りも食べて、あぁ、男なら残すけど、全部食べたら最後に君も食べようね」
「私は救われませんが」
「逃げないんなら食べてしまったほうがいいだろう?勿体ない」

最後に食べて全部終わってからの褒美にしようねぇ、と首筋を確かめるように触れ、頬に触れ、可食部を確かめるようにあちらもこちらも撫でられる。

「……どうしよう」
「なんですか?」

ふにふにと頬を摘まれ、鼻を軽く潰されながら困ったようにそう言うドウマ様を見返せば、なんだか口を噤んで開いて首を傾げている。鼻を潰すのをやめた手で自分の顎に手を当てて、小さな声でなにか呟き、私の頬は位置を変えて固さでも確認するように摘みながらも「まぁいいか」と彼が結論を出した。なんやら分からないけれども問題は放置するらしい。

「まぁまぁ、見送りの準備を急いでしよう。その間も歌っておくれよ。鬼刈りが来ても歌っていなければ先に食べちゃうからね」
「何を歌いましょう?」
「そうだねぇ、鬼刈りは沢山招いたようだし、長く掛かるだろうから君が楽しいのでも適当に歌ってなさい」
「はい」

常よりは動きやすそうな格好で、常のように飄々としたとんでくる指示に従い歌いながら部屋の様相を整える。天幕を弄ったり小物を持ってきたりするくらいなら何時もの作業だ。なにも特別なことなどない。
先程の、偶然聞こえた「食べたくないなぁ」という不思議そうな彼の呟きだけ、何時もと違うものだった。
だからといって私はすることがないし、「食べたくない」なら彼のそばで歌い続けるだけであるし、それは少し楽しそうだと思うだけである。

彼が灰になりながら恋をする音を聴きながらでも、彼と気楽な生活を送り続けることを夢見ていた。そのまま、彼が聴きたいと言っていた歌を歌いながら、着飾るために懐に入れていた小刀で喉を突いた。



24.02.13
命に○われている。
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